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87 革命潰えて…… 


 バルジャンの墓所詣でから一夜明け、ヴィルヘルミネはランスにおける新たな政権を発足させた。王政復古の大号令をかけたところで、いきなり行政機構が変わるワケもない。であれば必然、女王の仕事はランス新体制における軍事と行政のトップを決めることなのだから。


 昨日のミイラショックにより睡眠不足となったヴィルヘルミネではあるが、根が小心である為に仕事をズル休みするという選択肢は持ち合わせない。

 ゆえに皆が早く人事をと望む以上、早朝には身支度を整え眠い目を擦りながら、フェルディナント公使館の一室において命令を秘書官たちに伝え、正式な書類の作成に励んでいる。とは言っても、所詮は知っている名前を順に出しているようなものなのだが……。


「ポール=ラザールを新たに伯爵に叙し、ランス王国、国務大臣とする」

「伯爵とは、どの国の?」

「どの、とはなんじゃ?」

「ランスか帝国か、それとも我がダランベル連邦王国か、でございます、陛下」


 ギロリと目を細め、赤毛の女王は秘書官たちを睨み据えた。

 ゾフィーやダントリクも同室にいるが、二人は政務に口を挟まない。金髪の女将軍は自らを武人と考えているから政治に口は挟まないし、ダントリクはバルジャンの件で頭がいっぱいだからだ。


 ヴィルヘルミネは仕方がなく秘書官に答えた。


「連邦王国の、に決まっておろう。向後も余が誰かに与える爵位は全て、連邦王国のものに決まっておる」


 女王としては、当然の答えであった。だって自分が連邦王国の女王である以上、他の国の爵位なんて与えられないのだから。

 しかしながら秘書官たち、及びゾフィーの意識は違っていた。なぜならヴィルヘルミネが与える爵位こそが彼等には至高のものであり、ならば彼女が与える爵位こそが全てに優先するからだ。


 つまり向後ランスの爵位や帝国の爵位は、連邦王国の爵位の後塵を拝することとなる。そう女王が宣言したと、とらえたのだ。すなわち遠くない将来、女王は各国を併合するつもりなのだと。

 こうして後にダランベルの伯爵位は、小国の王位に匹敵する立場となるのであった。


 朝陽に目を細めながら後ろに手を組む赤毛の女王は、部屋の中を行きつ戻りつ思い出して言う。次の人事は、人事は、と。


「次は軍じゃな。んむ、陸軍中将オーギュスト=ランベールを国民衛兵隊ガルド・ナシオナル司令官とせよ――ああ、そうじゃ、それから反乱追討軍の司令官も兼任じゃからして、して。

 むう、そうなるといっそ、ダランベル連邦王国ランス方面軍司令官、とでもした方がしっくりくるかの?」

「御意、それがよろしゅうございましょう、陛下。されど未だランスは併合いたしておりませぬ故、ランス方面軍司令官、という役職に関しては内示、という形にてオーギュスト卿にお伝え致しまする」

「んむ、委細は任せる」


 ――そういえば昨日、オーギュが何か言うておったの。マクシミリアン=アギュロンとファーブル=ランベールを追いたいとかなんとか……なら、やりやすいようにしてやらねばの、の。


 ヴィルヘルミネにしてみれば、そんなにバルジャンの仇をとりたいのかな? 気持ちは分かるけど、それでランスの全軍を使うのはどうなんじゃろ? てな感じだが――しかしイケメンの頼みは断れない。ならばいっそと、軽い気持ちで彼にランス陸軍を与えてしまったのである。

 

 もっとも、この人事によってヴィルヘルミネは圧倒的な大軍を手に入れた。

 何せ今となっては彼女に絶対の忠誠を誓うオーギュスト=ランベールを、ランス国民軍の総司令官に据えたのだ。これにより赤毛の女王はランスにおける十五歳以上四十歳未満の男子を全て、その指揮下に置くことを可能としたのだから。

 ちなみに現在ランスの総人口は凡そ二千二百万人、大陸最大なのである。

 

