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63 ヴィルヘルミネ、全てを見通す


「奴隷解放、万歳! ヴィルヘルミネ様、万歳! 女王陛下に幸運と長命を!」


 万雷の拍手と共に大王宮殿を民衆に囲まれてしまえば、帰国を決めたはずの赤毛の女王は、港へ向かうことさえ出来なくなった。

 

 とはいえ基本的に適当なヴィルヘルミネのこと、人気があると分かれば「サービス、サービス」とばかりに露台バルコニーへ出て手を振ったりもする。すると更に歓声が上がるから、今はとても良い気分なのであった。


「やはり良い事をすると晴れやかな気分になるのう、ゾフィー」

「御意」


 爽やかな夏の朝、赤毛と金髪の美少女が露台バルコニーに立ち、微笑みを浮かべて群衆を見つめている。二人とも美麗な軍服を身に纏い、絢爛豪華な軍刀サーベルを腰に帯びていた。


 一方、ヴィルヘルミネの奴隷解放宣言を受けて、現地の総督たるレオポルドは急遽生じた仕事に掛かり切りだ。解放された奴隷を市民として登録しなければならないし、でなくとも奴隷をいきなり失った貴族の反感と苦情は全てが総督府へと向けられていた。


「私には、奴隷に払う金など無いぞ」

「だったら、解雇したらいいでしょう」

「解雇とは何だ!?」

「だから、あなたの家にいるのは使用人であり、奴隷ではないのだと言っている」

「しかし、この者とて私の土地で働かねば困るだろう」

「ええ、ええ。ですから畑はそのまま、解放奴隷が管理すると。あなたは土地の使用料だけを、解放奴隷から貰えば双方共に問題は無い筈でしょう」

「ふざけるな、レオポルド! 総督だからと調子に乗るなッ! それでは、私の収入が激減するッ!」

「分からないかなぁ、あんたはね、今まで暴利を貪っていたんだよ。自分の能力を発揮するでもなく、他人を虐げて生きてきたんだ。収入が減ったとして、当然なんだよ」


 不思議なことにレオポルドは貴族達の言い分を、一切聞き入れなかった。どころか彼等の申し出を全て突っぱねるからと、自身の身辺警護を女王に願い出ている。

 イケメンなレオポルドに請われ、これを受け入れたヴィルヘルミネはイルハン=ユセフに一隊を与え、総督府を防衛させている。


「まあ、流石にこれで帰っては、レオポルドが些か気の毒じゃのう……イケメンをこのようなことで失う訳にもいかぬし、んむ」


 こうした状況から、ヴィルヘルミネは帰国の途につく時期を少しばかり伸ばしていた。いくら新教皇が本国へ来るからといって、帰れないものは帰れないのだ。

 それに内々にルクレールがバルトラインに住む、という話も伝わっていた。であれば殊更に帰国を急ぐ必要も無いだろう。果報は寝て待て、の精神だ。


「まあ、冬までに帰れば良いじゃろ」


 そうしてヴィルヘルミネが悠長に構えていたら、驚くべき知らせまで届いてしまった。なんとテペデレンリが駐屯するマール・テイマの街で、暴動が起こったというのだ。


 話を聞けばムスタファが現地の人々を雇い、女王が語った「奴隷解放宣言」をメンフィス各地に広めていたのだと言う。だから今やメンフィス全土の奴隷たちは女王に味方をして、テペデレンリの足元には火が付いた、ということなのだ。寝て待ったら、本当に果報が飛んできたらしい。


 正直ヴィルヘルミネとしては、まさか、そんなことになるなんて――……という気分であった。

 挙句の果てにメンフィス人は、キーエフ帝国からの独立さえ望み始めたのだという。しかも、その話を持ってきたのはメンフィスの総督たるレオポルドであった。


 ■■■■


 この日、いつもの通り氷菓子をぱくつくヴィルヘルミネの下に、妻を伴いレオポルドがやってきた。女王の前で片膝を付き、妻と共に恭しく頭を垂れている。


「ヴィルヘルミネ様が奴隷の解放を宣言なさり、私も目が覚めました。今やこの国は、自主独立の機運に満ちています。

 それでなくとも独立国を自国の利益の為に植民地と為し、民を奴隷として連れ去り労働力とする。そうした帝国のやり方にはうんざりだ。だからこそ現状を見かねて彼女を妻にしてみたものの、相も変わらず本国の現地人に対する扱いは酷いまま――……まったく義憤に堪えません」

