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55 以心伝心


 エルウィンは叩かれた左頬を抑え、茫然としていた。自分がミスを犯したのなら、女王に叱責されるのは当然だ。ならば、驚くには当たらない。

 けれど細眉を吊り上げたヴィルヘルミネが余りにも美しくて、叩かれたにも関わらず見惚れてしまったのである。


「エルウィン、覚えておるか? 余と卿があの日、共に語り合った理想のことを。我等の志のことを」


 女王の端然とした声が投げかけられた。

 エルウィンは我に返り、すぐに片膝を付き女王の前に頭を垂れた。


「わ、忘れるはずもございません」

「であれば余の気持ち、分かるであろう」

「はっ……陛下の高潔な御心を汚したもうたこと、お許し下さりませ」

「構わぬ。今もまだ卿があの時と同じ志を持っておるのなら、それで良いのじゃ」


 ヴィルヘルミネはかつて幼年学校の寄宿舎で語り合ったあの日のことを思い出し、ピンクブロンドの髪色をした青年に微笑みかけた。

 むろん「志」とは即ち「同好の士」という意味である。間違っても世界を正しく導こうとか民族融和とか、そういう政治的な話ではない。


 四年程前までヴィルヘルミネは、「エルウィンってば、余を立身出世の為に利用しているのではないかの、の?」との疑いを持っていた。だから彼に「卿の夢は何か?」と問うたのだ。

 その答えをエルウィンは、「ヴィルヘルミネ様と同じです」と言ったから、女王は今日に至るまで彼の志を誤解したままだった。


 つまるところ女王はエルウィンのことを、「百合好きの変態」だと思っていた。自分がBL好きだから、その逆バージョンだと信じたのだ。

 そして自身に照らし合わせ、愛し合う男同士の間に入る女は無粋と考えるところから、エルウィンも百合を眺めたいだけの傍観者なのだ――と認識している。

 つまり女王の理想は遍く世界にBLを普及させることで、同様にエルウィンは百合の伝道師だと思っていた。


 なので女王が口にした「ムスタファとナセルを殺すのは惜しい」と言う意味は、要するに貴重なBLカップルを殺すなんて、勿体ない! ということなのだ。なのにエルウィンときたら愛し合う二人を戦争の道具にしようなどと、訳の分からないことを言い出した。そりゃあ怒って当然てなモンである。


 もっともヴィルヘルミネは男同士の中に女が入るのは絶対に許せないが、男ばかりで三角関係になるのは大好物だ。どんどんやれ! と思っていた。なので今、ムスタファとナセルがエルウィンに同情の視線を送っていることに関しては、ゾクゾクとしている。

 

 しかしまあ、当然と言えば当然だが――エルウィンにとっての理想郷は全然違っていた。

 彼の理想はあくまでも、「ヴィルヘルミネ様が大陸を統一し、彼女の下に遍く民族を統一する」という稀有壮大な覇道である。その上で訪れるであろう平和の中にこそ、エルウィンの真なる夢は眠っていた。


 エルウィンとしては理想を実現した上で、女帝となったヴィルヘルミネより王の位を賜りたい。彼は王になってこそ、初めて胸に秘めた想いを言えると考えていたのだ。


「ヴィルヘルミネ様、ずっと好きでした。だから――僕の妻になって下さい」と。


 こうしてヴィルヘルミネとエルウィンは壊滅的な齟齬を生じさせたまま、はや数年を過ごしている。そして今も齟齬は修正されることなく、より拡大されながらも歯車はしっかりと回っていたのだ。


「僕はいつでも、あの日の会話を昨日の出来事のように思い出しています。陛下と語り合い、お互いの心に触れた――これに勝る喜びなんて、ありませんから。志だって当然、変わるはずがありません」


 片膝を付いたまま上を向き、エルウィンも微笑んでいた。なんとなればヴィルヘルミネは女王になった今も、自分を「同志」だと言っている。ならば彼女にとって自分は特別で、その優越感は何にも代えがたいものだった。


「――んむ、ならばエルウィン。卿が今も余と同じ志を持っておるのなら、当然として分かるはず。余にとっては既にして、この者らは尊き者(カップル)なのじゃ。故に奴隷などという身分からは、即刻解放してやらねばならぬ」


 エルウィンは考えた。

 ヴィルヘルミネは彼等を奴隷だと言った、けれど同時に尊いとも言う。

 そうして想像の翼を広げればピンクブロンドの髪色をした青年は、ついに答えに辿り着いたのだ。


 なにしろエルウィンにとって女王は世界制覇を目指す覇者。であれば王族も貴族も平民も奴隷も、彼女の下では万人が平等たる臣民だ。

 言い換えれば全世界の遍く人々は全て、ヴィルヘルミネに忠誠を尽くすべきである。即ちムスタファとナセルも最初からサマルカードの奴隷戦士マムルークなどではなく、ヴィルヘルミネの臣民ということだ。


 そうした理解が出来たから、思わずエルウィンは声を立てて笑い出した。女王の心に辿り着いたと、喜びが全身を駆け巡った。


「フフ、ハハハ、ハハハハッ! そうか、そうだったのですね、ヴィルヘルミネ様! 確かに二人は、即刻解放しなければなりません。仰る通りでした! 当然ですよ!」

「フハハ――……分かってくれたか、エルウィン。卿が尊き者(カップル)を理解してくれ、嬉しく思うぞ」

「なんの! 遍く世界を尊き者(女王の臣民)で満たすことこそ僕の使命ですから、当然です!」


 白い歯をキラリと輝かせ、エルウィンがイケメンスマイルを見せた。勘違い大爆発だ。酷い。

 ヴィルヘルミネは「うんうん、期待しておる」と大きく頷き、「面を上げよ」と満足気であった。

 エルウィンは立ち上がると女王に一礼し、すぐにもムスタファたちに向き直った。

 

「すまなかったな、ムスタファ殿。我が国においては確かに、奴隷制度というものが無い。だから貴官らを遇する法とて無いのだが――無論それでは、貴官らが不満であろう。

 だから貴官らを早速に奴隷身分から解放させて頂き、我が国の食客とする。当然二人が快適に過ごして頂けるよう、こちらとしては最善の配慮をするから安心して欲しい」


 女王はエルウィンの話を聞き、腰に手を当てウンウンと頷いている。特に二人が快適に過ごせる――というくだりでニンマリとして、いっそのこと怖いくらいだ。


「――ですね? ヴィルヘルミネ様」

「で、ある。流石はエルウィン、以心伝心じゃの。フハ、フハ、フハハハ……」


 全く以心も伝心も無い二人を交互に見ながら「うーん」と唸り、ムスタファは腕組みをして首を傾げるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゾフィー(チッ!早くこいつを始末しなければ…後でリヒベルグ当たりにヴィルへルミネ様に気づかないように奴を処分する方法とか奴を失脚させられる方法を聞かないと!)
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