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46 アーシリア河東岸の戦い 11


「あれを凌ぐか――……流石は軍事の天才と言うべきだな。俺様に匹敵する」


 ムスタファは全軍後退の合図を出すや、そう嘯いた。直属の軍団を率いて中央ないし左右両翼のどちらかに突入すれば、或いは打ち崩せたかも知れない。

 だが、そうすれば乱戦となり損害も大きくなる。というより勝利の確信が得られる前に、今のムスタファは予備兵力を投入したく無かったのだ。


 とはいえサマルカード軍司令部としては、第一次攻撃に一定の成果を認めていた。

 事実として中央の七万を退けるのにダランベル連邦軍は随分と苦労していたし、だからこそ精鋭たる鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)連隊を投入している。

 また左右両翼へ展開した騎兵隊も、その速度によって敵の心胆を寒からしめたはずだ。

 

 何より中央の塹壕陣地をある程度削った効果が大きい。もはやダランベル連邦軍の塹壕は機能しないはずで、となれば防御力は格段に落ちるだろう。


「匹敵するが――しかし、これまでだなヴィルヘルミネ! 俺様には勝利の糸口がハッキリくっきり、どどーんと見えているぞッ! 少し休んで、すぐに第二次攻撃を敢行するのだッ! わは、わはは、は、は、は!」


 藍色に染まる天を仰ぎ、一番星を背中に従えムスタファが笑っている。相も変わらず参謀長のナセルは胃が痛むが、司令官の言わんとすることも分からないでは無かった。

 何故なら、敵軍は自軍の半数にも満たない様子。その上で今は疲労が蓄積し、防御力の落ちた塹壕に寄って戦う他に道は無い。だからと、それを勝利の糸口と言うのだろう。 

 

 ましてや、敵艦隊が援護に来れない状況だ。であれば今を機会と敵に総攻撃を掛けるのは、至極当然のことだと思われた。だが――とナセルは心の片隅に、テペデレンリの言葉がちらついて……。


「しかし、閣下ベイ。我等の任務は兵力を保ち、エスケンデレイに圧力を掛けること。であれば度重なる攻撃は、更なる命令違反を繰り返すことに他なりません。

 ましてや今日はもう日暮れですし、ヴィルヘルミネの心胆を寒からしめただけでも十分ではありますまいか?」

「おい、小僧。貴様はテペデレンリに功を立てさせたいが為、この俺様に戦うな――……と申すのか?」

「いえ、そのようなことは……。ただ、万が一敵に策があり、この軍勢が壊滅するようなことになればと、小官は危惧しているのです」

「どのような策が、敵にあるというのだ、え、え~~?」


 ムスタファは馬を巧みに操って、騎乗したナセルの周囲をクルリ、クルリと回っている。実にウザい動きであった。


「そ、それは……何とも分かりませんが……」


 項垂れるナセルの前で馬を止め、ムスタファは盛大に溜息を吐いた。「はぁぁぁぁぁぁぁああああ」


「小僧。貴様のテペデレンリに対する忠誠心は、そりゃあ見上げたものだ。しかしな、俺様と貴様は同じサマルカード軍人で、もっと言えば奴隷騎士マムルークだろう。

 であれば貴様は国王陛下の恩為に、まずは何が最善かを考えろ。ここでヴィルヘルミネを倒すことが出来ればだ、サマルカードの栄光はエイジア、エウロパと――二つの大陸に輝くのだぞッ!」

「はぁ……」


 まだ釈然としないナセルは、不承不承に頷いた。


「まあいい、貴様にもいずれ理解できるだろう。

 一先ずは攻撃に参加した兵どもを下げ、全員にメシを食わせろ。それから先の戦闘で前線へ出なかった部隊を前面に出し、二十時より第二次総攻撃を仕掛けるッ!」

「二十時から、ですか?」

「そうだ。これは命令だッ! 急げッ!」


 言うなりムスタファは馬上で干し肉を齧り、幕僚達にも矢継ぎ早に命令を飛ばす。そうしている間にもダランベル連邦軍の陣地では、朱色の輝きが灯り始めていた。


閣下ベイ閣下ベイッ! 敵が篝火を焚くということは、こちらの夜襲を恐れてのこと。であれば万全の防備を敷いているかも知れず、やはり攻撃は明朝でも良いのではッ!?」


 ダランベルの陣営を見たナセルはムスタファを呼び止めると、慌てた口調で進言した。


「愚か者めッ! 篝火を盛大に焚くことこそ、敵の策に相違なし! ここを梃でも動かぬと見せておき、明朝には全てがもぬけの殻という算段だッ! なんとなれば敵も艦隊が、アーシリア河を遡上出来ぬと気付いている頃だろうからなッ!」

 

 ナセルは夜の闇の中で爛々と輝くムスタファの瞳をじっと見て、「ああ、そうか」と一人納得をした。この指揮官は最初から、今この時に備えていたのだと。つまりムスタファはダランベル軍の動きを読み切って、最善と云える作戦を考えていたのだと。

 そうしてみればムスタファは、実に知的な指揮官だ。ならばテペデレンリこそ、彼の出世を抑えたかったのかも知れないと、ナセルは改めて考えていた。


「は……確かに、閣下ベイの仰る通りかも知れません」

「そうだろう、そうだろう。ナセルよ、貴様もようやく分かったか! ははは、はは、は、は、は――げふん、げふんっ!」


 干し肉を飲み込もうとして蜂蜜酒を呷り、気管に入ってムスタファは盛大に咽た。鼻から溢れた酒が星々の煌めきを反射し、キラキラと輝いている。なんて残念なイケメンなんだろう。目も「><」となっていて、ちょっとだけ可愛いから腹も立つ。


 一瞬だがムスタファを「知将」だと思い始めたナセルであったが、やっぱりこれは「恥将」で十分だと思い直し……。

 けれど以降は誠心誠意ムスタファの命令にも従おうと心に決める、若き参謀長ナセルなのであった。

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