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92 平和を求めて


 いよいよ帝歴も一七九三年が暮れようとしている。赤毛の女王も十七歳となり、ますます美しさが増していた。その肌は粉雪の様に儚さを含んだ美しさをもち、けれど燃えるような赤い髪が彼女を戦神の如く力強い魅力に溢れさせる。ひとたび口を開けば威厳に満ちつつも冬の澄んだ湖面のように美しい声で、誰もが何事かを命じられれば歓喜に打ち震え抗う術を持たなかった――それが、十七歳となったヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントを客観的に見る者の印象である。


 一方で本人は全く、自らの美しさを自覚していなかった。いや、ある程度は自覚しているとしても、「みな、世辞が過ぎる……余など、ゾフィーに毛ほども及ばぬのに」とか「エミーリアの方が断然カワイイ。それにくらべて余ときたら、目は吊り上がっておるし、唇も薄い、顎もなんか細い! 声もちょっと低めで嫌なのじゃ!」などと、たまに激しく自己嫌悪に陥っていた。挙句の果てには部下であるイケオジ、美青年、或いは美少年たちを見るにつけ、「やはり余は、皆を木の陰から見る係なのじゃ……」と陰に籠る始末。


 ときおり自らの立場を思い出して世界情勢を鑑みれば悩みの種がどっと芽吹き、中でもメンフィスに置き去りにしたエルウィンを司令官とする軍団や、壊滅した海軍に関することなど、「ああ、もう余は終わりじゃ。皆を置き去りにした余など、どうせ権力の座から引きずり降ろされてしまうのじゃ」と絶望する有様。

 いかに世間が、「瞬く間に領土を拡大した軍事的天才」と囃し立てた所で、ぜんぜん信じる気になれなかった。


 有体に言えばヴィルヘルミネは今、ちょっと遅れた反抗期である。誰が言う事にも、いちいち反発してしまう。だけれどそれが全部誉め言葉なので、自虐的になってしまうのだ。

 そんな女王はだから、「働きすぎです、少々お休みください」などと言われては、


「余、休んでなどやるものか。どうせサボってると思われているのじゃから!」


 と反骨心を見せ、しっかり働く良い子になってしまったのである。何よりも権力者の常で、その立場から落とされたが最後、何処までも悲惨な運命が待っていることを彼女は知っていた。だから保身の為にも、周囲に目を光らせないわけにはいかなかった。


 とはいえ、未だ遠い国で戦うエルウィンたちを思えば、いずれ追い落とされる身だとしても、せめて罪滅ぼしの為には頑張らねば――という気持ちになる。根は善良なヴィルヘルミネなのであった。


 そんな訳で雪も降り積もる十二月下旬、昨夜も遅くまで連邦貴族、商人や外交官達と面会し、形だけは話を聞いていたヴィルヘルミネは眠い目を擦りながらも朝六時にきちんと目を覚ましていた。


「ああ、今日も寒いのぅ。まずは風呂の用意を頼むとして――……それから」


 寝台から身を起こしつつ、起き抜けに秘書官に命じる。それがグランヴィルよりダランベルの王都バルトラインへ帰還してからの、赤毛の女王の日課であった。

 というか寒い冬は朝風呂にでも入らなければ、ぬくぬくとしたベッドから出ることが出来ないのだ。


 入浴中、ヴィルヘルミネは頭の中であれこれ考えていた。


 来年は十八歳になるのだし、当然ながら本人も結婚を視野に入れていた。生来の趣味はともかく、貴族生まれの赤毛の女王であれば政略的な意味において結婚がいかに重要であるか、十分に理解していたのである。従ってウェルズの提案は理論上、破綻したものではない。どころか大陸に旧来の秩序と平和を齎す、という意味においては最善の一手であった。それとて、理解出来なくはないのだ。


 けれどダランベル連邦王国元老院においては、ヴィルヘルミネをダランベル及びランスの皇帝へ推挙すべしという議題が持ち上がり、満場一致で可決。

 そもそもがヴィルヘルミネの御用機関と思しき元老院であれば、彼女の個人的感情を忖度して議題を提出、可決するのが役割なので、この結果は当然と云えるのだが……。


 ともあれ赤毛の女王は対ウェルズ戦争の方針が固まると、ランスを併合した後、大軍をウェルズの対岸へ集結させよと命じている。その為にも多数の軍艦を建造し、海軍の再建を急ぐようにと海軍省に厳命した。理由は単純明快で、平和が成らぬのなら戦争しかないからだ。


 しかしながらヴィルヘルミネとしては、平和を諦めた訳ではない。

 ただ単に、五点の男と結婚したくないだけだ。

 何ならもっと別に大国の然るべき立場にあるイケメンなら、いつでも結婚の心づもりでいる。

 そうして結婚さえしてしまえば、それは強固な同盟となり大陸に新たな秩序を齎すであろう。

 つまり赤毛の女王は、いつでも大国の王子(イケメンに限る)に求婚されるのを待っている。だからあくまで結婚を拒絶し、戦争をこそ求めているように思われるのは、心外の極みであった。