 この知らせを聞いたダランベル連邦軍の参謀総長トリスタン=ケッセルリンクは白目を剥き、「流石です、ヴィルヘルミネ様!」と声を大にして叫んだという。

 何せ女王は一夜にして大陸最大の陸軍兵力を手に入れたのだから、それも当然というものであった。


 だがヴィルヘルミネ自身はそんなことよりも……


「これで九〇点以上の者だけの連隊も創れそうじゃの。フフ、フハハ……いっそこれを余の親衛隊にしたら……アハ、アハハ、史上最大の逆ハーレムなのじゃ」


 などと考え、ジュルリと涎を垂らすだけなのであった。


 ■■■■


 共和政府の首魁追討を願い出た結果、うっかり強大な権力と責任を押し付けられたオーギュスト=ランベールは、ともあれ最初の仕事としてマクシミリアン=アギュロン及びファーブル=ランベールの捜索範囲を拡大した。


 とはいえヴィルヘルミネのグランヴィル入城当時、彼らが市内にいたことは明らかだ。であれば「捜索範囲を拡大する」というのはブラフであり、実態はグランヴィル市内の捜索をより厳にした――ということである。


 だから新聞には「もはやマクシミリアン=アギュロン一党はグランヴィルに潜伏していない」という政府による公式見解と「行方を晦ました彼らを探す為、より広範囲に兵を割く」という行動方針を載せて、彼等の油断を誘うことにした。


 陸軍省の庁舎にて、せいぜい佐官級の執務室と思しい部屋を司令官室としたオーギュストは机に広げた地図を眺め、新たに迎えた幕僚たちを見やる。

 彼らは皆、マクシミリアン=アギュロンが政権を担っていた時代に冷や飯を食っていた。とはいえ別に王党派というわけではなく、能力主義者と言われるような者たちだ。


 そんな彼らの言い分は一つ。


「たとえ貴族でも、軍人としての能力があれば排除する必要はないだろう」

 

 余りにも正論を言ったが為に、マクシミリアン=アギュロンの反感を買った者たちである。

 もちろんダントリクも復帰して、オーギュストを参謀として支えることになっていた。


「どさくさに紛れて、すでにグランヴィルを離れているって可能性もあるんじゃないですかね?」


 幕僚の一人、大柄な騎兵のミューラが言う。度胸と腕っぷしだけで将官になったと言われる男だ。頭を使うことは苦手だと公言しているだけに、こうした作戦会議は当然苦手であった。でも思ったことを言ってしまう。それは直情径行だからであった。


「それは、あり得ねぇだ。彼ら二人は革命の立役者で、グランヴィル市民なら誰でも知ってるべ。そんな二人が王政復古の熱気も冷めやらぬ中に逃げ出せば誰かに捕まって、途端に締め上げられるに決まってる」


 ダントリクが地図上に指を這わせ、いくつかの屋敷にチェスの駒を置く。すでに頭を切り替えて、生きているにせよ死んでいるにせよ、愛するバルジャンの行方を知らなければ――と考えていた。


 オーギュストは銀色の髪をかき上げ、ダントリクの置いた駒を見つめている。


「そのどこかに奴らがいる……ということか?」

「んだな」


 ミューラは首を傾げ、唸っていた。


「しかし、奴らを匿う物好きがいるのか? ふぅむ……」

「いるべ。民主共和という理念そのものは、君主制よりも正義がある、とさえ言えるかもしんねぇ。それだけに理念の信奉者というものは尽きねぇと思うし、だから二人を匿う勢力は一定数あると思うべ」

「だろうな」


 オーギュストは頷き、目を閉じた。瞼の裏には酒場で理想を語る、若き兄の姿が映っている。

 兄はどこで間違えたのだろう――そんな思いが胸に過るがしかし、まさにその理想がアデリーを殺したのだと怒りに代わる。


 震える拳を机に叩きつけ、オーギュストは言った。


「しかし、それがどうしたというのだ。理念さえあれば、罪なき者を殺しても許されるのか? そうして作られた社会が、歪でないとどうして言える?」

「んだ――奴らには、そのことを分からせてやるべ」

「よし。即時、全ての屋敷に一個中隊ずつ送り込む。一気にケリを付けるぞ!」

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