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59 とりあえず防衛


 女王に命じられたエルウィンは早速、エスケンデレイの大王宮殿内に本営を設置した。彼は正面玄関にもほど近い広間に各師団の参謀及び連絡将校を集め、隣室を将官が集まる会議室とした。


 現在のところエスケンデレイは各城門を閉ざし、目下ライナー麾下の砲兵大隊が城壁に設置した砲を敵に向け警戒に当たっている。また、海上にはエリザ=ド=クルーズ率いるダランベル連邦艦隊が展開し、鉄壁の防御態勢を敷いていた。


 こうした状況はヴィルヘルミネの心に余裕を与え、冷静な判断力を齎している。そもそも女王の知能指数は普通なのだ。きちんと物事を考えられる状況でさえあれば、ごく普通の判断が出来る子なのであった。


 なのでヴィルヘルミネは早速に軍議の開始を呼び掛けて、幕僚一同を会議室へと集めている。

 せっかく街に帰ってきたのに、ゆっくり朝風呂にも入れぬのか――と不満たらたらの女王ではあったが、戦争とあらば仕方が無い。「みなもご苦労なことじゃ」なんて同情心も発揮しながら、紅茶を飲み飲み切れ長の目で全員を見回して言った。


「現在我が軍はアンハイサー率いる第五師団をアーシリア河西岸に配置し、敵本隊の残存兵力に対する抑えとしておる。であるからしてテペデレンリ軍五万に対し、我らは四個師団、凡そ四万の兵力で当たらねばならぬ。皆――何か良案があれば聞かせて欲しい」


 集まった将官はエルウィン、ゾフィー、エリザ、ライナー、ジーメンス、イルハン=ユセフ、それから現地の総督たるレオポルドと准将待遇で迎えられたヴィルヘルミネの愛玩動物(仮)のムスタファだ。

 彼等に対しヴィルヘルミネは、ひとまず現状を説明するこにした。詳細は朝食の席でエルウィンに聞いたから、きちんと覚えている。それを皆に説明することも、今朝は女王の大切な役目なのであった。


 いわゆる、情報の一元化だ。ヴィルヘルミネが保有する情報以上のものを持った者がいれば、適時発言をする。でなければ女王の情報を元にして、対テペデレンリの作戦を考えるのだ。

 ちなみに元来からしてダランベル連邦軍はキーエフ帝国の援軍であるから、会議の主導権はレオポルドが持つべきだろう。けれど彼は軍事がからっきしダメなのか、「女王に全てを任せる」という体を貫いていた。


「一先ずは籠城、という方針で良いんじゃないかね? あの程度の数なら、正面攻撃で城門が破られるはずが無い。だからと搦め手で港側へ別動隊を送り込んだところで、アタシら海軍が固めているんだからねぇ……鼠一匹通しやしないよ」


 幕僚の中で最上位を占めるエリザ=ド=クルーズが口を開く。これ以上キーエフの為に人命や物資を損耗させる必要は無い――という本音が見え隠れしていた。

 他の幕僚達も積極的では無いが彼女に賛意を見せている。キーエフからの枢機卿団が皇都カメリアへ入ったとの情報がまだである以上、政治的にも様子見が良策と思われた。


 むろんサマルカード軍と戦い勝利を収めれば、女王の武名は高まるだろう。しかしだからといって兵士の一人と云えども、無駄にして良い命など今のダランベルには無いのだ。


 ヴィルヘルミネとしても正直なところ戦わずに済むならば、それに越したことは無い。だから「ふむ」と頷き、顎に手を当てている。

 他にも耳に心地良い意見は無いものかと紅玉の瞳で皆をぐるりと見渡し、ひたと編み込んだ黒髪の美丈夫に目を止めた。ダランベル軍に所属して以来、ターバンの着用を止めたムスタファだ。


 女王は今日、特別にムスタファも会議に参加させている。といってもまだ、彼と彼の配下を戦いで使う気なんて無い。あくまでも目の保養であった。眼福、眼福――ではなくて……。


「ああ、そうじゃ、ムスタファよ。卿はテペデレンリをよく知っているじゃろう。どうかの――……ヤツはこの状況下、やはり我が軍に対して攻撃を仕掛けてくるじゃろうか?」


 ムスタファは緊張した面持ちで、ガタリと音をたてて立ち上がった。

 まずは皆に仲間と認めて貰い、それから肩を並べるべく功績を立てねばならない。その足掛かりを女王が自ら用意してくれたのだと、彼の心は感動に打ち震えている。

 ムスタファは、これをヴィルヘルミネの気遣いと信じたのだ。だから、諸将も刮目せよとばかりに声を張り上げて言う。


「テペデレンリがここまで出張ってきたのは、敗れた味方を一人でも多く逃がす為に違いない。エスケンデレイは我が軍が出払っていた場合にのみ、攻略するつもりだったのだろう。それが証拠に軍を遠巻きに展開したまま、動く気配とてありませぬ」

「つまり放っておいてもテペデレンリは後退する、ということかな? ムスタファ准将」


 夜空色の瞳をムスタファへ向けて、エルウィンが問う。


「ああ、そういうことだ。デッケン少将。こちらが油断さえしなければ、テペデレンリは引き上げる。断言してもいいぜ。

 にしても――……准将ってなぁ馴れねぇな。まだ功績を立てた訳でもねぇんだから、俺様のことは今のところ、ただのムスタファと呼んでくれて構わねぇぜ」


 ムスタファは後頭部を掻きながら、照れくさそうに席へ座った。


「いずれにしても我等が城壁の中に籠っている以上、敵とて容易に手出しは出来ません。であればいたずらに野戦を仕掛けるよりも、少々様子を見た方が良いでしょう。その方が戦うより、断然楽ですからね」


 肩を竦めて軽口を叩くのは、ライナーだった。

 とはいえ総合的に考えれば、様子見以上に合理的な案も無い。なによりヴィルヘルミネにとっては、楽こそが正義であった。


 そんな訳で女王はムスタファの言を是として会議を終えると、朝風呂へ入り「ぷぇ~」とご満悦。

 ゾフィーに「我が師団だけでも出撃のご許可を!」なんて求められたが「ダメ! 危ないから絶対ダメ!」と片付けてしまい、夜は早くも八時に就寝した。普段は十時間以上寝ないともたないヴィルヘルミネだから、ここ数日の戦闘で相当に疲れが溜まっていたのだ。


 その後はムスタファの予測通りであった。テペデレンリは翌々日に軍勢を南方へと返し、砂煙と共に姿を消した。

 同時に東方の敵本隊の残存部隊も引き上げを完了し、とりあえずヴィルヘルミネはエスケンデレイの防衛を成功させたのであった。

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