58 ヴィルヘルミネ、朝ごはんを食べる
ムスタファとナセルからテペデレンリに関する情報を運よく引き出した赤毛の女王は、ご満悦だった。のみならず女王の理想に心服したムスタファがナセルを説得し、ヴィルヘルミネに忠誠まで誓っている。であればイケメン二人をゲットしたヴィルヘルミネとしては、もはや無敵の気分なのであった。
とはいえ二人とも、昨日までの味方を今日から敵にする――という訳にはいかない。もちろん軍人だから、やれと言われればやるだろう。けれどヴィルヘルミネとしては彼等を愛玩動物として迎え入れたつもりだったので、ことさら戦線に投入しようとは思わなかった。
「まずは、我が軍の制度に慣れれば良い。といって、何もあえて今までの味方と戦うこともなかろう」
鷹揚に構える女王の姿は、ムスタファとナセルにとって地母神のように見えた。なんとなれば踏み絵として祖国と戦わせることこそ、奴隷戦士の基本だからである。彼等の目には「あり得ない優しさ」と映っていた。
「ここまでご信頼頂いたからには、我が一命をもって報いる所存」
などと言うムスタファは完全に篭絡されて、女王の為なら死をも厭わぬ戦士へと変貌した。ナセルも女王の本質をしっかり見誤り、いよいよ忠誠心を深めているようだ。
「この女王は、私たちを改宗させようとさえしない。いや――そもそも神というものが存在するのなら、どうしてメンフィスは長きに渡り他国に蹂躙され続けているのか。
もしもヴィルヘルミネ様が全ての奴隷を解放なさるのなら、まさに神の御使いと言うに相応しい存在だ。であるならば、やはりテペデレンリ様にも勝る存在――……ということか」
こうして二人は高まった忠誠心から、何か女王の為に出来ることはないかと考えた。そもそも、自分達だけが厚遇されるのも気が引ける。だからムスタファとナセルは同じくヴィルヘルミネの捕虜になっていた部下たちに事情を説明し、望む者はヴィルヘルミネの麾下に入るよう、説得して回ったのである。
「俺様と共に来るものは、奴隷身分から解放される。ただし以降はダランベル連邦軍に所属する軍人となるから、サマルカード王国を敵に回すことになるぞッ! 覚悟があるなら俺様に付いて来いッ!」
「私、ナセルもムスタファ閣下に従うことにした。なに、安心しろ。女王陛下は寛容なお方――……我らに功あれば、必ず報いて下さるだろう」
敗軍の将でありながらも堂々としたムスタファに、生き残りの兵士達は従った。やはり彼の将器は本物で、捕虜となったサマルカード騎兵の大半を掌握していたのである。
またムスタファを胡乱な目で見る兵士達も、ナセルが同行すると聞けば安心した。
こうしてムスタファはナセルを参謀として九千人に減った部下を引き連れ、ヴィルヘルミネと共にエスケンデレイへと入ったのである。
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三月十七日の早朝――エスケンデレイの南方三キロの地点に、いよいよテペデレンリが軍を率いて姿を現した。
ヴィルヘルミネがムスタファ率いるサマルカード軍本隊を敗走させたことで満足し、「帰るのじゃ」と言い出したことから、寸でのところでダランベル連邦軍は敵よりも先にエスケンデレイに到着した。だから朝食の席で総督のレオポルドは胸を撫でおろし、エルウィンは女王の英断を褒め讃えたのである。
というか敵軍が三キロの地点まで迫りながらも余裕で朝食を摂る辺り、女王はテペデレンリを舐めきっていた。何しろ全てが二流の男とムスタファが言ったから、完全に鵜呑みにしたのである。
ちなみに朝食会に同席したのはエルウィン、レオポルド、ムスタファといった面々で、図らずも多国籍な顔ぶれになっていた。
「いや陛下、まったく危ういところ! もう少しで、このエスケンデレイまで灰燼に帰するところでしたよ! 全くサマルカードの蛮族どもときたら、何でも破壊してしまいますからね!」
「レオポルド殿――……ヴィルヘルミネ様は敵の侵攻を予測なさって、残敵の掃討を控えられたのです。と言うより、敵の意図は南と東からの挟撃にあった。これを察知してヴィルヘルミネ様は時間差により各個撃破をすべく、軍を東へと進めたのです。そして見事に敵本隊を打ち破り、その意図を挫くやエスケンデレイへと舞い戻った――と。実に見事な作戦でしょう」
「ああ、エルウィン殿! そうでした、そうでした! やはり女王陛下のお考えは、我ら凡人には到底及ぶところではありませんなぁ! 流石の一言に尽きまする!」
「ええ、ええ、そうですとも! まさに讃うべきかな、我らが女王よ!」
朝から陶酔気味に食堂の天井を仰ぐエルウィンは、いつになくハイテンションだ。
褒められたヴィルヘルミネはシャクシュカと言われるメンフィス定番の挽肉料理をピタパンに挟み、ムスタファの真似をして食べようとしているところだった。
褒められるのは嬉しいが、溢れないよう具をパンに挟むのが難しい。不器用な女王は、こんなことで一生懸命になってしまうのだ。なのでエルウィン達の声は脳に届かず、意識は目下、目の前のパンに集中していた。
さあ、上手に挟めた。ぱく、はむ、もぐもぐもぐ……。
トマトと鶏挽肉と玉子という具材にメンフィス独特の香辛料が効いていて、女王は目を白黒とさせている。不味いとは思わなかったが、「なんぞ、これ。なんぞ、これ?」と思いながら、もぐもぐと口を動かしていた。
なお、ムスタファはレオポルドの言い方にムッとしたのか、彼をジロリと睨んで一言、「サマルカード軍が何でも壊すわけじゃねぇよ。テメェらが無粋にもいじくったところが気に入らねぇから、ぶち壊していただけだ」と言っていた。
一瞬だけ険悪な雰囲気が朝食の席に広がったが、そこはエルウィンのこと。二人を睨んで目を細め、冷たい威圧感を放ちながら言う。
「女王陛下の御前だぞ、卿ら。でなくとも、敵が目の前まで迫っている。喧嘩をする相手を間違えるなよ?」
一生懸命シャクシュカを食べていたヴィルヘルミネは、ここで顔を上げた。意外とお腹が膨れたし、もういいかな――と思ったのだ。それに、イケメン三人が何やら険悪だ。ちょっと、見ちゃいられない。
なので女王はそそくさと対テペデレンリ軍の本営を設置するようエルウィンに命じ、短い朝食を終えるのだった。




