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13 アデライードの提案


 ヘルムートからの要請もあり、ヴィルヘルミネは戦勝祝賀の宴を基本的には笑顔で過ごしている。といっても本人基準の笑顔なので、他者から見ればそれは冷笑の類だったのだが。


 宴は良く晴れた日に、フロレアル宮の中庭で行われた。そこには会戦に参加した全兵士と家族が招かれ、様々な料理や酒が振舞われている。

 

 むろん戦死者の家族は楽しむどころではなく、悲嘆に暮れている者も多い。しかし弔金が十分にあるということで、遺族達は王家に忠誠を示す為にも参加しているのだ。


 夕闇に包まれる頃合いになると会場には音楽が流れ始め、ダンスの時間となった。


 ダンス用の楽曲は様々で、家族で踊れる軽快なものから、恋人同士で手を取り合うワルツなど多種多様。こうした大国ランスの宴に、ヴィルヘルミネの学友達はそれぞれの感想を漏らしている。


「流石はランス王家。これだけの音楽家を揃えているのだから、見事なものです。ボクのように教養のあるエリートには、この良さがよぉ~~~く分かるッ!」

「財政赤字を垂れ流している現状で、これほど多くの音楽家を雇い続けるというのも剛毅なものだ。グランヴィルの市街は失業者で溢れているというのにな……」


 目を輝かせるジーメンスに、ゾフィーが冷や水を浴びせていた。とはいえ野外で、これほど大掛かりな宴は彼女も初めてだから、目を輝かせてソワソワしていることに変わりはない。


「ダンスは……必ず踊らなければ……いけないのでしょうか?」


 普段は冷静なイルハン=ユセフさえキョロキョロと辺りを見回し、所在なさげに立っている。


「そんなことはないぞ、イルハン。踊る気が無ければ、隅で料理でも食べておれば良いのじゃ」

「はぁ。それにしてもヴィルヘルミネ様は、少し食べ過ぎなのでは?」

「……余、太らぬ体質じゃからして……じゃからしてッ!」


 そんな中、ヴィルヘルミネは一人マイペースであった。彼女はさほど音楽に興味を示さない代わりに、あらゆる料理に手を伸ばしている。

 普段は公国の摂政として遇される彼女であるから、好きなものを好きなだけ食べるということが出来ない。なので自ら選び、自らの手で料理を口に出来ることが嬉しいのだった。


 そんな時だ、赤毛の令嬢が声を掛けられたのは。


「やぁ、ミーネ。久しぶり――という程ではないが、また会えて嬉しいよ」


 空が藍色と黄金色の二色に彩られる夕暮れの中、あれやらこれやらの料理を頬張り続けていたヴィルヘルミネの下へ、白を基調としたランス軍大尉(・・)の正装に身を包んだオーギュストが現れた。


 令嬢の側にはゾフィーやエルウィンといった臣下達もいるが、元来がマイペースな銀髪赤眼の男は全く気にしていない。瞳と同様、そういったところが彼とヴィルヘルミネは似ているのだった。

 さらにオーギュストはヴィルヘルミネに見事なイケメンスマイルを見せて、彼女の赤毛に手を乗せクシャクシャと撫でまわしている。


「ほんとにミーネの赤い髪は、燃えているようでよく目立つよ。この人ごみの中、探すのは大変だと思ったけれど、全然だった――ハハハハッ」

「……で、あるか。フハ、フハハハ」


 コクリと頷き悪役じみた笑い方をするヴィルヘルミネは今、紫紺のドレスに身を包んでいる。まだ時期的には寒いので、肩には銀糸で編み込んだショールを掛けていた。


 遠目から見ても近くら見ても、ヴィルヘルミネはハッとするほど美しい。しかし冷笑しか浮かべず、ひたすら料理を口へ運び続ける令嬢に声を掛ける勇気を持った男は、今まで誰一人として居なかったのだ。

 

 しかしオーギュストは、そんな男たちとは違う。ひとしきりヴィルヘルミネの頭を撫でると、微笑を浮かべ、こう言った。


「さて、お嬢さん。どうか私と一曲、踊って頂けませんか?」


 ここに至りエルウィンが眉を吊り上げ、ヴィルヘルミネとオーギュストの間に割って入る。その隙にゾフィーが令嬢の皿へ、ナッツを山盛り盛りつけた。

 二人の見事なコンビプレーは、即ちオーギュストを令嬢へと近付けぬ為。共にロッソウの下で騎兵術を学んだ彼等は、当然ながら息もぴったりであった。


 ヴィルヘルミネはアホの子なので、オーギュストの言葉に応えるよりもナッツを口へ投入することを優先――「んまい! 香ばしさと塩味が口の中で弾けるようじゃー!」と思って、ついつい頬張り過ぎてしまう。


