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91 革命政府の残骸


 グランヴィル市内を流れる川の中州には王政の当時、民を震え上がらせるべく建てられた監獄がある。それは中州も合わせて監獄島と呼ばれ、本来は殺人や強盗など非人道的な罪を犯し、処刑を待つ者どもを収監する為のものであった。


 それがいつの頃からか、主に政治犯が収監されるようになっていた。挙句の果てが革命政府の当時には、溢れる政治犯で収容人数を大幅に超えていた。おかげで重罪を犯した犯罪者を収容できず、本末転倒な有様となる。それが為に些細な理由で断頭台送りにされる政治犯が多かったのだと云われているが、その真相は定かではない。

 あるいはオーギュスト=ランベールの目の前に真相を知り得る人物がいるのだが――彼が今ここを訪れた理由は、そんなことを聞く為ではないのだった。


「マクシミリアン=アギュロン、いま一度問う。バルジャン閣下のご遺体を、何処へ隠した?」


 粗末な木製の椅子に両足を括り付け、両手を後ろに縛られたマクシミリアン=アギュロンは、それでも両目に鬼火のような光を宿らせると、口の端を歪めて見せた。


「私は、知らない」


 次の瞬間、ゴンッと激しい音がなる。木と木がぶつかったかのような音だ。けれど違う。薄暗い中、奥歯をギリッと噛みしめながら、右手に付いたアギュロンの髪をパラパラと落とすのはアリス=ダントリクであった。


 彼女はアギュロンの答えを聞くや、彼の頭髪を掴み、目の前の机に男の額を叩きつけたのだ。おかげで体は奇妙に歪み、バランスの悪い椅子はガタリと音を立てて横に崩れ落ちた。


「隠し立てはするな。死ぬまでの時間が、苦痛に彩られるだけだぞ」

「オーギュスト君……私はいい、が、しかしだ。君は兄上にも、同じことを言ったのかね? 死とか、苦痛とか……」

 

 椅子ごと二人の看守に起こされながら、アギュロンは言う。そのあばた顔に恐怖は浮かばず、ただ眉を顰めるばかり。

 そもそも彼は元弁護士であり、弁は立つ。加えて海千山千の政治家たちを纏め上げ、まがりなりにも自らの理想を掲げて一国の頂点に立ったのだ。決して暴力に屈する男ではなかった。

 それでもダントリクは許せない。だからと、さらに暴行を加えんとする彼女を目で制し、オーギュストは溜め息を一つ吐く。


「今さら革命派が息を吹き返す可能性は、万に一つも無い。あなたの理想は潰えたのだ。にも拘わらずバルジャン閣下のご遺体を隠す理由は、もう無いだろう」

「私の理想は、人類の理想だ。ならばそれは潰える筈もなく、決して潰えさせてはならないものだ。そしてバルジャン君は、病死したのだよ。それが唯一にして無二の事実です」

「ではなぜ、墓所の遺体は別人なのだ?」

「さあ――……それは私には与り知らぬこと」

「貴様が知らねば、一体誰が知っているというのだ!?」


 拷問に掛けるべきかと悩むオーギュストの下に、何かと権限の被るリヒベルグがやって来た。赤毛の女王からは「仲良く」などと言われてはいるが、どうにも銀髪赤目の青年には、彼の陰に籠った瞳が苦手である。


「方面軍司令官――……その男の供述は本当だ。バルジャン将軍の遺体が何処にあるかなど、アギュロンは知らんよ。だから聞くのなら、こうだ。なあ、おい、貴様は一体、バルジャン将軍の遺体を誰に売った?」


 どこまでも冷酷な眼光で、リヒベルグは椅子に縛り付けられた弱者を見下ろして言う。

 初めてアギュロンの表情が動き、眼光が鋭くなった。言う気は無いと、そういう顔だ。


「売った? この私が、ですか? 私は遺体を売ったりしない。下種な物言いは控えて貰いたいな」

「そうか、下種には下種に相応しい物言いを、と思ったのだがな。まあいい、では言い方を変えるとしよう。バルジャン将軍の遺体を検死した医者は、一体誰だ? 報告書に記載してある名前が偽名であることは、既に承知しているぞ」

