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79 勘違いも程々に


「ハハ、アーハハハハッ!」


 ダランベル連邦王国軍総旗艦リンドヴルムの提督公室に、盛大な笑い声が響いている。むろん声の主は第一海軍卿たるエリザ=ド=クルーズ。対して机を挟み、むっつりと目を吊り上げているのは町娘の格好をしたアリス=ントリクであった。


「……笑い話じゃないべ、クルーズ提督」


 多少の風はあるものの、湾内の海は穏やかだ。ましてや巨艦であるリンドヴルムは、多少のことで揺れはしない。だからとダントリクは直立不動の姿勢を保ち、女性としては長身のエリザを睨みつけている。


「そう睨むな、アリス=ダントリク。これは、全てに得心がいったからこその笑いだよ」


 エリザは笑いを収めると新たな葉巻に火をつけて口に咥え、ゆっくりと煙を吐き出した。室内にゆらりと紫煙が揺れて、ダントリクの視線は思わず宙を彷徨っている。


「何を理解したんだべか?」

「ああ、それさね。陛下が正面の敵――つまりはテぺデレンリ=パシャをご自身で討たず、ひたすらエスケンデレイに籠られていた理由が分かったということさ」

「つまりはミーネ様が、オラを待っていたってことだべか?」

「そういうことさね」

「それじゃあミーネ様は、オラたちの動きも全て理解なさっていたということだんべ。いくらなんでも、そりゃありえねぇべ!?」

「ハハ、ハハハ……それがあり得るからこそ、政戦両略の天才なんだろうさ。にしても、まさか真なる狙いがランスにあるとは……いやはや流石は我らが女王陛下さね」


 ――まさか、そんなことが。


 ダントリクは背筋に氷柱を押し付けられたかの様な思いであった。考えてみれば近頃、各国の動きは全てがヴィルヘルミネに利している。

 だからこそランスにおいて軍事クーデターの好機が訪れたのだが、それ自体がヴィルヘルミネの狙いであったのならば、自身は女王の操り人形であったに過ぎないということなのだ。


 けれど、そうだと思ってしまえばダントリク自身も腹の底から笑いがこみ上げてくる。ああ、そうか。自分はしょせん、軍神の手駒の一つに過ぎないのだ――そんな思いが脳天から足の指先までを貫いていく。


「ハハ、アハハハ……女王陛下のことだ、確かにオラを待っていてくれたに違いないべ。そうと分かったのならクルーズ提督、もはやオラを疑う必要なんてないべ? 陛下の思し召しなのだから、さあ、さっさと女王陛下の下へ案内してくんろ」

「もちろんさ。けどま、その前に――一応は身体検査くらいはさせて貰うよ」


 ■■■■


 瀟洒な大王宮殿の一角で、赤毛の女王はボンヤリとラクダや象を見つめている。軍装の麗人、金髪碧眼のゾフィーは女王から半歩下がり、鋭い視線で主と同様の動物を見つめていた。


「ラクダ部隊じゃのう」

「はっ。砂漠の行軍ではラクダを使う方が便利ですので、現在はメンフィス軍が旅団単位の編成を進めております」

「で、あるか。にしても近くで見れば、中々にして大きいのぅ」

「御意。されば、一度ご騎乗なさいますか?」

「む、む……」


 ヴィルヘルミネはラクダの顔をまじまじと見て、だらりと垂れる涎から顔を背けた。ちょっと苦手である。


「なに、基本は馬と大差ありません。さ、どうぞ」


 ――いや、あるじゃろう!? 余は乗らぬ! 断じてラクダにはだけは乗らぬ! 涎が嫌じゃ! 顔が怖い! 


 と思った赤毛の女王だが、元来から自身の気持ちを言葉にすることの苦手な彼女のこと。ゾフィーの適応力の高さに目を丸くして、タジタジと後ずさった。それから回れ右をして、象さんの下へと風のように去っていく。


 古来より南方において象は、戦車のように扱われていた。しかし重火器の発展しつつある現在、戦争における使用頻度は減っている。とはいえ象に大砲を乗せて自走砲に出来はしないかと、そうした研究は日夜行われていた。


