93 女帝誕生
一七九四年一月十五日より三か月間、ダランベルとキーエフ、ウェルズ、プロイシェ、サマルカードの五国間において停戦条約が合意された。これを働きかけたのはウェルズであり、五か国ともそれぞれに思惑を抱えてのことである。
このようになったきっかけは、むろんのことヴィルヘルミネの提案したエドモンド公爵の遇し方について――であった。
ウェルズとしては、まさかダランベルが自国の内に彼を取り込もうとし、一方でエドモンド公が、まさかその提案を飲むとも考えていなかったのだ。
そうしてリスガルドと国境を接するモンペリエ地方にエドモンド公爵領が与えられると、彼自身からしてヴィルヘルミネによるランスの王権を認めるようになった。となればもはや、ウェルズにダランベルによるランスの併合を阻む理由とて無くなったのである。
一方でランス国内では英雄バルジャンの死の真相が暴かれ、これがウェルズの陰謀であったとする説が実しやかに語られるようになるや、民衆の怒りは矛先を海の向こうに変え、まさに赤毛の女王の先兵にならんとしているという。
これでは流石にたまらぬと、ウェルズの宰相ウィリアム=ヒューズが各国に停戦を提案した次第、という訳だ。
一方ダランベル連邦王国としても対ウェルズ戦に向け、海軍力の増強を図らねばならない。行方不明のエリザ=ド=クルーズの捜索とて進んでおらず、失われた軍艦の再建もまだなのだ。であればここはウェルズの提案を受けても、時間を稼ぐ方が得策であった。
一方でキーエフ、サマルカードはダランベルと戦うにあたり、ウェルズの支援は不可欠だ。であればウェルズの提案は呑むより他に道がない。
またプロイシェはダランベルがウェルズの提案を入れたなら、単独でキーエフと戦うなど愚の骨頂。したがって停戦に合意するも止むを得ないことである。
こうして各国における宰相級の人材が大陸北方における小島において一堂に会し、三か月の停戦を決めた。この間に各国の主張を調整し、和平への話し合いをする、という名目である。
とはいえウェルズはダランベルによるランスの併合を断固認めず、ダランベルはウェルズ海軍の活動を制限せねば和平はならぬと断言した。
キーエフはプロイシェに侵略された領土を戻せと主張しているし、プロイシェは、それこそが我らの固有の領土であったと過去に遡った地図を提出する始末。
サマルカードはサマルカードでメンフィスの利権をこの機に取り戻したいと、ダランベルはもとよりウェルズにさえ噛みついている。
つまり五者は、どれほど話し合ったところで合意に達することはない。
それは皆、先刻承知のことなのだ。
にもかかわらず停戦したからには、誰もが皆、時間を稼ぎたい訳がある。
例えばダランベル連邦王国は、この間に同盟関係を固める方針なのだ。
ゆえに赤毛の女王は寒い二月にわざわざ戴冠式を行って、自国と同盟を望むであろう国々の賓客をもてなした。つまりはこれが、ダランベルにとって敵と味方を見極める分水嶺なのである。
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二月十日、午前十時。今や帝都となったバルトラインの街路には僅かに雪が残っている。もとより雪の多い地方ではないが、それでも冬の最中にあっては残雪程度はあるのだった。
街並みは帝都と呼ばれるに相応しくなるよう、急ピッチで開発も進んでいる。とはいえヴィルヘルミネが住まう宮殿は特に増築されるでもなく、フェルディナント公国時代のままではあるが。
それでも、人口は爆発的に増えていた。
各国から集められた兵士、その家族――彼らを相手に商売を始める者、などなど。
そうして商工業が発展すれば、当然ながら増税などせずとも税収は自ずと増える。これがダランベル躍進の原動力となっているのだが、その首都であるバルトラインは今や大陸有数の巨大都市となりつつあるのだった。
カラン、コロン――大聖堂の鐘が鳴り響く。
間もなくヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントがダランベル連邦帝国の皇帝となるからだ。同時に彼女は、ランス女王ともなる。
遡ってはアデライード=フランソワ=ド=レグザンスカをランス副王とし、彼女の復権も果たされていた。それがオーギュスト=ランベール、たっての願いであったからだ。
