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49 アーシリア河東岸の戦い 14


 ムスタファは後方に爆炎が上がる様を見て、驚愕に目を見開いた。敵が戦艦の大砲を頼りにしているとばかり思っていたら、まさか無数の筏に大砲を積んでいたなんて。


「ぐぬぬ、ヴィルヘルミネめッ! 小癪な真似をッ!」


 小癪と言った言葉のわりに、ムスタファの背中は冷や汗でびっしょりだ。前方には敵が待ち受けているし、後方は大砲によって狙われている。

 一言で言えば万事休すというヤツだが、けれど今更に突撃は止められない。というか唯一の活路こそ、前方を突破し右か左に突き抜けることだけなのだ。ゆえにムスタファは走り始めた騎兵を率い、覚悟を決めて前進せざるを得なかった。正直言って泣きそうである。


「もはや貴様に勝ち目は無いぞッ!」


 ムスタファの前に、浅黒い肌の少年が立ちはだかった。


 ――分かってるよ! わざわざ言うなよ!


 万に一つの可能性に賭けて突進するムスタファに、「勝ち目が無い」なんて禁句であった。心が折れちゃいそうになる。


 けれど顔つきや肌の色、骨格などを見れば同郷とも思える少年だ。それに少年が手にしているのは鎖の付いた鉄球で、ムスタファにも馴染みの深い武器である。

 何故なら、その武器の源流は奴隷の足枷だ。だから奴隷戦士マムルークであるムスタファは、ワンチャンあるかも!? と思って声を掛けてみた。

 

「貴様、奴隷戦士マムルークかッ!? それがなぜ、ダランベル軍などにいるッ!? 本来ならば貴様は奴隷戦士マムルークとして、我らがサマルカードに仕えるべき身であろうッ!? さあ、俺様と共に来いッ!」


 藁にも縋る思いのムスタファは、目の前の少年に渾身の笑顔を向けて言う。


「俺の名はイルハン=ユセフ――……祖父の代にフェルディナント家により開放して頂いた、いわば解放奴隷だ。

 しかし今や身分は皆と変わらぬダランベル連邦王国の国民であり、職位は陸軍准将である。貴様こそ降伏すれば女王陛下の温情により奴隷身分から解放され、才能に相応しい職位を授かることも出来るだろう」

「む、む? 解放――……職位!? いやいやいや、だが断るッ!」


 一瞬迷ったムスタファは、顔を左右にブンブンと振っている。


「そうか――では死ね」


 言うなり、ユセフは高々と掲げた左手を振り下ろす。横一線に並んだ部下達が、一斉に銃撃を開始した。

 

 パパパパパパパパンッ!


 銃声が鳴り響き、夜の大気を震わせる。

 けれどムスタファ率いるサマルカード騎兵の大半は寸でのところで馬腹を蹴って、信じられない高さのジャンプをした。銃撃を躱し、あまつさえ防御の為に展開した横陣さえも飛び越えたのだ。

 結局イルハン=ユセフが敷いた防御陣はサマルカード騎兵を幾らか削ったけれど、突撃を止めることまでは出来なかった。


 無論だからといって、イルハン=ユセフは任務を放棄したりなどしない。身体を半身に捻り、横を駆け抜けようと急ぐムスタファに鉄球を放っている。


「行かせるかッ!」  

「ハッハーッ! 甘いな、若いのッ! 銃撃も鉄球も俺様に掛かれば、この通りよッ!」


 当たれば頭蓋骨など柘榴のように砕く鉄球を、ムスタファは双刀を使い巧みに弾いている。そのまま馬に拍車を入れて、さらに奥へ奥へと進んで行くのだった。


 ■■■■

 

 イルハン=ユセフの防御陣を突破したムスタファは後ろを振り返り、数を減らした騎兵を見て歯軋りをした。もしもサマルカード騎兵に機動力が無ければ、先ほどの攻撃で突撃は終わっていただろう。でなくとも、数は随分と打ち減らされてしまった。