 ……などと令嬢が奇天烈なことをやっている隙に、オーギュストとエルウィンの会話は進んでいた。


「ランベール、控えよ」

「ああ、これはデッケン先輩じゃありませんか。どうも」


 オーギュスト=ランベールはエルウィンが士官学校に在学中、幼年学校の高学年生徒として在籍していた。なので同じ寄宿舎で寝食を共にした間柄なのである。

 十九歳のエルウィンに対してランベールは十七歳だが、模擬戦においてピンクブロンドの髪色をした青年に土を付けたのは、彼とアデライード=フランソワ=ド=レグザンスカの二人だけであった。


 といって因縁がある――という訳ではない。砲兵を指揮すればランベールに、騎兵を指揮すればアデライードに劣るエルウィンだが、逆を言えば騎兵においてランベールに勝り、砲兵においてはアデライードに勝っている。

 

 つまり二人と比べてエルウィンは、バランスが良いのだ。その意味では複合型の師団や軍団の長になったとき、初めて彼の真価は発揮されるであろう。

 だからこそランベールとアデライードは先輩達の中でエルウィンだけに敬意を抱いていたし、エルウィンもまた、彼等に一目置いていたのだった。


 だが――今は事情が違う。いくら目を掛けていた後輩だからといって、エルウィンにも許せることと許せないことがあるのだった。


「どうも――ではない。身分差を考えろ!」

「身分差って言いますけど、これは軍の戦勝祝賀でしょう? 大尉が軍属をダンスに誘うの、そんなに変ですかね?」

「へ、変では無いが……しかしヴィルヘルミネ様は我が国の摂政であらせられるッ!」


 エルウィンがヴィルヘルミネをチラリと見て、眉根を寄せた。赤毛の令嬢さえ「無礼である」と一言言ってくれれば、それで済むのだ。

 だというのに令嬢は無表情のままナッツを頬張り、リスのように頬を膨らませていた。これでは平民の子供と、やっていることが変わらない。


 しかしエルウィンは怒らなかった。それどころか「超かわいい!」と思い、彼は完全にデレている。


「ヴィ、ヴィルヘルミネ様、ダメですよ、そんなに口の中に入れて……ほら、吐き出して下さい、僕の手でいいですから」


 両手を差し出し「ウフフ」と不気味に笑うエルウィンを見て、オーギュストは何かに感づいたらしい。もちろんヴィルヘルミネは「か、狩られる!」と慄いていたが。


「デッケン先輩が先にミーネと踊ったら、それでいいんじゃないですか……?」

「なっ……ランベールっ! バカなことを言ってはいけない! ぼ、僕はヴィルヘルミネ様の臣下であって……と、とにかく……あ、いや、しかし……!」


 そうしてヴィルヘルミネがイケメン二人に囲まれていると、溌溂とした声が降ってきた。


「……デッケン先輩、それにオーギュ! 二人揃って何をしているの? 学生時代のように、また悪巧みの相談かしら?」


 手を振ってこちらへ近寄ってくるのは、女性にしては背が高いアデライードだった。それに彼女は大尉の正装に身を包んでいるから、美男子のようにも見えるのだ。

 ヴィルヘルミネはもう、最高の気分だった。ここには顔面点数九十点以上が勢揃いしているから、これだけでパンを五個は食べられるだろう。


「あっ、ミーネ様もおられたのですね!」

「……んむ」


 ナッツを頑張って飲み込むと、ヴィルヘルミネは小さく頷いた。口の周りに付いた塩を、ゾフィーが丁寧に拭いている。


「何を話していたのです?」

「あのな、オーギュが余と踊りたいというのじゃ。余としては別に構わんのじゃが、エルウィンが身分差、身分差と煩くてのぅ……」


 事情を聴いたアデライードは、「ふぅむ」と白い手袋を嵌めた手を顎に当てている。エルウィンが言うように、いくら軍隊の階級はオーギュストが上だからと言って、簡単に踊って良い組み合わせではないのだ。


 それに今日、ヴィルヘルミネは誰とも踊っていない。

 最初に踊る相手というのは、令嬢のように高貴な者にとってはとても大切なのだ。

 つまり彼女の場合は、国王や王族と最初にペアを組むべきだった。


「――でしたら、こうしましょう」


 何かを閃いたようにアデライードは手を打つと、ニッコリ笑う。夕日に黄金色の巻き毛が反射し輝いたその姿は、まるで天上界から舞い降りた天使のように見えるのだった。

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