「断頭台の露と消えた我が妻アデライードの墓前に、是非とも花を添えたく……」
我知らず心の内に憧れさえ抱くオーギュスト=ランベールに言われては、冷徹極まる(ように見える)ヴィルヘルミネだって、何とかしてやりたくなってしまう。
というか「我が妻」って何? 結婚してないじゃない!? と激しくテンパったとしても、ここで力を貸してあげたら「余、ポイントアップ」とか紅玉の瞳の奥で考えた赤毛の女王なのだった。
よってアデライード=フランソワは遡りランス副王として墓所を整え、銅像の建立と相成った訳である。
バルトラインの大通りを八頭立ての馬車が一台、これにヴィルヘルミネが乗り、前後に二台ずつ護衛の四頭立て馬車に挟まれ進んで行く。沿道からは「ヴィルヘルミネ様、万歳!」の声が響き渡り、紙吹雪が舞っていた。
バルトラインの人々は、概ねが赤毛の女王を愛している。それは彼女が十歳になる前から前線に出て戦い、輝かしい武勲と共に帰ってくるからだ。そのたびに生活は豊かになって、すなわち幸福度が増していたからだ。
もちろん一方では度重なる出征により、家族を失った人々もいる。不満とて無いではない。いくら恩給が出るからといって大切な息子や夫、娘を失った人々は苦しんでいる。
けれどだからといって、ヴィルヘルミネ自身が戦場に出ない主君ではない。どころか自らが最前線に立つこともあるという。ましてや彼女は早くに父母を失い、孤独の内にいると思われていた。
ならば恨み言など言えないと、悲しみや苦しみを抱える人々さえも、ヴィルヘルミネの戴冠には納得せざるを得ないのだ。
ヴィルヘルミネは聖堂の内に入ると、身廊の先にある玉座に置かれた煌びやかな帝冠に目を止めた。左右に立つのはバルトライン大司教のアレクサンデルと、もう一人は自分を崇拝する教皇、ルクレール=ド=レアンである。
古来より地上における神の代理人は教皇だが、権力の代行者は皇帝だ。
であれば代理人より帝冠を授かり、神の権力を代行する権限を得る――というのが帝位に就く者のしきたりであった。
だがしかし、今回は違う。
あるいは、今回も違う。
その筋書きを描いたのは、誰あろう神の代理人たるルクレール=ド=レアンだから、誰もが異を唱えない。唱えられないのだ。
ヴィルヘルミネは今、黒衣に銀糸、金糸を散りばめた豪奢な軍服を身に纏い、純白の毛皮がついた深紅の外套を羽織っている。女性にしては長身の部類に入るから、男装の麗人とも見えるだろう。
だから身廊をゆっくりと進む彼女の姿に、男も女も見とれていた。特に普段は犬猿の仲にさえ見えるルイーズさえ頬を赤らめ、「ミーネ、す、す、素敵ですわ……」と呟いた程だ。
ヴィルヘルミネは玉座まで進むと、一生懸命練習した演技を皆の前で披露した。
王冠を左手で無造作に掴むや振り向いて、集まった皆の前で宣言をする。
「今、この場に余があるは神の為にあらず! ただ民の為にあるのみ!」
一段下の階で、教皇たるルクレール=ド=レアンが恭しく跪く。当然ながら大司教は二段下がって同様の仕草であった。
「されど陛下、それこそが神意でございますれば……」
「さよう、それは同時に民の意思でもあるのです」
「すなわちこれは、神意であり民意でもあるのです」
「万民の為、ヴィルヘルミネ様は帝位へとお登りあそばしませ」
ルクレール、アレクサンデルと、教会最高位の聖職者たちが交互に女王の立場を認めて言う。
「ならば良い。神が作りし帝冠も、民の為になるというのなら、我が頭上に載せるも吝かでなし!」
両手でグイと前に出し、それから帝冠をゆっくりと頭上に載せる。
頭の小さなヴィルヘルミネのこと、多少は頭上でずれたりしたが、それも些細なことと大歓声が待っていた。
「「「「女帝陛下万歳!」」」
「「「ヴィルヘルミネ陛下万歳!」」」
大歓声が上がる中、金色の瞳でねめつけるように女帝を見る人物がいる。どころか彼は多くの人々を躱し、するりと女王の目の前に現れニッコリと微笑んだ。
「フッフー。誰より先に寿ぎたくて、陛下の御前に現れてしまいましたよぅ」
誰あろう、それはプロイシェの軟体王子ことジークムントなのであった。
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