54 女王の叱責
「脱出しようとしたら、絡まった」
ナセルの股間に顔を埋めながら、憮然としてムスタファが言った。「おっふ」と恥ずかしい声を上げ、若き参謀長は身悶えをしている。
「ム、ムスタファ閣下が、強引に関節を外して脱出を図ったのです。ですが私には、そのようなことが出来ず――絡まりました」
「んなぁっふッ! ナ、ナセル、喋るな! お、俺様の大切な所に鼻がッ、お前の鼻がァァァァア、あふぅ……」
ヴィルヘルミネは大喜びで目を輝かせていたが、エルウィンが一言「醜い……」と発した為に、絡まる二人は引き離されることとなった。
つまるところ現状に関する説明を聞けば、ムスタファが強引に逃げ出そうとしたことが原因らしい。となれば昨夜は意図が見えなかった女王の仕打ち――ムスタファとナセルの二人を一緒に縛れ――という命令も、あながち間違いとは言えなかった。
なにしろムスタファが一人ならば関節を外し、今頃は悠々と逃げ出しているということだ。それを事前に阻止したのだから、ヴィルヘルミネの命令は的を射たものであったと言わざるを得ない。
「流石はヴィルヘルミネ様。ムスタファの意図を事前に察知していたからこそ、こうして拘禁なさっていたのですね! 御慧眼、恐れ入ります!」
ゾフィーは蒼い瞳をキラキラと輝かせ、頬をポッポと上気させるヴィルヘルミネを見た。
当の女王は慧眼どころか、すっかり曇った色眼鏡。何なら欲望に従い二人をイチャつかせようと思っていただけで、今や目的も達してご満悦。だから、ニンマリ笑ってハァハァと荒い息を吐く始末だった。
世界広しと云えども、これほど残念な絶世の美女など他に類をみない。
しかも、ヴィルヘルミネは自らの残念な資質を知っていた。だから最初から「自分がモテるなど、あり得ん」と、男性に対する社交スキルをまったく磨かなかったのである。
そうした結果、縺れ合う二人をガン見した。半裸の二人をガン見した。こんなにオイシイ状況は一生に一度、見られるかどうかである。見なきゃ損なのだ。しっかりバッチリ、目に焼き付けねばならなかった。
「フハ、フハハ……ゾフィーも見たか、二人の痴態をッ!」
「はッ! 敗れた上は潔く敵に全てを預ける――……それが出来ぬ者の無様な末路、ということですね、ヴィルヘルミネ様。目に焼き付けましたッ!」
こうしてゾフィーも、二人をガン見した。
絶世級の美女二人にガン見されて、ムスタファとナセルはちょっともう、非常にいたたまれない気持ちになっていた。
こうなると同じ男としてエルウィンは、ちょっとだけ二人が気の毒になってしまう。なので二人を何とか引き離したあと、「ぐすん」と涙目になったムスタファにハンカチを差し出すのだった。
これにヴィルヘルミネは、キュンとした。
――こうして男同士の熱い愛が生まれるのじゃな……。
生まれる訳が無い。こんなことを考える女王は、やはり骨の髄まで腐っていた。
■■■■
ヴィルヘルミネは引き離された二人の前を行きつ戻りつ、ゆっくりと動いていた。どちらも無駄な贅肉など無い、引き締まった身体をしている。
いろんな角度から二人の肉体を見る為にも、行きつ戻りつする必要があったのだ。思わず涎が零れそうになる――じゅるり。
危ない。ヴィルヘルミネは涎を抑える為に慌てて口を閉じ、ぐっと唇を引き結ぶ。
目の前で二人の捕虜が息を飲む。何故なら女王の表情が、一気に引き締まったように見えたから。やはりヴィルヘルミネには何故か覇気があり、他者を威圧するに十分な貫禄が備わっていたのである。
「卿らは――……」
ヴィルヘルミネは「卿らは、随分と愛し合ったようじゃの」と、どうでも良い事を言おうとした。何の為にここへ来たのか、ようやっと思い出したのだ。
――そうじゃ。余、尋問をしにきたのじゃった! 尋問、尋問っと……。
「お前達――……」
けれど、ここでエルウィンの声が被さり、気の弱い女王は口を噤んでしまう。
「むぐぐ……よかろう、エルウィン。卿が捕虜どもに問え」
「はっ」
エルウィンは申し訳なさそうに一礼して、それから尋問を開始した。どうせ女王では間違った方向の尋問しか出来ないので、これで良かったのだ。
「まずはムスタファ殿に問おう。貴官は降伏を申し入れ、我らはそれを受け入れた。であれば逃走しようなどというのは、戦時国際法違反となるのだが……それは承知の上での行動か?」
「降伏を受け入れたというのなら、我らを縛り上げることはあるまい。こう見えても俺様は、誇り高き奴隷戦士なのだぞ。貴様等が礼をもって我らを迎え入れぬから、俺様もまた自由に行動したまでのことだ」
ジロリ――鋭い眼光でエルウィンを見上げ、ムスタファが凄む。
「だから、奴隷としての待遇しか出来ないのだ、ムスタファ殿。あなたが奴隷戦士ではなくサマルカード王国軍の士官なら、それに則った待遇にも出来るのだが。
まあ――……それでヴィルヘルミネ様も貴官らを縛り上げ、繋ぐしかなかった、という訳だ。悪く思うな」
エルウィンの説明を聞き、ムスタファが口をあんぐりと開けた。そうだった、奴隷だった俺様! と今更ながらに気付いたのである。
「ど、奴隷にだって人権くらいあるだろう? え、どうなんだ? こんな風に男同士で繋ぐなんて、酷いじゃあないかッ!」
ムスタファは地面に両手をついて、今度はヴィルヘルミネを見上げていた。先程から腕を組み、「クツクツ」と不気味な忍び笑いを漏らしている女王だ。
なんとなれば彼女は平民の味方と言われているはずで、こと人権に関しては相応の配慮をする人物に違いない。そう思うからムスタファも、声を荒らげ正論を主張する。
「――無い。奴隷には残念ながら人権が無いのじゃ、ムスタファよ」
ヴィルヘルミネは凄惨な笑みを見せ、ムスタファを見下ろしている。だから生殺与奪の権は自分にあるのだと、そう言いたげであった。
流石のムスタファもごくりと唾を飲み込んで、恐怖に顔を引き攣らせた。
「俺様を、殺すのか?」
「殺す? 余が貴様を? まさかのぅ――勿体ないではないか」
ヴィルヘルミネは口を横にした三日月のようにして、悪魔的な笑みを浮かべた。他者に圧倒的な恐怖を与える笑みではあったが、本人は腐った妄想に勤しんでいるだけだ。実際、「ウシシ、ウシシ」と噛み殺した笑いを漏らしている。
エルウィンは女王に黙礼をして、再びムスタファに問うた。
「そう――貴官らを殺すのは惜しい。テペデレンリが率いる別動隊の規模、編成、補給路などの情報が、その頭の中に入っているのだろうからな。そうした一切合切を教えるのなら、待遇の改善を考えてみても良い」
ピンクブロンドの髪色をした青年が、夜空色の瞳に冷気を込めた。二人のサマルカード人を見下ろして、圧倒的強者の風格を見せつける。
だというのに赤毛の女王はどういうつもりか――ぱちこーん!
「エルウィン、違うのじゃ!」
ヴィルヘルミネは細く美しい眉を吊り上げて、側近中の側近、エルウィン=フォン=デッケンの頬を平手で打つのだった。




