57 有言実行のヴィルヘルミネ
ムスタファはキョトンとヴィルヘルミネを見上げ、二度、三度と口をぱくつかせた。余りの事に声が出せなかったのだ。
「この俺様に向かって、仕えろだと――……?」
「卿だけではない。そこなナセルもじゃ」
ヴィルヘルミネとしては、当然の声かけであった。彼女は既に二人をカップル認定している。ならばたとえ神が許さずとも、引き離すことなど絶対に出来ないのだ。
「ま、待ってください! 私はテペデレンリ様に忠誠を誓った身なれば、他の誰にも仕える気などありませんッ!」
ナセルが慌てて口を開いた。今までは上位者たるムスタファの顔を立て、あえて口を挟まなかったのだ。けれどこれ以上、話を勝手に進められてはたまらない。
「テペデレンリの事は言うな、ナセルッ!」
ムスタファがナセルの顎を掴み、凄んでいた。女王の話が真実であれば、悪い話ではない。それをテペデレンリのせいで台無しにされるなど、心外であった。
「しかしムスタファ閣下ッ! 私にとっては祖国への忠誠とテペデレンリ様への忠誠は同義ですッ!」
「ならばナセルッ! 貴様の生まれはどこだッ!?」
「メンフィスです。ですがそれは、テペデレンリ様とて同じことですからッ――……」
「だから聞け、ナセルッ! ヴィルヘルミネ様はメンフィス人の奴隷を全て解放なさると言ってるッ! 考えろ、そして選べ、誰に付くべきかをッ!」
「それはつまり、ムスタファ閣下と共にヴィルヘルミネ様に付くのか、それともテペデレンリ様の下へ留まるのか、ということですか?」
「そうだ――……貴様がテペデレンリを選ぶというのなら、貴様など俺様の奴隷にしてやるからなッ!」
二人が顔を近付け、口論をしている。どうやらナセルには想い人がいて、それがムスタファは許せないらしい――とヴィルヘルミネは解釈した。大間違いであった。
――いいぞいいぞ、そのままチューじゃ! チューしてしまえ!
女王の頭の中では麗しい花が咲き、絶賛乱舞中である。
――や、しかしこれは、もしやムスタファ、ナセル、テペデレンリによる愛のトライアングルじゃろうか!?
ハッと気づいたヴィルヘルミネは、もはや軍事のことなどうっちゃった。けれど、だからこそテペデレンリについて非常に興味を示したのである。
「ふむ……そのテペデレンリとは、一体どのような男なのじゃ?」
「ミーネ様、そのようなことを訊いている時ではありません。まずは彼等を止めましょ――……」
ゾフィーが進み出て、ムスタファとナセルの間に入ろうとした。だがそれをエルウィンが制し、小声で諭すように言う。
「まあまあ、ゾフィー。これは誘導尋問さ。流石はヴィルヘルミネ様だ。相手が自ら口を割るよう、仕向けられたに違いない」
「あっ! 言われてみれば……!」
エルウィンとゾフィーはこれを誘導尋問だと思い、流石はヴィルヘルミネ様! と頷きを交わしている。こちらもこちらで、残念な臣下だ。
しかし実際にナセルが何ら疑問を差し挟まず、流れるようにテペデレンリの情報を放出したから、彼等の勘違いも現実になってしまった。世の中は、かくもヴィルヘルミネに対して甘いのか……。
「テペデレンリ様は智謀に優れた、真なる名将です。ムハンマド陛下の信頼も厚く、メンフィス方面軍の全権を預けられている。私などでは到底足下にも及ばぬ、素晴らしいお方です」
「ふん。あんな小僧のどこに智謀があるのもかッ! そもそも智謀ならばファトマに及ばんし、力ではリュステムに劣る。速さではルトフィーに及ばず、砲術においてはアルヴィゼに劣るのだ。
要するにテペデレンリは、全てにおいて二流の男。にも拘らず、ナセル、お前は騙されているのだぞッ!」
「騙されてなんかいませんよ、ムスタファ閣下! こう言いかえてはどうですか?
テペデレンリ様は智謀においてリュステム様に勝り、力においてファトマ様に勝る。砲術においてルトフィー様を寄せ付けず、速さにおいてはアウヴィセ様に勝っている。そのうえ人徳は、絶対に一流です! それが証拠に今あげた四戦士の方々が、絶対の忠誠を誓っていらっしゃるのですよ!」
顔を真っ赤に染めて怒るムスタファ、そしてうっとりとテペデレンリを語るナセルを見て、ヴィルヘルミネはハァハァした。ここに春の男祭り、愛の大三角形が形成されそうだ。最高でござる――なんて思っていた。
「ほほう――……テペデレンリには人望がのう。四戦士とやらも侍らせておるとは、中々の逸材じゃの。ふむ、ふむ。しかしまぁ、それではムスタファも面白くなかろう。フハ、フハ、フハハハ……」
けれど女王の意図など知らないエルウィンとゾフィーは、新たに『四戦士』という情報を引き出したヴィルヘルミネの深謀遠慮に感じ入り、いつもの如く彼女を尊敬の眼差しで見つめている。
こうしてヴィルヘルミネは「尋問をする」という有言を実行し、敵軍の情報をしっかりバッチリ引き出したのだった。