「これほど待っても声が掛からぬのじゃから……やっぱり余、モテないのじゃ。分かっているのじゃ、うむ。このような釣り目女、誰も好きになってくれぬのじゃからして、して……」


 窓の外を白く染める雪を見つめながら、しばし涙を堪えるヴィルヘルミネであった。


 零れそうになる涙を隠す為に頭を振ると、赤毛の女王は浴槽に浮かぶ薔薇の花びらに目を遣った。

 思わず海の藻屑となった艦隊のことを考え、小さな溜め息を吐く。多くの命が失われていた。であれば戦争など、やるべきではないのかと考えもする。


「望まぬ結婚だけれども、それで平和が訪れるのなら余は……受け入れた方が良いのじゃろうか」


 ヴィルヘルミネは浴槽から窓辺を眺め、上り始めた朝陽に目を遣る。いつの間にか、雪は止んでいた。冬の朝のことだから、七時も近いのだろう。軽い朝食を済ませれば、閣僚たちと朝の会議が待っているのだった。


 ■■■■


 軍服に着替えて宮殿の会議室へ入ると、既にして閣僚たちが顔を揃えてた。

 リヒベルグの報告によれば、ウェルズ軍に守られてリスガルド入りしたエドモンド公爵は、現地で身柄を拘束、その上でグランヴィルへ護送したとのこと。


 この件に関しウェルズとリスガルドから、国境を越えての逮捕、拘禁は違法である、との通達を受けている。けれどこれをヘルムート=シュレーダーは、そもそもが内政干渉だとして受け付けず、互いの主張は平行線を辿ったという訳だ。


 ヴィルヘルミネが、「やっぱり結婚を受け入れようかな、てへ!」とでも言おうと思っていたところで、これだ。もはや間違って逮捕した、では済まない。どころか戦争一直線である。完全にダランベルはウェルズに対し、喧嘩を売っていた。


「ヴィルヘルミネ様がランス女王となられるのだから、エドモンド公の存在は不要。生きていれば、それこそ災いの元となりましょう」


 そう主張するのはポール=ラザール。守銭奴として名高いランスのイケオジは、ランス王家に憎悪を抱いている訳ではない。しかしながら彼とて革命の元勲であったから、少なくともそう見られる向きもあるからか、今となってはランス王家に厳しい処断をと望んでいた。

 つまり彼らの復権と自身の失墜は、相関関係に無きにしもあらず、と考えたのだ。


「ふむ――……オーギュは何と言うておる?」


 赤毛の女王は細い顎に指を当て、首を僅かに傾げていた。

 確かに肖像画を見た限り、好みではない。結婚などしたくない相手だ。

 しかしだからといって死刑にするなど、ヴィルヘルミネはそこまでサイコパスでもなかった。むしろ現地の責任者たるオーギュストの意見も聞いてみたい。

 どころか今朝は、彼と結婚するだけで現在の戦争に幕が引けるのならと、わが身を犠牲にする覚悟までしたヴィルヘルミネだ。思わず無表情で冷汗が出た。


「は……軍人に過ぎぬ身なれば、彼の処遇は司法にお任せ致す、とのこと」


 口元に冷笑を浮かべて言うのは、リヒベルグだった。

 民主国家ではないダランベルの司法とは、つまりヴィルヘルミネの一存ということである。

 とはいえダランベルにはダランベル連邦法が存在した。そこには様々な法律があり、当然ながら刑法もある。これに照らし合わせて何らかの裁判を行い、然るべく裁くことにはなるのだろう。だがそれでも、全てに優先するのは女王なのだ。ヴィルヘルミネであれば、法を作るなり解釈を変えるなり、どうとでもなる。そういうことだ。


 赤毛の女王は目を閉じた。しばし考える。

 エドモンド公爵は先王シャルルの弟だ。兄が断頭台の露と消え、弟までもと考えれば、あまりにやるせない。だからヴィルヘルミネは、必死で考えた。

 結婚はしたくない、さりとて戦争も避けたい。だったら浮かぶ道は一つだけ。


「エドモンドには改めてダランベルの公爵位と、適当な場所に領地を与えよ。殺すことは、まかりならぬ」


 いやあ、名案! とでも思ったか、ヴィルヘルミネは唇の端を吊り上げご満悦だ。

 しかしながら群臣の想いは違う。

 

「「「なんと悪辣な!」」」


 としか思っていない。

 適当な場所に領地とはリスガルドの国境周辺に他ならず、領地を与えれば旧ランス王党派が彼の下に集まること必定。そしてエドモンドが反旗を翻せば、これを討伐して一網打尽という寸法だ。

 むろん、これは敵を悪戯に増大させる危険はあった。

 けれどそこは、軍神ヴィルヘルミネである。圧倒的な武力にモノを言わせ、一気呵成にリスガルドさえ征服し、返す刀で海へ出てウェルズ征服と相成るのであろう。

 少なくとも武官はこのように解釈し、総員が立ち上がり「御意!」と敬礼を女王に向けたのであった。

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