「卿の妻が、一体なんだというのじゃ? なにが言いたい?」


 ヴィルヘルミネはレオポルドの真意が分からず、不愉快気に細眉を吊り上げていた。肘掛けに置いた指をトントンと動かしている。


「我が妻メディアはメンフィスの王族です。ですから彼女と同盟を結んで頂き、どうかメンフィスを独立に導いては頂けないでしょうか」

「あー……んむ。しかし卿はキーエフの総督にして貴族じゃろう? それを卿が言うのは、裏切りではないのか?」

「もともと私には、僅かですがメンフィス人の血が入っていて、メンフィスの独立は悲願なのです。だから妻も先王の娘を娶りました。彼女も無論、独立をこそ望んでおります」

「先王の娘、のう?」


 ヴィルヘルミネは青いアバヤドレスを身に纏うメディアを、じっとガン見した。美人だと思うが、ニカブという目元だけを出して顔を隠す布を着けている為、容姿がハッキリとは分からない。なので女王はドンドン目を細め、いよいよ不機嫌そうになっていた。


「どうか、どうか!」


 額を床にこすり付け、レオポルドは懇願している。けれど女王はメディアの瞳をじっと見て、「むむぅ」とひたすら唸っていた。


「レオポルド殿、あなたは何を言っているのか、理解しておられるのですか?」


 今日はエルウィンが女王と共に、氷菓子を食べていた。彼としても女王の真意が、未だに分からない。一度はサマルカード軍を退けて、キーエフに対する義理は果たしたはずだ。枢機卿会議コンクラーヴェが望むままに終わったからには、心を鬼にしても帰国を果たした方が理に適っている。


 けれどヴィルヘルミネは奴隷解放を宣言して、いたずらにキーエフとの関係を悪化させていた。

 確かに一時はメンフィス人の心を救えるかも知れないが、結果的にダランベル軍が本国へ帰還するならば、それとてぬか喜びに終わらせるだけだろう。どうせ後からサマルカード軍がやってきて、彼等を再び奴隷にしてしまうからだ。


 そうした状況下、レオポルドがやってきた。メンフィスの独立など認めれば、もはやキーエフ帝国との関係は決定的に瓦解する。そうするだけのメリットがあるならば良いが、今のところ、そんなものは見当たらない。


「もちろん分かっています、エルウィン卿。私は祖国に背くつもりだ――……その覚悟もある」

「あなたに覚悟があるのは結構だ。しかし、それを助けるメリットが我らにあるのかと――そう問うているのです」


 二人の問答の間にも、ヴィルヘルミネはじっとメディアの瞳を見つめていた。淡い銀色の瞳が、ユラユラと揺れている。

 不意にメディアがニカブを取った。褐色の肌と高い鼻、砂色の髪が露になって柔らかな花の香りが辺りに満ちる。

 

 ヴィルヘルミネは口の端を吊り上げ、満足そうに頷いた。


「思った通りじゃ、メディアよ」

「――流石はヴィルヘルミネ様。何もかも、お見通しだったということですね」

「そなたの目を見れば、の」


 軍靴を鳴らして立ち上がり、ヴィルヘルミネは跪くメディアの前に立った。ニンマリとした笑みを浮かべ、彼女の滑らかな頬に手を当てる。 

 そりゃあ、これ程の美女だもの。余に分からぬはずなどないのじゃ! とご満悦の女王は、手ずからスプーンでシャーベットを掬い、メディアの口へと運んでいる。


「冷たかろう、美味かろう」

「ええ、おいしゅうございます。まるで、女王陛下のようですわ」


 口の端から垂れるオレンジのシャーベットを手の甲で拭い、メディアは女王を見つめている。


「だって陛下は我が夫レオポルドがわざとサマルカード軍に負けたことも含めて、私の計画なんてお見通しだったのでしょう? だから今こそ奴隷を解放なさり、私を揺さぶった。

 ふふ、うふふ。奴隷解放それこそ私の切り札だったのに、先にやられちゃったら立場が無いわ。だからもう私にはあなたの庇護下に入るしか、メンフィスを独立に導く方策が見つからないの。ね、助けて、ヴィルヘルミネさま」

「で、あるか」


 ヴィルヘルミネは再び席に座ると、「ウムム?」と腕を組む。ちょっと、メディアが何を言っているのか分からない。

 だって、お見通しだったのは美貌の方だけだ。メディアの計画なんて全然まったく見通してなんか、いないんだもの……。

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