「ほう……偽名でしたか。それでは、分かりませんね」

「となると貴様ら共和政府は、身元不明な藪医者に革命の元勲たるバルジャン将軍の検死を頼んだ、ということになるが?」

「あの頃は、混乱していましたからね。法を作り行政機構を作り、司法制度を整えて暦を変える。そのような最中にあっては、例え革命の元勲と云えど、死んでしまえば――……」


 苦笑気味に言うと、アギュロンは瞼を閉じた。


「私が死んだとしても、誰とも知れぬ医者が診たことでしょう。そういう時代だったのです」


 リヒベルグは腰に後ろ手を組み、アギュロンに背中を向けた。


「言う気が無いのなら、それも良い。ならばアギュロン――……貴様には年老いた母親、兄弟、それに恋人がいたはずだな、クラリィとかいう。革命が成就するまで、結婚はせぬと約束を交わしていたとか。まあ、その辺りの者に聞くことになるが、まずはここへ呼ぶとしよう」

「なんだと? 仮に私に罪があったとして、その罪が身内に及ぶというのか? 前時代的な……!」


 アギュロンの顔つきが変わり、眉を吊り上げリヒベルグの背中を睨んでいる。


「罪とは誰も言っておらん。あくまでも話を聞くだけだ。しかしな、そもそも貴様を匿っていたのは、彼女の親族だ。となれば貴様も立派な政治犯。それを匿った罪は、どうあれ問われるであろうよ」

「政治犯を匿った罪は、ヴィルヘルミネ陛下の治世において、どのような罪となるのだ?」

「さてな。貴様の政権下では、どうだったのだ、アギュロン殿?」

「……斬首」

「ほう、それはまた、重いな――……だがまあ、法改正も未だ整わぬ状態であれば、旧法に則るより仕方がないか」

「まて、まってくれ! 私はどうなっても構わない! 家族は、母やクラリィに罪はないッ! だから……!」

「罪はあろう、貴様を庇ったという罪が。しかしながら、条件次第では考えてやらんでもない。それというのも、我が国は共和国家などという生ぬるい衆愚政治ではない。ただ一人の神より選ばれし天才が治める、理想国家であるがゆえ。なればこそ一市民の生殺与奪など、ヴィルルミネ陛下の温情次第でどうとでもなる」

「わ、分かった……言う、言うから……母とクラリィは助けてやってくれ。頼む、頼みます」

「さて、な」

 

 リヒベルグは腕を組み、オーギュストとダントリクを順に見た。彼にしてみれば、約束しようがしまいが、どうでも良い事だ。というよりアギュロンに聞くまでもなく、バルジャンの遺体の在処は察しが付いている。あとは裏を取るだけのこと。

 しかしオーギュスト達にしてみれば、ここからが始まりだ。何としてもアギュロンに、口を割らせなければならなかった。


 ■■■■


「こ、殺すのか、オーギュ。こ、この俺のことを?」

「まずは答えてくれ、兄さん。兄さんは知っていたのか、バルジャン閣下のご遺体がウェルズに持ち込まれたことを」


 アギュロンの家族、恋人の身の安全を女王に願うと約束し、オーギュスト=ランベールは同じ監獄にいる兄の下を訪ねていた。

 立場的にも道義的にも到底許すことなど出来ないが、それでも兄弟の情はある。同じ父母の下から生まれ、共に暮らし育った記憶もあれば、何とか命だけは助けてやりたいと考えてもいた。


「し、知らない。だが研究の為に死体が必要だと医者に言われれば、それを渡すことに何の躊躇いがあると言うんだ。そいつがウェルズ人だったとして、どうして俺がそんなことを、気にする必要が……」


 兄は虚ろな目を終始彷徨わせ、ガチガチと顎を震わせていた。アギュロンと同じく手足を椅子に括り付けられていたが、身体も椅子ごとガタガタと震えている。


「問題はそれが、バルジャン閣下のご遺体だったということだ」

「何がどう、問題だったんだ?」

「問題しか無いだろうッ! バルジャン閣下は英雄で、死の真相を知られるのは不味い。国内に死体があれば、誰かが暴くとでも思ったかッ!?

