64 ヴィルヘルミネ、名案が浮かぶ
メンフィス独立に関する話をメディアから聞いたヴィルヘルミネは、急ぎ幕僚を招集した。気持ちの上では美人過ぎるメディアの為に、力を貸してあげたいのだが……。
しかし彼女に力を貸してメンフィスを独立へ導けば、間違いなくキーエフ帝国の反感を買う。そうしたリスクを背負ってまで独立に手を貸すのなら、女王としてはダランベル連邦にも確固たる利益を齎すべきなのだ。
そうした理屈までは分かるのだが、残念ながらメディアに手をかすことで生じるメリットとデメリットの差が分からない。なので皆に丸投げし、何とかなりそうだったら頑張ろう! という腹積もりのヴィルヘルミネなのである。
幕僚会議に参加したのは第一海軍卿たるエリザ=ド=クルーズとラメット、ビュゾーの両代将、それから陸軍の各師団長たちであった。
彼等は全員が軍人だから、メンフィスがキーエフの支配下から脱すること自体をメリットとして認識した。一方でキーエフを明確な敵国とすることこそデメリットと考えるから、メンフィス独立という問題に対する結論は容易に出ないのだ。
会議の開始から、はや三時間が経過している。ヴィルヘルミネは激論を戦わせる部下達を紅玉の瞳でキョロキョロと見回し、小さく溜息を吐いた。
「ぷぇ~……」
話を聞いているだけで、ちょっと疲れた。
「私も軍人です――……陛下がやれと仰るならば、どんな敵とも戦いましょう。けれど帝国と全面戦争になった場合、我が国の国力を考えれば不利は否めないかと」
「だから今なのでしょう、エルウィン卿。帝国軍はランスに釘付けだからこそ、我らをメンフィスへ派遣した。この機を活かさねば、帝国は再び拡大の一途を辿る。それを抑える為にも、今こそ力を削いでおくべきなのです」
「しかしゾフィー=ドロテア。我らがエスケンデレイにいるのは、あくまでも帝国の要請があったからだ。ここでメンフィスの王族に手を貸せば、ヴィルヘルミネ様が裏切り者の謗りを受ける事にもなりかねない」
「それは無いでしょう。我らが帝国に依頼された内容は、エスケンデレイの防御とサマルカード軍の撃退です。その過程でメンフィスの独立があったとしても、それは政治的な問題に過ぎません。となれば宰相閣下が上手く纏めてくれるはずです」
エルウィンとゾフィーが意見を対立させる中、ビュゾーがむっつりと言葉を差し挟む。
「それが政治的な問題だから、宰相閣下がいるから帝国とは全面戦争にならないと思うなら、ドロテア少将――……些か甘い考えってモンじゃあないか。むしろ戦争ってなぁ、政治的な問題を解決する最後の手段なんだからよ」
「でもなぁ、ビュゾー。そうは言っても帝国がランスに掛かり切りの今がチャンスってのは、あながち間違っちゃあいねぇだろう。今を逃せばキーエフの手足を捥ぐ機会は、そうそうやって来ないと思うぜ?」
ギザギザ眉毛のラメットが白い歯を剥き出し、交戦的な笑みを浮かべて言った。
昼過ぎに始まった会議は夏の遅い夕暮れを迎えても尚、結論をみない。
メンフィスの独立を支援するメリットは多々あるが、結局はキーエフ帝国を敵に回すことが最大のデメリットなのだ。
キーエフ帝国と終わりの見えない戦争へ突入すれば、我が国だけでは太刀打ち出来ないと、そういう話なのである。
ましてや中央海と呼ばれるティオキア海の制海権とて、ダランベル連邦海軍単独では得られない。今もキーエフ帝国海軍の支援があればこそ、安全に補給物資が届くのだ。
一方でキーエフ帝国がランスに掛かりきりな今こそ、メンフィス独立の好機ではあった。となれば必然メンフィスが独立したのち、どうやって国土を守るかという話にもなっていく。
「――だから余はメンフィスに国民軍を作り、その上で軍事同盟を結べば良いと思うのじゃが?」
眠い目を擦り、ヴィルヘルミネが言った。余りにあっさりと言うから、幕僚一同は言葉の租借に苦しんでいる。しかし、想像を絶する名案であった。
なんとなれば女王が言わんとしたのは、フェルディナントをモデルケースとした軍隊を――……即ち国家をメンフィスに樹立するということだ。
幕僚達は皆、唖然として女王の双眸を見つめている。そこには僅かに怒気が閃いて、紅玉の瞳はまるで鬼火のようだった。
ヴィルヘルミネは長引く会議に辟易とし、ただでさえ乏しい集中力が切れかけていた。不愉快だ。なので自分の欲望にこそ忠実になり、思わずメンフィス独立を支援しちゃえばいいや! と思ってしまったのだ。
何かあればヘルムートがいるし、総力戦となればトリスタンやリヒベルグも動くだろう。考えてみれば、それでダランベルが負ける訳など無い。イケる。
そんな風に考えた女王は、再びメンフィスを独立させた場合のメリットを口にした。気が大きくなれば全てがプラス思考に転嫁する女王のこと、人差し指を立て、皆に「こんなことも分からんのかぁ?」なんて言わんばかりの口調で言う。
「だいたいのぅ、メディアの話では内需に回す以外の食料品の七十パーセントを我が国へ送る、ということじゃし、一方で我が国の衣料品、工業製品には関税を掛けぬとの話じゃ。これだけでも我が国は食料の安定確保が可能となり、貿易も一定の水準で黒字を維持できるはずじゃ。
むろん現在の税制ではこれ以上、軍事費を増大させることは難しい。よってメンフィスには出来る限り自国の防衛を担えるよう、国軍を備えよと言うておる。
なお、同じ手はランスでも使えよう。新たなる王の誕生を支援して、再び王政に戻せば我等の味方になるのではないか? となれば、どうじゃ――キーエフとも互角以上の戦いが出来よう」
ヴィルヘルミネは相も変わらず、数学だけが得意であった。しかも結構なケチなので、基本が損得勘定で物事を考える。そして損得勘定だけで考えた結果は、ビックリするほどの名案なのであった。
瓢箪から駒、とはこのことだろうか。なんと女王は他の君主国が帝国主義に走る中、メンフィスを同盟国として共存共栄を図ろうと言うのである。完全に時代の先取りだ。
けれどヴィルヘルミネは一方で自国が常に軍事的優位を保ち、同盟国間において最上位に位置することも忘れてはいない。そうして主導権のみを握っていれば、直接支配よりもお得だろう――と考えたのである。やっぱり共存共栄は建前で、ただ単にセコイだけであった。
けれど、そんな女王の発言に幕僚達は声を揃え、拍手と共に賞賛の声を上げている。
「「「流石はヴィルヘルミネ様です!」」」
「で、あるか」
赤毛の女王は得意満面、中くらいの胸をズンと反らしてドヤ顔だ。我ながらに名案が浮かんだと思うから、自信満々に皆を睥睨するのであった。




