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12 ざわめく大陸


 ヴィルヘルミネの下に宰相ヘルムートからの手紙が届いたのは、彼女がフロレアル宮殿に到着して一週間ほど過ぎた頃である。


 この頃には歓迎式典も終わり、令嬢はランスの国王夫妻とも無難に顔合わせを済ませていた。

 その際はドレスに着替えたアデライードが間に立ってくれたから、元来が人見知りの激しいヴィルヘルミネも貴人達と、無難に会話をすることが出来たのである。


 また、壮麗過ぎる宮殿においてヴィルヘルミネが挙動不審に陥らなかったのも、全てアデライードがいたお陰だ。何しろ令嬢は、基本的にアデライードを見続けていた。だから悪戯にキョロキョロしなかったのである。


 国王のシャルル=ド=ランスは二十七歳。黒髪と憂いを帯びた青い瞳が特徴的な優しそうな色男で、ヴィルヘルミネは九十点という高得点を付けていた。

 

 一方王妃のマリー=ド=クリスティーナは二十二歳。彼女は歓迎式典のおり、豪奢な宝石を散りばめた金のティアラで蜂蜜色の髪を彩り、はしばみ色の瞳をキラキラと輝かせてヴィルヘルミネを質問攻めにしている。


 それというのも王妃マリーは妃教育もそこそこに、十四歳でランスへ嫁いで以来、ずっと王宮で暮らしている。なので同じ女性でありながらも戦場で一軍を統率し、度重なる勝利を収めたヴィルヘルミネが珍しくて仕方が無かったのだ。


「余……ではなく、わたくしの指揮はともかく、レグザンスカ中尉の指揮ぶりこそ見事なものでした……わ」

「まあ、アデリーはやっぱり優秀なのね! そうではないかと思っていたけれど、あの子、ぜんぜん軍のことをわたくしには教えてくれませんのよ!」

「……で、ありますか」

「そうよ! それにしてもミーネ、あなたとアデリーが戦場に立つ姿はきっと、勇壮な戦乙女のようなのでしょうね! ああ……羨ましい! 一度でいいから見てみたいわ!」

「余……わたくしはともかく……アデリーは本当に美しいです。九十九点であります」

「そうね、ミーネ! でも、わたくしから見れば、二人とも百点満点だわ!」

「……へへ」


 珍しく赤毛の令嬢が令嬢らしい言葉を使ったのも、この日が久しぶり。なので、たどたどしいものであった。

 そんな彼女のことをマリーは気に入ったのか、それからの一週間というもの毎日のように、ヴィルヘルミネを茶会や昼餐に招待してくれたのだった。


 赤毛の令嬢としても、マリーの顔面点数を九十三点と高く見積もっているから、決して嫌ではない。ただアデライードが任務ということで、いったん宮殿を離れてしまったから、それだけが残念なのであった。


 そうして、いよいよ戦勝祝賀の宴を明日に控えた今日、赤毛の令嬢が今後いかに振舞うべきかを長文で書き連ねたヘルムートからの手紙が届いたのである。

 むろんこれを令嬢に手渡したのは、ピンクブロンドの髪色をした青年士官――エルウィン=フォン=デッケンなのであった。


 ■■■■


 公使館に宰相からの命令書が届いたのは、朝と言うには遅く昼と称するには早い時刻。これを会議室にて、幹部一同が共有することとなった。


 宰相ヘルムートの手紙に曰く、「ヴィルヘルミネ様がランス軍に協力し、国王派へ恩を売ったことは僥倖であった」とのこと。

 国内の世論はどうとでもして見せるから、気にするな――と黒髪紫眼の宰相は言っていた。

 

 その理由は、いよいよランスの革命派に対して列強各国が、今夏にも軍事的圧力を増す構えを見せているからだという。


 現在ランス王家や上級貴族達が、姻戚関係にある諸外国へ助けを求めているのだ。それが功を奏した――とのことであった。


 むろん各国が無料タダでランスを助けるとは思えないが、しかし民主革命などというものを簡単に認める程、各国の専制君主達もお人好しではない。

 さらに言えばランスの革命を潰す道すがら、領土の一部を掠め取るくらいの腹黒さも彼等にはあるだろう。


 つまりランス王家は、国土を切り売りしてでも自らの命脈を保とうと動き出したのだ。要するに背に腹は代えられない――ということである。


 となるとフェルディナントがこのまま革命派を支持し続けることは、列強各国を敵に回すことにも繋がりかねない。だからヴィルヘルミネが革命派に対して強硬策を取ったという一事が、大切になってくるのだ。


「つまりヴィルヘルミネ様のお陰で、我等は列強に睨まれなくて済む――ということですか」


 フェルディナントの公使館にある会議室で、エルウィンは共に長机を囲む公使に聞いた。四十がらみの彼は口髭を撫でながら、小さく頷いている。


「そうですね。革命が失敗するなら、列強によるランスの分断統治、というシナリオもあり得ます」

「――まさか!」


 エルウィンは絶句し、ごくりと唾を飲み込んだ。窓の外へ目をやると、やけに薄暗い。分厚く垂れこめた雲から、消化不良のような小雨が降り続いている。既に三月だというのに、今日はやたらと肌寒かった。


「別に驚くことではないでしょう。我等の仕事はそうしたケースになったとしても、我が国の利権を護ること。少なくともプロイシェやキーエフがランス東部を支配せぬよう、手を打たなければ」


 言うまでも無くキーエフ帝国がランス東部を手に入れるような事態になれば、フェルディナントは南から西にかけてを帝国に囲まれてしまう。北や東はプロイシェの勢力圏なので、彼らに頭を下げねば産業も商業も枯渇するしかなくなるのだ。


 逆にプロイシェがランス東部を制することになれば、キーエフに頼る他にフェルディナントが生き残る道は無い。これも断固として阻止しなければならなかった。


 これらのことを踏まえるのならば、フェルディナントも列強と足並みを揃える方が得策だ。故にヴィルヘルミネが表立ってランス王国を支援したことは、国家にとって僥倖なのであった。


 このようなことを公使館で話し合った後、エルウィンは小雨の降る中フロレアル宮殿へと向かった。そしてヴィルヘルミネが宿とする部屋へ行くと、公使館での会議を報告してから宰相の手紙を主に渡したのである。


「――なるほどの。ヘルムートめ、余に国王派を装ってくれと言うてきおったぞ」


 ヴィルヘルミネは手紙を読むと、熱々の紅茶に口を付けた。それが熱かったので思わず顔を顰めていると、その表情を見たエルウィンが、令嬢の真意を勘違いしてしまう。


「もしやヴィルヘルミネ様は、ランスの革命軍が列強の連合軍にさえ打ち勝つと――そうお考えですか? それで、国王派は装いたくないと……」


 舌をやけどしてしまったヴィルヘルミネは、思いっきり眉間に皺を寄せている。


「う……」


 まるで頷くかのような令嬢の動きに、エルウィンは戦慄を禁じ得なかった。

 確かに彼もランスの革命軍を、高く評価している。彼等がもしも優れた軍事的指導者を得れば、列強各国を相手にしても、戦えるだけの戦力があるに違いない。


 ――例えば、ヴィルヘルミネ様のような天才が率いるなら、ランスの革命軍はとてつもなく強い軍隊になるだろう。


 エルウィンの勘違いから始まった想像は、しかし後に正鵠を得る。しかし今はまだ、ランスを代表するような軍事的指導者はいないのだった。

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