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48 アーシリア河東岸の戦い 13


 ヴィルヘルミネは篝火の焚かれた陣営に、人馬の群れが集う様をボンヤリと見つめていた。


「どうやら敵は、こちらの罠に掛かったようです」


 女王と同じく人馬の群れに目を向けて、エルウィン=フォン=デッケンが馬上に言う。


 ――ふぉぉぉおお……敵じゃ。余がさっきまで居た場所に、敵が殺到してきたのじゃ。あっぶなかったのじゃー。


 幼い頃からの帝王学を学び、本心を語らず表情を消す術を身に着けた女王のこと、滅茶苦茶にビビっていたとして、それを表に出すことは無い。なので今も僅かに目を細め、口癖の如くに「で、あるか」と一言呟いただけだった。


 といってエルウィンの作戦をきちんと理解していたなら、現状を恐れるには当たらない。

 なぜなら女王の背後はアーシリア河の水辺であり、その先ではアンハイサー指揮下の第五師団が大量の筏に大砲を据え、ヴィルヘルミネが見つめる陣営――つまりは敵を狙っているからだ。


 そもそも篝火を大量に焚いた理由は、それを砲撃の的にする為であった。そこへサマルカード軍を誘き寄せたのだから、エルウィンの策は見事的中したのである。

 陸軍が一端西へ後退した理由は、砲撃により損害を与えたサマルカード軍に、とどめの一撃を与えるため。であれば、決して逃げた訳ではない。とはいえ敵を油断させようと、天幕や糧食を放出したのは痛い出費だったのだが。


「――ともあれ、状況は整ったようですね、エルウィン卿」


 ヴィルヘルミネの側で、薔薇の香りを嗅ぎながらジーメンスが言う。今回は作戦の成立に一役買ったという自負もあれば、自然ドヤ顔になっている。


 エルウィンは「ああ」と一言頷いて、ジーメンスを見る事なく群がる敵影を睨んでいた。もうしばらく混乱するかと思っていたが、ムスタファは予想よりも早く状況を認識し、部隊を統率したらしい。


「しかしながらヴィルヘルミネ様――……万が一ということもございます。ここは一つ、川の中ほどに避難なさってください」


 敵へ向けていた夜空色の瞳を切り、エルウィンはそれを女王へと向けた。


「む……卿は?」

「小官はこの場にて、敵の突撃を防ぎます」

 

 見ればムスタファは手早く騎兵部隊だけを纏め、こちらへ突撃を敢行しようとしていた。

 対するダランベル連邦軍の部隊編成は変則的で、今は第一近衛師団とエルウィンの第三師団を統合し、ヴィルヘルミネの本軍と為している。


 だからピンクブロンドの髪色をした青年が、女王の首席幕僚として全体を統率しているのだ。それでなくともエルウィンは本作戦の立案者。であれば戦場全体に責任を持ち、女王の安全を保障する義務がある。ゆえに、ここは身体を張っても敵を止めようと考えた。


「確かに――……敵の指揮官も中々やる。陛下は急ぎ、ご退避を」


 エルウィンに同調したのは、イルハン=ユセフであった。彼は馬ごと女王の前に身を出して、いよいよ突撃を始め先頭に立つムスタファを睨んでいる。

 つまり敵を術中には嵌めたものの、こちらの予測を上回る速度と統率力をサマルカード騎兵は持っていた、ということだ。


 ジーメンスは不愉快顔でエルウィンを睨み据え、ぶつぶつ、ぶつぶつと文句を言っている。


「あーあ、ここまでは完璧だったのに。やっぱりこの辺が、天才ならざるエルウィン卿の限界なのでしょうかねぇ? ボクのようなエリートなら最後の最後でこんな風に詰めを誤るなんて、絶対にありえませんよぉ。あーあ、あーあ! ここは迎撃一択かぁああああ! はぁぁあああ、嫌だ、嫌だ」

「――ジーメンス准将はそう言って僕を非難する割に、きちんと剣を抜いてくれる。ふふ、嫌いでは無いよ」

「んなッ! そ、それはッ! ヴィルヘルミネ様をお守りするのは、我ら第一近衛師団の仕事だからですよッ! それにエリートは決して退かない、媚びない、顧みないだけなのですッ!」