「象はさらに大きいのう」

「はい、大きさを利用し、自走砲として活用できないかとの話もあるようですが……」

「それは無理じゃな。大砲を撃つまで、象がじっとしていられるとは思えぬ。であれば射撃の精度が問題となろう」


 紅玉の瞳を険しくして、ヴィルヘルミネが言う。流石に砲兵科出身だけあり、その辺だけは常識的に物事を考えられるのであった。


「御意。砲を引いて運ばせるにせよ、調教に手間も掛かりますから」


 ゾフィーも頷いている。


「しかしの、かつてはオアシスを模した庭園であったはずのここが、どうして動物園のようになっておるのじゃ?」

「メンフィス軍にこの地を解放すると、先日ヴィルヘルミネ様がご許可をなさっていたではありませんか。それで、戦象部隊の編成を彼らが進めているからです」


 きっぱりとした口調でゾフィーは言う。すっかり忘れていた女王は形の良い顎に手を当て、とりあえず頷いている。


「……で、あるか」


 赤い瞳を持ち上げて、過去を思い出す風のヴィルヘルミネ。しかし記憶は迷子になって帰る気配もないので、まあいいや――とばかりに歩みを進めていく。

 ちょっと庭園を散歩しようと思ったら、メンフィス軍の新設部隊を視察することになってしまった。まったく、行き当たりばったりの女王である。


 と、そこへダントリクを伴いエリザ=ド=クルーズがやってきた。

 正式な謁見の手続きなど無視をして、エリザには赤毛の女王に面会できる特権がある。それというのも彼女は海軍のトップだから、全軍の総司令官たるヴィルヘルミネにいつでも会えなければ困るからであった。


 こうした風通しの良さも、ヴィルヘルミネという君主が開明的であったと言われる所以だ。けれど当の本人は意識して部下たちに自身の胸襟を開いていた訳ではなく、みんなお友達――というお花畑感覚で生きていただけなのであった。


「ヴィルヘルミネさま、お久ぶりだべ!」

「む、む……?」


 赤毛の女王は動物たちの獣臭に細眉を顰めながら、自らを呼ぶ懐かしい声に振り返る。すると町娘の格好をしたダントリクが、五メートルほど先で片膝を付き頭を垂れていた。

 エリザはスタスタと歩き、女王の前で海軍式の敬礼をする。それから端的に状況を説明し、ダントリクが来訪した目的を告げた。


「この日が来るのを待っておったぞ、ダントリクよ」

「はいっ! ヴィルヘルミネ様にはランスの女王となって頂き、今こそランス王国とダランベル連邦王国を同君連合にするんだべ!」

「んむ、んむ、であるか。フハ、フハ、ファーハハハ!」


 まるで全てが嚙み合っているように思える会話だが、重要な点をヴィルヘルミネはまったく聞いていなかった。彼女には、ダントリクが女装をしているようにしか見えなかったのだ。そして、それが全てであった。

 だって、美少年の女装である。それだけでパンが十個は食えるだろう。ニヤリと唇の端を吊り上げた赤毛の女王は、「フハハ、ファーハハハハ」と高笑いをしっぱなしであった。


 傍から見れば、まるで全ての事象が自らの掌中にあるとばかり、赤毛の女王は笑っている。それもそのはず、ダントリクは最初から女装もイケると考えていた。

 やはり自分は正しかったのだと、全ては己が望み通りだとヴィルヘルミネは考えた。だから片目をつむり、こう言って見せたのだ。


「ダントリクよ――卿ならば当然、この答え(女装)に至ると思っておった。フフ、フハハ。良いぞ、見事、余の期待に応えてくれたのう」

「んだば、やっぱりヴィルヘルミネ様はオラの計画(同君連合化)を分かっていたんだな!?」

「愚問じゃ、当然である」

「な、なら、ヴィルヘルミネ様――オラと一緒に、一刻も早くランスへ行ってくんろ!」

「んむ、んむ、もちろんじゃとも。みごと蒙から目覚めた卿と共に、ランスという国ごと蒙を開いてくれようぞッ!」


 なおヴィルヘルミネが開きたい蒙とは、


「男が女の格好をしてもいいじゃない! ランスはそういう自由な国にならなきゃね!」


 という思いである。間違っても革命勢力の打倒などではない。同君連合、なにそれ美味しいの? だ。そりゃあバルジャンの仇は討ちたいが、それはそれ。

 とはいえメンフィスの戦争なんかは、とうの昔に飽きている。本当はお家に帰りたかったけれど、ダントリクの女装をもっと見ていたいから、ランスへ行っちゃえ、蒙も開いちゃえ――と思っただけだった。

 

 一方――当然ダントリクの想いは違う。革命勢力打倒、そして新王権樹立からの同君連合だ。言ってしまえば大陸に新たな覇権を築こうという試みである。

 さらにいえば、性別だって違う。彼女は本当に女性なのだ。


 こうして現状と目標に重大な齟齬を生じさせたまま、赤毛の女王は少数の近衛兵だけを伴い、ランスへと乗り込むのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 生 き 甲 斐
[良い点] ダントリクのせいでランスが女装の国になってしまう!もうおまいや!
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