「何よりあの若さで――……どういう強さだ」


 先ほど受けたイルハン=ユセフの鉄球攻撃により、両腕がまだ痺れている。といって今更引き返そうにも、後ろこそ地獄絵図の有様だ。

 だからと、やはり前方を突破して右か左に抜けるしか無いのだが、川面に浮かぶ筏の砲台は恐ろしい。


「あれが射角を下げて直接狙ってきたら、いくらサマルカード騎兵と云えども終わりだ……!」


 駆け抜けながらも絶望が過る頭を振って、ムスタファは下唇を噛んでいた。


閣下ベイ、ご覧くださいッ! 一角獣旗ユニコーンが翻っていますッ!」


 ムスタファに続いてイルハン=ユセフの攻撃を躱したナセルが、血濡れの曲刀を前方へ突き出し叫んでいる。


一角獣旗ユニコーンだと?」

「そうです!」

「それが一体何だと言うのだ?」

「何だも何も、この先にはヴィルヘルミネがいる! ならば我らにもまだ、勝機があるということですッ! 女王さえ討ち取れば、逆転できるでしょうッ!」


 ギラリと目を輝かせて叫ぶナセルを見て、ムスタファは失いかけた自信を取り戻すことに成功した。 

 

 ――そうだ。俺様は、まだ負けていない。このまま突撃を敢行しヴィルヘルミネを討ち取れば、一気に逆転の目もあるのだ。ヒャッホウ!


 しかし喜びもつかの間、ヴィルヘルミネの防御陣は薄くない。喜びに笑みを浮かべたムスタファに、いきなり銃弾の十字砲火が撃ち込まれたのである。


 タタタタタタタタァーン!


「ヒィィィィィィヤァァァァアアア!」


 驚き過ぎたムスタファは、何だか変な声が出た。隣でナセルがギョッとして、目をまん丸にひん剥いた。


「あ、頭を下げよ! これでは飛んでも躱せぬッ! 最悪の場合は馬を盾に、凌ぐのだッ!」


 ムスタファは驚きながらも命令を下し、自身は馬首と身体を極限まで下げている。それで何とか銃弾の嵐を躱し、突破口を開くべく虎視眈々と敵の陣形を睨み付けていた。

 幸いにしてナセルもムスタファと同様の動きで銃弾を躱し、何とか後にピタリと付けている。ナセルはナセルでテペデレンリの為にも、こんな場所で死ねないのだ。


 けれどムスタファに付き従う部下達は、百、二百と目に見えて数を減らしていく。これではヴィルヘルミネの本営に辿り着けるのは、一体何人になるだろう。

 ムスタファの心には不安の色が広がって、思わず涙が溢れそうになる。


 ――泣いちゃダメ。俺様、強い子!


 心を強く持とうとしたムスタファの道を、またも阻む者がいた。

 今度は白すぎる軍服を着た、やたらと目立つ少年だ。彼の隣にはゴリラの身体に少年の頭を乗せたかの如き軍人が立っていて、嬉しそうに笑っている。

 名乗りを上げたのは、白すぎる軍服を着た少年であった。


「やれやれ。イルハン=ユセフともあろう者が、敵の突撃さえ凌げないとはね。まあ仕方が無い、ここはボクに任せてもらおうか。

 フフ、フフフ! 貴殿こそ、敵将ムスタファ殿とお見受け致す。ここはこのエリート、ヴァルダー=フォン=ジーメンスがお相手いたそ――……」


 ムスタファは思った。「馬上で目を瞑り名乗りを上げるなら、俺様は構わんよ。勝手にしやがれ」と。だから馬には拍車を入れて、一言も発さず二人の横を駆け抜けてやったのだ。


「うおぉぉぉぉぉぉおおいッ! ボクの話を聞き給えぇぇぇえええええええ!」


 ムスタファが駆け抜けたあと、白衣の少年は馬の上で器用に地団太を踏んでいた。


「知るかッ! 俺様は今、人生で最大級に忙しいんだよッ!」


 こうしてムスタファは、いよいよヴィルヘルミネの本営へと迫っていく。けれどサマルカード軍が誇る騎兵も流石に数を減らしていき、今や五千を切る状況にまで追い詰められていた。

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