「ふぅん――……どこかの帝王みたいな言い方だけど、まあいい。そういうことなら宜しく頼むよ」


 頼りになるイケメン三人が剣を抜き、ヴィルヘルミネの前に壁を作っている。「ごっつぁんです」とうっかり思った女王は、この状況がもっと続けばいいと考えて。

 

「余は――……退かぬ」


 時と場合も弁えず、逆ハーレムを満喫するのだった。


 ■■■■


 エルウィンは砲撃開始の判断を、いまだ出来かねていた。なんとなれば敵騎兵の侵攻が速すぎて、篝火の焚かれた陣営にどれ程の敵軍が集まっているのか判然としないからだ。

 中途半端な状況で砲撃を加えれば、敵にこちらの意図を察知される。それでは壊滅的な打撃を与える前に撤退の機会を与えることとなり、今夜の勝利が覚束ない。だからと女王の横顔を覗いてみれば、凛とした顔で正面を向いたままである。


 ヴィルヘルミネは敵軍をギリギリまで引き付け、攻撃開始を命ずるつもりであろうか。エルウィンは悩んだ末、それでは万が一のこともあり得ると考えた。

 そもそも今日、決定的な勝利を得られなくとも構わない。女王であれば次の機会にでも、難なく勝利を収めるであろう。なんとなれば軍事の天才なのだ。自分如きが気に病んで砲撃を躊躇い、女王を命の危機に晒す方が問題であった。


「陛下、女王陛下! 敵が迫っております、砲撃開始のご命令をッ!」

「む、む?」


 一方ヴィルヘルミネは、イケメンに囲まれる余韻に浸っていただけだ。


 ――ふうむ。余のようなゴミ虫が、イケメン三人に囲まれてしまった。しかし本来なら立ち位置が違うのじゃ、立ち位置が。余はもっとこう、その辺の樹木のようにイケメン達を陰から見守りたいのじゃ。身の程を知っておるのじゃからして、して。


 加えて敵騎兵の迎撃にジーメンスとユセフのカップルが出たとなれば、自分の身は安全だと信じて疑わない。何ならエルウィンと二人きりにされてしまう方が、なにやら「狩られる!」と恐怖を覚えるほどなのだ。


「陛下、陛下ッ!」

 

 と、そこへ再度の呼びかけだ。エルウィンが必至の形相で、何やら後ろの川面を指差している。

 見ればそこには大砲を積んだ筏が沢山浮いていて、どうやらアレに砲撃命令を出せ――ということらしい。


 ――わぁい、砲撃、砲撃ぃ。


 もはや、ヴィルヘルミネの思考は花畑。ニンマリ女王は笑みを浮かべ、凄惨な命令を下す。

 といって、そこは流石の砲兵科。「何でもいいから大砲をぶっ放せ」――とは言わない。十分に篝火の焚かれた陣営に敵兵が集まった所を確認し、ようやくに号令を発したのだ。


「フハハ、フハハハ――……十分に敵を引き付けてから……ようし、撃てッ!」


 これはもはや条件反射のようなもので、「そこに的があるなら、ちゃんと撃つ」という法則が女王の脳には刷り込まれていた。

 なのでエルウィンはまたも、「流石はヴィルヘルミネ様! 軍事の天才!」と感動し、筏に乗ったアンハイサーも感嘆の声を発している。


「はぁー、流石は陛下っスね。タイミングもドンピシャ――まるで芸術ッス」


 むろんアンハイサーも狙いを過たず、百にも上る水上の砲台から、敵が屯する陣営へと一斉に砲撃を開始した。


 激しく炸裂した散弾が、弛緩していた敵歩兵に雨あられと降り注ぐ。

 こうしてサマルカードの陣営は炎と爆発、そして兵士の泣き叫ぶ声に飲み込まれ、一瞬のうちに阿鼻叫喚の地獄へと変わるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お疲れ様でした。 流石、ミーネ様だ! しかし、ベーアさん大砲義手に付けたのか!? そこそこ収納出来るサイズなら良いが、デカ過ぎると鋼鉄○ーグに成っちまうぞ(笑)
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