45 アーシリア河東岸の戦い 10
ゾフィーが右翼に群がる敵を撃退したのと同時刻、ライナーも押し寄せるサマルカード騎兵を撃退した。
といっても、こちらはゾフィーと全く違う戦術を使っている。ライナー本人が言うところ、「私は別に、騎兵としての誇りなんて無いからねぇ」となるのだが――……。
そんなライナーがとった戦術は「どうせ騎兵の能力が敵に劣るなら、馬を捨てればいいじゃない――」というものだった。
なのでライナーは敵の攻撃を予測し、側面に対してU字型になるよう土塁を積み上げている。その上で敵騎兵が突撃を仕掛けてくるや即座に陣形を変え、歩兵を土塁の影に隠して銃撃や砲撃を繰り返したのだ。
ちなみに土塁を積み上げた工兵こそライナー麾下の騎兵であったから、彼等はこんなボヤきを口にした。
「おいおい。師団長は音楽隊、俺たちゃいよいよ工兵隊に転属か?」
「そりゃあいい。音楽隊総監なんて地位が作られたなら、ぜひぜひ初代を務めたいもんだ」
兵士の無駄口を耳にしても、ライナーはどこ吹く風だった。どころか口笛を吹きながら、自身も汗を流して土塁を運ぶ。であれば兵士も諦め顔で、一風変わった師団長の命令に従うのだった。
ちなみに馬は荷駄として、土を詰めた麻袋を運んでいる。だから工事も捗って、敵が攻めてくる前に土塁も完成したのだった。
こうしてライナーは自慢の騎兵を有効活用し、突進してくる敵を土塁に隠れて半包囲した。だからサマルカード騎兵は第四師団に深く食い込みながらも、確たる戦果を挙げることなく撤退したのである。
「勝てばいいのさ、勝てばね」
それでも騎兵指揮官として、多少は思う所があるのだろう。ライナーは敵の撤退を見届けると、一人肩を竦めて苦笑するのだった。
■■■■
一方、鋼鉄の薔薇を率いて敵中央部隊の迎撃に向かったジーメンスは、戦線に到着するや陣形を四列縦隊に変更し、銃剣突撃を敢行した。
「――総員着剣ッ! 順次射撃の後、突撃ッ!」
ジーメンス自身は馬上にあって軍刀を振るい、命令を下す。目の前に広がるのは、自らの部隊よりも遥かに多い敵軍だ。しかし、彼に怖れは無かった。
正面の敵がいくら総数七万の大軍と云えども、各塹壕陣地を攻める数は精々が一万程度。さらに現在攻撃中の部隊となれば、多くても二千から三千である。
そうした部隊に狙いを定め、ジーメンスは塹壕を援護する形で側面から敵部隊に攻撃を仕掛けたのだ。ましてや、王国最強の格闘戦能力を誇る鋼鉄の薔薇が――である。
――だからボクには、勝算があるのだよッ!
自信に溢れるジーメンスが軍刀を振り下ろせば、そこには必ず敵兵の急所があった。頭、首、胸――どこであれ吸い込まれるように刃が貫いて、そこには真紅の花が咲く。これを女王に捧げるとばかりに赤々とした道を作り、若き将軍が最前を行く。
今やジーメンスの剣技は達人の域に達していて、容易に彼の道を阻める者などいなかった。
若き将軍に少し遅れて続く童顔の巨漢シュミットが、ブンと銃を振り抜き銃床で敵の顎を打ち砕く。ドサリと糸の切れた人形の如く地に落ちて、色黒の敵兵は気を失った。
「ガキは殺さねぇよ。ていうか――……死んでねぇよな?」
既にして銃剣が折れる程、連隊長のシュミットは敵を血祭りに上げている。だからと銃を鈍器のように振り回し、最前線で敵を打ち倒していた。
彼等に続く兵士達も、誰もが当然ながら一騎当千だ。銃剣で突き、或いは軍刀を振るい、恵み豊かなアーシリア河の水辺に、血の川を生み出していく。
こうして一つの敵集団を散々に蹂躙すると、返す刀で次の集団に襲い掛かる。さながら獰猛な獅子の群れが羊に襲い掛かるが如く、鋼鉄の薔薇は戦場を駆けるのだった。
■■■■
十七時三十分。ダランベル連邦軍はゾフィーやライナー、ジーメンスの活躍によりサマルカード軍の猛攻を凌ぎ切った。
ヴィルヘルミネは今日も今日とて特になんにもしていないが、「ふぅ」と全てやり切ったかのように息を吐き出して言う。
「……激しい攻撃じゃったの」
「御意、敵も全くの無能という訳ではないのでしょう。彼等は我が艦隊がアーシリアを遡上出来ぬと知っていればこそ、攻撃を激しく仕掛けてきたのです」
ヴィルヘルミネの側で全体の様子を見ていたエルウィンが、静かに馬上で頷いた。最悪の事態となれば彼も動くつもりであったから、その意味で敵はまだ予想の範囲内にいる。というより現状は、エルウィンの思惑通りであった。
しかしヴィルヘルミネにとっては晴天の霹靂で、無表情のまま驚愕だ。そのまま馬からコテンと落ちて、気を失ってしまいたい。
――なんと!? 余の艦隊、アーシリア河を遡上出来ぬのかッ!?
まさか頼みの綱の艦隊が、来てくれないなんて聞いていない。というか聞いていたけど、すっかりさっぱり忘れ去っていた。
余りの驚きにギョッとして鼻水が出そうだったけど、女王としてソレは流石に拙いだろう。なので口と鼻を手で覆い、少しだけ上を向いて誤魔化した。
「ふぁ~~~」
さも退屈そうに欠伸をして見せ、鼻水が出そうなどとは悟らせない。グッジョブ、余! と思うヴィルヘルミネを、皆が再び感嘆の眼差しで見つめている。
「ああ、流石はヴィルヘルミネ様。あれ程の攻撃さえ春のそよ風の如くに受け流し、今や欠伸をされ給うッ!」
エルウィンも周囲に同意して、クスリ――微笑を浮かべながら状況を説明した。
「とはいえ――……アーシリアの水深を知り、これを軍事に活かせる程度に優秀な相手で無ければ、この作戦は成り立たない。だからこそ敵は、既にして罠に掛かったも同然と言えましょう」
「で、あるか」
「はい。ですから次は、作戦も最終段階に入ります」
「んむ、心して掛かれよ」
どうやら作戦は予定通りなのかと、赤毛の女王は得心した。とにかくここは、エルウィンに任せておけばよい。得意の丸投げ機能を発揮して、ヴィルヘルミネはコクコクと頷くだけなのであった。




