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33 はい、余の勝ちー


 歴史あるエスケンデレイの大王宮殿に到着したヴィルヘルミネは、真っ先に辺りを一望できる塔へと昇っていった。名工風靡な場所とくれば旅行気分の女王は、はやく雄大な景色を眺めたかったのだ。

 なにせ時刻は午前十一時を僅かに過ぎたばかり。雲一つない青空の下で煌めく紺碧の海と、芽吹き始めた豊かな緑を従えるアーシリア河を眼下に見渡せば、まさに絶景なのである。


「ふぁああああ、この景色を見ることが出来ただけでも、メンフィスまで来た甲斐があるというものじゃ! ……じゃ?」


 塔の最上階にある露台バルコニーで、大きく息を吸い込み両手を開くヴィルヘルミネの目に、黒雲とも見える不吉な影が映っていた。

 南方特有の甘やかな風が女王の頬を撫でている最中のこと、それが空に湧いた黒影であれば「雨でもくるようじゃの」と流せるものを、地上にそれが見えたとなれば、赤毛の女王とて身構える。ましてや雲霞の如き人の群れとくれば、すわ一大事! てなもんだ。


「む、むむ……あそこに見えるは、もしや――……」

「はい、陛下。まさに、あれこそ憎きサマルカード軍にごいます」

 

 今や女王の忠実な案内係となったレオポルド伯シュテルクが、しかめっ面で頷いている。「憎い」というのは本当で、声にも明らかな怒りが籠っていた。


 ヴィルヘルミネは目を凝らし、望遠鏡を覗き込む。そこにはサマルカードの軍旗が翻り、名高き奴隷戦士マムルークが訓練を重ねる砂煙が立ち上っていた。

 しかも女王の『見ただけで敵兵の数と練度を測れちゃう』スキルが発動し、「ヒェェェ」と声にならない悲鳴を上げている。となれば早速、お家へ帰りたくなっちゃうヴィルヘルミネなのであった。


「え、あ……ちょ……サマルカード軍、十万くらいおるのじゃけども。余、五万じゃし、じゃし……」

「ですね! 私も二度ほど戦ったんですが、やっぱり奴隷戦士マムルークは強かったです! あっさり負けました! これで国王親衛隊イェニチェリまでいたら、私なんてもう死んでいたでしょうね! 

 いやあ、サマルカードは憎たらしいですが陸軍は滅法強い、たまったものじゃあないですよ! あんな軍隊に勝てるのは、やはりヴィルヘルミネ様かヴァレンシュタイン公くらいのものでしょうねぇ! アッハハハハハ!」


 テヘッと舌を出し頭を搔いて見せながら、レオポルドが悪びれもせずに言う。帝国の上級貴族でありながら、こうまで敗北を歯牙にも掛けない者は珍しい。


「ふぅむ。しかしレオポルド伯――……卿はサマルカード軍と戦ったと申すが、敵はああして対岸におる。まさかわざわざ渡河をして、戦ったのではあるまいな?」


 だとしたら、とんだポンコツだな。可哀想なヤツじゃ! なんて思いながらヴィルヘルミネが問う。まさに同類相哀れむ――という有様だ。

 しかし流石のレオポルドも、そこまで愚将という訳ではない。「はぁ」と、溜息交じりの説明を始めるのだった。


「それこそ、まさかでございます。流石の私も、敵の眼前で渡河に臨むほど愚かではありません。実は私が戦ったのは別動隊の方でして……」

「別動隊じゃと?」

「はい。サマルカード軍は別動隊にアーシリア河の上流で渡河をさせ、一路北上してエスケンデレイへ迫っているのです。私はこれを迎撃すべく南下して二度戦い、二度とも負けたという次第でして……」

