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68 帝国潜入


 カミーユ=ド=クルーズが船長を務める帝国籍に偽装した武装商船に乗り、キーエフの港町に入ったジーメンスは顎に手を当て首を捻っていた。


「それにしてもだね、どうやって情報部の連中はルイーズ=フォン=ヴァレンシュタインの居所を探したのだろう。こればっかりはエリートであるボクにも、さっぱり分からないね」


 青空の下、海鳥の鳴く声が港に響いている。季節はまさに盛夏であり、じっとしていても汗が滲むような暑さだ。

 ジーメンスのつまらないボヤキを聞いたカミーユは、幾分か逞しくなった横顔に苦笑を浮かべて肩を竦めている。


「さあね。ともあれ、我らが陸軍卿リヒベルグ閣下の情報部は、いまや女王陛下の耳目にも等しい。となればこの世の事で彼等が知らぬことなど、何一つとして無いのかも知れないね」

「そうかも知れない――……となるとやはり、リヒベルグ閣下は辣腕だなぁ」

「おやおや、珍しいな、ジーメンス。君が他者に対し、素直に関心するとはね。さしものエリートたる君もリヒベルグ閣下には敵わないと、白旗を上げるのかい?」

「それこそまさかだよ、カミーユ。ボクはただ、リヒベルグ閣下に何か裏があるのではないか、と思ったまでさ。危険な香りとでも言えばいいのかな、敵と通じている可能性というか――……まあいいさ。彼が女王陛下に忠誠を誓っている限りは、味方に違いないのだからね!」

「心配するな、ジーメンス。リヒベルグ閣下は近く、伯母上と結婚なさる。だからたとえ敵と通じていたとして、我が国に対する忠誠は揺るがないだろうさ」


 再びカミーユは肩を竦め、帝国の港町をジーメンスと連れ立ち歩き始めた。これから陸軍卿直下の情報部員と、港にほど近い酒場で合流する為である。

 今日までに情報部はルイーズの所在を探し当てたという。だからあとは彼等から情報を聞き次第、囚われの姫を救出すべく作戦を立案し実行するのが、義兄弟の契りを結んだ二人の使命なのであった。


 ■■■■


 リヒベルグ麾下の情報部員によれば、ルイーズが軟禁されている場所はすぐに判明したという。というよりヴァレンシュタイン公国軍に対する人質の意味合いが強いことから、そもそも彼女の居場所は秘匿されていなかったのだ。


 とはいえルイーズは現在、警備の厳重な皇宮の最深部に幽閉されており接近は難しい。何者かが彼女の奪還に赴いたとしても、帝国は撃退する自信があるのだろう。

 そうしたことから帝都リエンツへ向かう道すがら、ジーメンスとカミーユ、そして鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)の副長であるシュミットは寝る間も惜しみ、ルイーズ救出の計画を練るのだった。


「帝国側が想定し警戒しているのは、ヴァレンシュタイン公国軍の特殊部隊だろう。当然だが帝国が公国軍に目を向けている以上、まだ我々の動きは気取られていないはずだ」


 馬車の中で大きな地図を広げ、カミーユはヴァレンシュタイン公国と公国軍が展開しているだろうランスへ指を這わせた。


「うん、カミーユの言う通りだ。まさかボクらがルイーズ殿の奪還に来るとは、流石に帝国軍も考えないだろう。そこに油断があるはずさ」


 車室の灯りに照らされ頬の影を揺らしながら、ジーメンスは頷いた。


「そこでだ、ジーメンス。ルイーズ殿の就寝時間は午後十一時、起床時間は午前六時と決まっている。この間は誰も彼女に近づかない決まりだから、この時間を利用するというのはどうだろうか?」

「つまりこの間に彼女を救出し、帝都リエンツから離れよう――ということだね、カミーユ」

「その通りだ、ジーメンス。そして問題は俺とお前、どちらが情報部の手に入れた身分証を使い、皇宮へ潜入するか、という点かな」

「そんなものは、ボクに決まっているだろう。そもそもカミーユ、浅黒い肌のキーエフ貴族などいないのだよ。その点、ボクの風貌を見たまえ。金髪碧眼といういかにもな貴族的美しさをだね――……」


 揺れる馬車の中、額を突き合わせて議論する二人の青年士官に苦笑して、大柄なシュミットが肩を竦めながら会話に割り込んだ。


「ま――……確かに人相という点に関しては、ジーメンス准将の方が適任でしょうな」

「となると俺は必然、郊外で別の馬車を手配し待っている側か。商人役は飽き飽きなんだがなぁ……」


 額に手を当て、カミーユがつまらなそうに言う。どうせなら皇宮へ潜入したついでに皇帝の首でも獲ってやろうかと思うから、残念そうな顔にもなっていた。


「そう残念そうな顔をしないでくれたまえ、兄弟。今回の任務はキーエフの皇宮へ潜入すれば良い、という話ではない。ルイーズ殿をバルトラインへお連れして、ようやく任務の成功と言える。となれば移動を司るキミこそ、ボクより重要な任務と云えるだろう。

 もちろんヴィルヘルミネ様も、その辺のことはご理解下さっているはずさ」


 胸元の薔薇をつまみ、花びらをカミーユに向けてジーメンスが言う。珍しく真っ当な意味合いの言葉だったから、カミーユはシュミットと共に噴き出した。


「ふっ、ははは! まあ、そうだな。ルイーズ殿を無事にバルトラインへお連れすることが出来れば、俺たちの功績は同じ。であればともに元帥杖を頂く日も変わらない――か」

「そうさ、カミーユ。ボクらはユセフと三人、共にヴィルヘルミネ様から元帥杖を頂くのさ!」

「なら私はお二人が首尾よくルイーズ様を救出できるよう、しっかり補佐をさせて頂きますよ。主に荒事の方面でね」


 片目を瞑って軽く笑うシュミットの肩を、ジーメンスが軽く小突く。


「ボクとしては荒事がおきないよう、首尾よく任務を進めたいのだがねぇ」

「いやいや、荒事こそが我々、鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)の真骨頂。ましてやご婦人の為に力を振るうなんて、男冥利に尽きるじゃあありませんか」


「ククク」と笑う童顔にして巨漢の大佐に、ジーメンスとカミーユは顔を見合わせ苦笑するのだった。

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