53 虜囚二人
ムスタファとナセルがダランベル連邦軍に降伏したサマルカード軍本隊は、混乱の極みにあった。特に後方にいた歩兵部隊は情報が錯綜し、上を下への大騒ぎだ。
「ムスタファ閣下が降伏なさっただと――確かなことか?」
「しらん! しかし、現に敵の砲撃は止んでいるッ!」
「だから武装を解除せよと、そういうことか?」
「既に騎兵部隊は全て、武装の解除を終えているという。でなくとも騎兵は七割を失う大損害――……これではもう、戦線を維持するなど不可能だ」
「だからといって我々まで降伏など、できるものかッ! 未だテペデレンリ様が、メンフィスの奥地で戦っておられるのだぞッ!」
朝靄の中、錯綜する情報を何とか纏めて歩兵部隊の指揮官は後退を決意した。
というのもムスタファの司令部要員はほとんどが戦死しており、後方へ命令を届けることが出来なかったからだ。
仮に命令が届いたところで、残存兵力は五万を超えている。これが丸ごとダランベル連邦軍に降伏するなど、あり得ない。国王でもなくメンフィス方面軍の司令官ですらないムスタファの降伏に、全ての指揮官が従う道理など無かったのだ。
だいいちダランベル連邦軍にしたところで、自軍と同数以上の捕虜など望んでいない。ましてや奴隷戦士とは、どうあれ奴隷という立場なのだ。
となると奴隷制度の無いダランベル連邦政府には彼等を遇する法律さえ無くて、いよいよヘルムートまで呼ばなければ対処に困るということになる。そんな手間は、正直いってゴメンだった。
ともあれ、こうしてサマルカード軍本隊は一万五千人が降伏、一万人が戦死して二万五千人が行方不明となり、残った五万が這う這うの体で東方へと後退したのである。
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「ふぁぁぁぁ……エスケンデレイへでも帰るかの」
昨夜は何だかんだと余り眠れなかった女王が、天幕から出るなり大きく伸びをした。目じりにキラリと光る涙を張り付けて、早速の帰還命令だ。左右にはゾフィーとエルウィンを従えて、「御意」と耳に心地よい声を聴いている。
と、そこへ伝令が駆け付けて、女王に新たなる情報を齎した。
「陛下! エスケンデレイの南方、凡そ五十キロの地点にサマルカード軍の別動隊を発見致しましたッ!」
「ふむ……」
未だ脳が働かないヴィルヘルミネは、コキリ、コキリと首を鳴らしてる。
対して幕僚長たるエルウィンは別動隊が来ることを予見していたから、当然とばかりに女王へ進言をした。
「別動隊がいるという情報はレオポルド殿から聞き及んでいましたが、この際ですからムスタファにも色々と確認をしてみましょう。
何しろテペデレンリと彼は、反りが合わないとのこと。場合によっては有益な情報が、引き出せるかも知れません」
「で、あるか。んむ、んむ」
うむ、うむ、と頷く女王の内心は、欲望に胸が膨らみヘラヘラとしたものだった。
何しろ昨夜はムスタファとナセルを、とっても狭い天幕に閉じ込めた。しかも二人を半裸にした上で、背中合わせに鎖で縛るというオマケつきだ。
そうしたことを少ない記憶容量の中から取り出したヴィルヘルミネは、上機嫌に口の両端を吊り上げている。
――どうなったかのう? やつら、愛し合ったかのう?
「陛下のお許しがあれば、小官が尋問をして参りますが――……」
「それには及ばぬ。余、自らが足を運び、奴等の尋問を行うとしよう。フハ、フハ、フハハハ……」
こうしてヴィルヘルミネとエルウィンは互いに別の目的を持ち、ムスタファたちが捕らわれる天幕へと足を運ぶのであった。
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――ヒャッホウ、くんずほぐれつじゃ!
目の前の光景にキュンとして、思わずニンマリと笑うヴィルヘルミネ。一方エルウィンは眉根を寄せて咳ばらいをし、現状の説明を相手に求めていた。
「ムスタファ殿……これは一体どうしたことかな?」
「ど、どうもこうもあるかッ! 俺様たちはただッ――……」
「ただ、なんじゃ? どうしたというのじゃ? ムフ、ムフフフフ」
悪魔的な笑みを浮かべる女王が、冷然としてムスタファとナセルを見下ろしている。が――……見る者が見れば彼女の鼻息が、常より荒い事に気付いたであろう。
ヴィルヘルミネの護衛として背後に立つゾフィーも、二人の奇怪な行動を訝しんでいた。
「二人はつまり、男同士で、その……そういう関係なのか? まあ、軍隊ではよくあると言うが……」
「んなわけあるかァァァァッ!」
ゾフィーの問いに、ムスタファが大きく顔を振る。
「あふ――ん」
「ナセルッ! このタイミングで変な声を出すなァァァアアア!」
「し、しかし閣下が私の股間に顔を付けたまま喋るから……しかもグリグリと顔まで振って……」
「おっふ……こ、これは……まずい。貴様も喋るな、ナセル……」
「あうっ、だから喋っては……ダメですと……」
一言で説明すれば、非常に破廉恥な状況であった。なんとなればムスタファがナセルの股間に顔を埋め、ナセルはムスタファの股間に顔を埋めている。そして、そのまま横向きに倒れた二人は、モガモガ、モガモガと息苦しそうに動いているのだ。
しかも会話をしたせいで互いに大切な場所を刺激してしまうのか、二人は「おおう」とか「おふぅ」なんて声まで出している。これにはヴィルヘルミネも大喜びで、鼻血をタラリ――垂らすのであった。
どうしてこうなった……!?