「なるのどのぅ。して、その部隊はいったい、どれ程の規模なのであろうか?」

「こちらの数は、凡そ五万です」

「む、む――……であれば、正面の敵より少ないではないか。何故に少数の敵に負けたのか?」

「いやいや、なんとなれば別動隊の指揮官こそ、名将の誉れも高いテペデレンリ・パシャ――なのです! 或いはこちらこそ、本隊なのかも知れませぬ!」

「はて、テペデレンリ・パシャ?」


 コテンと首を傾げて、ヴィルヘルミネは考えた。少ない記憶容量メモリを引っくり返し、該当する名前を検索する。が――無い。

 女王は側に侍る人々を順に見て、誰かその名を知らぬかと、無言のままに問いかけた。


 ■■■■


 ヴィルヘルミネの要望に応えたのは、生真面目な勘違い男ことピンクブロンドの髪色をしたエルウィンだ。近頃はますます美しくなった女王を見るにつけ、胸が苦しくなる日々である。

 王になりたいという野心は消えないながら、女王の下僕であり続けたいとも思うから、こうして会話が出来る機会は有難い。ヴィルヘルミネとお話が出来ない日は、思わずシュンとしちゃう、エルウィン将軍なのであった。


「コホン――」

 

 一つ咳ばらいをして女王の気を引き、エルウィンは語り出す。紅玉の瞳が自らに注がれれば、ピンクブロンドの髪色をした青年は、幸福の階段を駆け上って行けるのだ。


「テペデレンリ・パシャと言えば、奴隷より身を立て将軍パシャとなった生え抜きの将。彼は国王スルタンムハンマドの親友とも言われており、まさにサマルカードの武の要です」

「む、む? どういうことじゃ、エルウィン。かの国には国王親衛隊イェニチェリと呼ばれる部隊があるのじゃろう? 国王スルタンの親友であれば、そちらの部隊を指揮するのではないか?」

「いえ、ヴィルヘルミネ様。もともと現国王(スルタン)は、先王の嫡子ではありません。しかしながら国を憂うる気持ちからクーデターを起こし、政権を奪取しております。

 その際に実働部隊の指揮を、テペデレンリが執ったとのこと。或いはクーデターそのものを主導したのも、この男であったとの噂もございます」


 ここまで話を聞き、ヴィルヘルミネは微笑を浮かべていた。


「フッ……まるで、余のようじゃの」


 エルウィンは、「一体どの辺が……」と思い仰け反りそうになったが、女王にしか分からないシンパシーがあるのだろう。それはそれとして、話を続けることにした。

 

「一方で国王親衛隊イェニチェリは最新兵器を装備してはいるものの、その際にテぺデレンリを阻めなかったことから、長官が解任されました。今はテペデレンリの副官であった者が長官となっております」

「となると皇帝の親任が厚いのか、或いはテペデレンリ自身がサマルカードの実権を握っている、ということもあり得ますね」


 ゾフィーが顎に手を当て、眉根を寄せながら言う。当然ながら他の者も、そうした予測はしているはずだ。しかしヴィルヘルミネの親友にして妹である彼女を憚り、誰も口に出来ないでいる。だからゾフィーは自らの口で、その可能性に言及したのだった。


「うむ。つまりはレオポルド伯の申される通り、敵の主力は恐らくこちら――テぺデレンリが率いる奴隷戦士マムルークであると考えられます」

「――で、あるか」


 ヴィルヘルミネは目を瞑り、まだ見ぬ敵将に想いを馳せていた。奴隷と主君が親友なんて、どんな禁断の恋なのじゃ!? とハァハァしている。幕僚達とは大きく考えを異にして、今や女王はご満悦だ。

 手を取り合って命を掛けてのクーデター――……もしも彼等がイケメンだったら、パンを十個は余裕で食べられるカップリングに違いない。


 妄想から思わずニンマリと笑うヴィルヘルミネの横顔に、周囲の者は戦慄を禁じ得ない。きっと女王は既にして、敵を屠る算段を付けたのだ、と――誰もが信じていた。

 

 実際は腐った妄想しかしていないのだが、しかし今日のヴィルヘルミネは冴えていた。下へ置いた左手に右手の拳をポンと乗せ、閃いたとばかりに口をまあるく開いて言う。


「ああ、そうじゃ。各個撃破をすれば良い!」


 ヴィルヘルミネは、海軍を率いていることを覚えていた。というか思い出したのだ。

 確かに陸軍に限っていえば、エスケンデレイのキーエフ軍を加えた所で六万にしかならない。これでは対岸に陣を構える十万と戦うのは、いかにも厳しかった。


 だがしかし、ヴィルