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66 真相は消えない


 ヴァレンシュタインが刺客に襲われ殺害されたとの報に接して、イシュトバーンは膝から崩れ落ちた。彼はモンペリエ州の近隣諸都市を平定し、本営へ戻った所でいきなり副将たるオイゼビウスに現実を知らされたのである。


「刺客は私が始末した――……背後関係を聞き出せなかった点は残念だが、黒幕は恐らくランスの共和主義者であろう。ヴァレンシュタイン公さえいなくなれば、此度の侵攻が止まると思ったのではないかな」

「バカな。たとえ黒幕がそうだとして、兄上、いや――……ヴァレンシュタイン公ほどの人物を討ち取れる者を、あなたが容易く打ち倒したと言うのか?」

「いや、容易くはなかった。本来ならば生け捕りにしなければならないところを、流石に手練れでな……手加減など出来なかったから討ち取ってしまったのだ」


 グレーの瞳を伏せ気味にして、オイゼビウスはさも無念そうに言ってのけた。けれど右手はいつでも軍刀サーベルへ伸ばせるよう、絶妙な位置に置いている。つまり、万が一に備えていた。 

 イシュトバーンが切れ者であることは、オイゼビウスも先刻承知の上だ。剣の腕前とて、この若者は今やヴァレンシュタインにも劣らない。ゆえに彼が真実を見破れば、激しい戦いになることが予測できるからであった。


「俄かには信じがたい。それ程の手練れであるあなたがいて、ヴァレンシュタイン公ともあろう剣の達人が――……どうして刺客に討たれるのです?」

「それもこれも、公爵閣下のご命令だ。閣下は皇帝陛下の使者殿を守るよう、私に命じられた。その間、閣下がお一人で賊と戦い手傷を負わせたからこそ、私にも勝機が生まれたのだ。

 ともあれ全ては使者殿もご覧になっていたこと。もしもイシュトバーン少将が私の説明に納得出来ぬのなら、使者殿にも確認してみると良い」

「そうですか……いや、それには及びません」


 オイゼビウスの言葉を聞き、イシュトバーンは暫し沈黙をした。判断に迷ったのだ。というより、限りなく真実に近い答えを、彼は導き出していた。


 ――兄上を殺したのは、共和主義者どもなどではない。恐らくは皇帝の手の者、あるいはオイゼビウス本人の可能性もある……。


 ならば、ここで激高すれば相手の思う壺。そしてヴァレンシュタインを失った事実が動かないとすれば、イシュトバーンが何より守らなければならないのはルイーズであった。


 ――ルイーズさえ健在なら、ヴァレンシュタイン公爵家は滅びない。だったら私のやるべきことは、何としても彼女を守る事だ。


 奥歯を噛み締めオイゼビウスを見つめると、イシュトバーンはヴァレンシュタイン公国軍を纏め、公国へ一端引き上げる旨を告げていた。


「お話は分かりました、オイゼビウス中将。であれば我らヴァレンシュタイン公国軍は主を失った今、喪に服さねばなりません。

 共和主義者に主君が殺されたとあらば復讐戦を挑みたくはありますが、それとて証拠が無いでは仕方が無い。ここは一つ本国へ戻り、まずはルイーズ様に公爵位を継いで頂きたく思います」


 オイゼビウスは眉根を寄せて、ゆっくりと首を左右に振っている。


「それがな、イシュトバーン少将。ランス侵攻を一時中断してダランベルへ侵攻せよ、との勅命が下ったのだ。ゆえに帰国の許可は出せぬ」

「しかし、我らはあくまでもヴァレンシュタイン公国に所属しています。主君を失った以上、これ以上の軍事行動は出来かねる。ましてやダランベル連邦を攻める意味が、小官には全く分かりません」

「それはな、ヴィルヘルミネ殿が帝国の植民地で好き勝手をやったからだよ」

「だから彼女の留守中に、本国を襲えというのですかッ!? 愚かしい、まずは外交で問題を解決するべきだッ!」


 侮蔑を込めた口調で、イシュトバーンは吐き捨てた。帝国のやり方に、不快感を禁じ得ない。


「いや、それを私に言われても困るよ、イシュトバーン少将」

「ええ、そうでしょうね――……ともあれ、ヴァレンシュタイン公国が受けた要請はランスの平定であり、王家の保護でした。それも公国に主があればこそ、可能であったこと。従って新たな主が決まるまで、公国としては身動きが出来ないのです。ご理解頂きたい」

「ゆえに、新たな主君としてルイーズ殿を迎えたいと申したのだろう? だがな、そのルイーズ殿は今、帝都にて陛下が保護しておられるそうだ。となれば彼女が無事に公国を継ぐ為にも、この勅命は謹んで受けるべきだと思うのだがね?」

「保護……ですか」


 イシュトバーンは表情を隠すように目を伏せて、怒りに震えながら奥歯を噛み締めるのだった。


 ■■■■


 ヴィルヘルミネがヴァレンシュタイン横死の報に接したのは、八月も下旬に入ってからのこと。それも奴隷解放宣言からメンフィスの独立宣言と続き、破竹の勢いで軍を南下させている最中の事であり、突然の凶報に思わず赤毛の女王は唖然としてしまった。


「ヴァレンシュタインが副将に殺された、じゃと?」


 キーエフ帝国がどれほどの情報統制をしようと、リヒベルグが組織した諜報機関の目や耳は欺けない。だから帝国人が接する情報よりも王都バルトライン経由で齎された情報の方が、遥かに正確であった。ゆえにヴィルヘルミネは事態の真実にいち早く接し、すぐさま「ルイーズが危ない」と気付けたのである。


 また、この情報と一括りにされて齎された情報は、ランスへ侵攻中のキーエフ軍十五万が、進路を変えてダランベルの国境へ迫っている――というものであった。


 とはいえ、こちらには参謀総長トリスタン=ケッセルリンクが万全の体制を整え帝国軍を迎え撃つ――と記されており、ヴィルヘルミネは万に一つの敗北さえ心配していない。


 ただ問題は、かつて交わしたフェルディナント公国とヴァレンシュタイン公国の密約だ。これが公になれば帝国はヴァレンシュタイン公国を裏切り者と断罪し、いよいよもって正式に廃絶へと動き出すだろう。だから彼女が危ないと、女王は少ない脳みそながら考えたのだ。


 そんな訳でヴィルヘルミネは、とりあえず友人であるルイーズを守りたいと、珍しく友情に突き動かされたのである。


「ジーメンス、卿に命ずる。鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)を率い、キーエフ帝国へ潜入せよ。しかる後にルイーズ=フォン=ヴァレンシュタインを救出し王都バルトラインへ帰還、彼女を保護するのじゃ」

「うわぁ、それはボクのようなエリートにしか出来ない任務ですね! 分かりました、お任せあれッ!」


 こうしてジーメンスは一路北上しエスケンデレイへ戻ると、カミーユが艦長を務める偽装した商船に乗り、部隊を率いてキーエフの帝都へ意気揚々と乗り込んだのであった。

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