85 棺の秘密
バルジャン像の破壊を命じたヴィルヘルミネは、そそくさとその場所をあとにした。腐っても、ここは大聖堂。であれば歴代ランス国王の墓所である。自身がランスの王位を得るのなら、是非にも詣でておくべきだろうと、もはや訪問目的を脳内変換した赤毛の女王なのであった。
ヴィルヘルミネは幼年学校時代の数年間、このランスで過ごしている。ゆえに必然フェルディナント公国の令嬢として、幾度か王家の墓所に足を運んでいた。
だから迷うことなく大聖堂の裏へと周り、幽玄な佇まいの建物へ入ったのである。それから地下へ向かい、儀仗兵の敬礼を受けつつ大きな扉をくぐった。
「なつかしいのぅ」
昼間でも薄ら寒い地下空間の四方を、ほんのりとした暖色系の明かりが照らす。荘厳な雰囲気といえなくもないが、赤毛の女王にとってはある意味、親戚の墓である。であれば呑気な台詞も飛び出した。
「思えば余も、薄っすらとじゃがランス王家の血が入っておるのじゃからして――……つまりこれは、ご先祖様の墓参りである」
とはいえ、ここに先の国王や王妃――あるいはアデライード=ド=レグザンスカの棺は無い。彼らは捨てるも同然と共同墓地に埋葬され、今となっては遺骸のありかも分からないからだ。
その点に気付いたヴィルヘルミネは、次いで目を丸くする。本来ならば中央にあるべき初代の王――すなわち遠い遠いご先祖様が隅に追いやられ、あろうことか下級貴族であったはずの男がデンと中央に居座っていたからだ。
「なんじゃ、これは? ど真ん中がバルジャンの棺じゃと?」
ここはランス王家の霊廟だ。にも拘らず木っ端貴族に過ぎないバルジャンが、どうして歴代国王を差し置きデンと中央に安置されるのか。ヴィルヘルミネの首は急角度で曲がり、疑問の様相を周囲に見せつけている。
「陛下の仰る通り、歴代国王を差し置き中央に棺がある意図は明白――……余人を寄せ付けぬため。つまりはごく少数の権力者にしか、その中を見せぬ為でしょう」
ゾフィーは目を細め、バルジャンの棺を訝しんでいる。
「ゾフィー=ドロテア――オラも、そう思うだ。けんどオラもヴィルヘルミネ様と同じく、どうしてそんなことをしたのか分からねぇ」
金髪の少女と黒髪の少女は目を見合わせ、頷いた。もちろん赤毛の少女は同様の思考といえないが、空気を読んで頷いた。
「……んむ」
そんな三人を見て、オーギュストが腕組みをする。
「大衆の目に触れず、かつ一般の議員たちも王族の棺に憚り、中央の棺までは足を進めない。といってマクシミリアン=アギュロンや彼の側近であれば、この位置でバルジャン閣下のご遺体と対面しても不思議はない……ポール=ラザール、卿はこの意図を知っているか?」
「共和国の英雄は歴代国王に勝るのだ、と――私はファーブル=ランベールから、そのように説明を受けたがね。むろんそれは、マクシミリアン=アギュロンの意志が反映されてのことさ」
「ならば貴様は、棺の中を見たことがあるのか?」
「当然だろう、オーギュスト=ランベール。なにせ私も、政府首脳の端くれだったのだ。葬儀の際には彼の遺骸に花も手向けている――……だが当時は遺体が本物のバルジャン将軍であることを、誰も疑わなかったものさ。ああ、疑おうものなら、きっと断頭台へ送られたろうからね」
オーギュストの疑問に対して、ポール=ラザールは唇の端を歪めて答える。
「ならばなぜ、今の今まで黙っていた。貴様が問題を提起していれば――……!」
「確証もなく、無責任なことは言えんさ。それを言うならランベール将軍、貴殿こそ兄君から、何も聞いていないのかね?」
「何も――……もしも聞いていたなら、俺はこの場にいない。それが道理だろう」
苦虫を嚙み潰したような顔で、オーギュストは言う。ラザールの皮肉が心の内を抉るのだ。自責の念がいつにも増してこみ上げてくる。
兄の思考、行動を把握していたなら、今でもバルジャンは生きていたはずだ。そう考えてしまう程に、アデライードの死さえ自らの責任だと思えてくる。
そんなとき、ポール=ラザールの自嘲じみた声が地下空間に響いた。
「そういえば当時から、我ら心ある議員の間で囁かれていたことがある。大聖堂にあるバルジャン卿の遺体は偽物だ。本物は何処とも知れず、まだ生きている、とね」
ポール=ラザールの言葉に、ゾフィーとダントリクは頷いた。その瞳には、僅かな希望の光が灯っている。ここに至れば、やるべきことは一つだ。
「ヴィルヘルミネ様、確かめましょう――この棺の中の人物が、マコーレ=ド=バルジャン将軍本人であるかどうかを」
ゾフィーは力強く言う。バルジャンは、まだどこかで生きているのかも知れない――思えばヴィルヘルミネに匹敵する程の軍事的天才が、易々と革命政府ごときに倒されるものか。
だからきっと、どこかで生きている。ならば確信を得る為にも、棺の中を検めねばならなかった。




