82 真実、復権、そして破廉恥
十月二十六日をほとんど寝て過ごしたヴィルヘルミネは翌日、爽やかな朝を迎えた。燦燦と輝く秋の陽光に目を細め、目覚めの紅茶に口を付ける。
「ほ、美味いのぅ」
「恐縮です、陛下」
銀盆を片手に一礼し、ゾフィーは目を輝かせた。簡素な寝台の上でさえ神々しさを感じさせる主君に対し、改めて畏敬の念を禁じ得ない。
そんな赤毛の女王は、もともとが軍人気質なので寝台など簡素なもので構わなかった。とはいえ公使館において公使の私室を使っているから、相応に豪奢な寝台ではあるが。
「ところで、本日のご予定ですが……」
相変わらず副官のように振る舞うゾフィーだが、彼女も今や将官であり立派な師団長である。そんな彼女が嬉々として淹れる紅茶が美味しくて、ヴィルヘルミネはうっかり二度寝をするところであった。
「すぅー、すぅー……」
瞼を閉じた赤毛の女王の長い睫毛がピクリ、ピクリと揺れている。
「あの、ミーネ様……」
「……ん、む」
赤い頭が上下に揺れている。ゾフィーは己が衝動に胸が高鳴った。今なら――ヤレる!
銀盆を台車の上に戻し、ゆっくりと女王が座る寝台に近づくゾフィー。寝台に手を掛け足を乗せたところで――……。
――ドンドンドン!
「陛下! 女王陛下はこちらだべかッ!?」
「むう……ダントリク、か?」
肩がピクリと揺れ、白いブラウスが波打った。同時にヴィルヘルミネは片目を開く。
「ひゃうッ!?」
ゾフィーは思わずベッドの上で弾んでしまい、そのまま下に転げ落ちた。が、くるりと一回転して扉を開けるや、「朝から騒々しい!」とダントリクを一喝する。
本来ならば自分が女王に怒られるべきところ、先に誰かを怒ることで矛先を逸らす作戦だ。ゾフィーも案外と姑息である。
といってもヴィルヘルミネは、ゾフィーが自身の頬に手を触れたところで怒らないだろう。ブラウスのボタンを外されたって、「着替えを手伝ってくれるのじゃろか?」程度の思考しか持たないはずだ。
いや――それどころか今だって赤毛の女王は金髪の少女の動きに、何一つ気付いていない。仮にゾフィーがいくところまでいったとしても、「親友じゃもの、ポッ……でも恥ずかし……」で済ます可能性だってある。つまりヴィルヘルミネは鈍感を通り越し、もはや世界有数のポンコツ美女なのだ。
しかしダントリクはゾフィーの剣幕に押され、入室するなり頭を下げた。
「す、すまねぇべ。だけんど、これからのことを相談しなけりゃなんねぇと……」
「そんなことは分かっている。だからわたしが今からミーネ様に、その件を問おうとしていたのだ。だいたいダントリク、お前は男の身でありながら女王陛下の寝室へ入るなど、言語道断だぞ! いくら友だからといって、気安いにも程があろうッ!」
「あっ、そのことだけんど、オラ、その――……セレス=ダントリクの妹で、本当はアリス=ダントリクっていうだ。だから、その、女なんだけんども……」
ヴィルヘルミネは、今の一言で目を見開いた。まるで脳天を、雷神の槌で打ち抜かれたかのようだ。一瞬の衝撃のあと、ヨロヨロと立ち上がり、ダントリクの前に立つ。
見れば見る程、美しい顔だ。男ではありえないとは思っていた。だけど本当に男では無かったとは……。
「女じゃと、バカな――……!」
女王は思った。バルジャンなら、男同士で愛を育むこともあるだろう。きっとそうだ、そのはずだ。そう思っていた。だというのに、これでは普通ではないか。
否――普通とは何だ? 男同士、女同士の愛だって普通だ。その意味では全てが普通。つまり問題など、どこにも無い。無いのだが……。
ヴィルヘルミネは乾いた笑みを浮かべ、ダントリクの肩に手を乗せた。
「余の、今日の予定はの……バルジャンに問うことじゃ。卿の真意は那辺にあったのか、と――……」
ヴィルヘルミネは虚ろな瞳で天井を仰ぐ。
――卿はダントリクが男だとしても、愛したのか? それとも女と知っていたから、愛したのか? のう、答えよ、バルジャンッ!
赤毛の女王の問いは、これだけである。けれどゾフィーとダントリクは我が意を得たとばかり、二人同時に頷いている。
ゾフィーは「これで、わたしの破廉恥な行動が有耶無耶になったぞ」と思い、ダントリクは「バルジャン閣下の真なる復権が、これで成る」と考えたからであった。