だがウェルズが遺体を持てば、どのようにでも政治的利用が出来るだろうッ! そうは考えなかったのか!? それとも革命政府とは、その程度のことも考えられない程、無能の集まりだったということかッ!?」


 怒鳴っても仕方がない、そう思うほどにオーギュストの感情は昂った。


 ウェルズがバルジャンの遺体を持ち去った理由は、未だ不明だ。だが、推測することは出来る。例えば革命政府が力を持ち、いよいよ正面切って戦争だ――となれば、そこにバルジャンの死の真相を暴露する。そうなれば革命政府は、さぞや混乱するだろう。

 そうした想像もせずウェルズに遺体を渡すなど、政権を運営する資格など端から無い。そのような奴らを相手に今まで戦ってきたのかと思えば、オーギュストは自分自身まで情けなくなってくる。


「あの時は、お前がバルジャンに傾倒していた――……アイツはヴィルヘルミネの犬だ。だから死ななければならなかったし、ウェルズはバルジャンの死体を欲した。それで多少なりとも関係の改善ができるなら、外交的にも意味のあることだと……とにかくお、お、俺は、正しいことをしたんだ、お前の為だったんだ」


 パンッ!


 オーギュストは兄の頬を平手で叩き、睨みつけた。

 子供の頃から兄の後を追い、慕ってきた。兄もまた自分を思い、背中を押してくれていた。

 そうして二人で夢を叶えようと思えたのは、革命前夜までのこと。いつしか二人の道は交錯し、互いに戻れなくなっていた。それをファーブルは受け入れられず、あくまで己の理想を弟に押し付けようとしていたのだ。


「何が外交だ! 何が俺の為だッ! 秘密裏に死体を送る外交なんて、あってたまるか! ウェルズの狐に利用されているとも気付かず、ランスにとってバルジャン閣下がどれだけ有益であったかも理解出来ず、よくも今まで能天気に生きてきたものだッ!」

「お、俺だって、俺なりに精一杯やったんだ」

「その努力で、今まで何人の罪なき人々を断頭台送りにしたッ!?」

「罪はあった。皆、王党派であったり、反革命であったり……と、とにかく悪人を裁いただけだ、お、俺に罪は無い」

「そうか、兄さんには当時、本当に罪はなかったのだな?」

「そ、そうだ、そうなんだ。分かってくれ」

「ああ、分かったよ。だけど、だったら兄さんは今、反ヴィルヘルミネ陛下ということになるね」

「それは、そうだが……」

「だったら今は、それこそが兄さんの罪になる。国家反逆罪は当然、死刑だ」

「ま、待て。嫌だ、死にたくない。改心する、改心するから……ヴィルヘルミネ陛下、ば、ば、万歳! だ、だから助けてくれないか、頼む、兄弟じゃないか」


 オーギュストは血が出るほど拳を握りしめ、自身と同じ身体的特徴を持つ兄を見た。情けなく両眉を下げ、目の下に深い隈を作っている。精神的に追い詰められたせいか、股間から足元にかけて、黒い染みが広がった。


「命だけは助けると、約束しよう。けれど兄さんはきっと今後、あのとき死んだ方がマシだったと思う事ことになる。無様に生きるとは、そういうことなんだぞ」

「ああ、ああ。それでもいい。それでも俺は、生きていたい……!」


 大きく頷き涙を垂れ流す兄は、口元に媚びるような笑みを浮かべていた。彼は政治を志すべきではなく、一庶民として生きれば、今頃は結婚でもして子供の一人も作っていたのだろう。

 時代が彼を壊したのだと思えば、オーギュストも多少は我慢のしようもあるのだった。

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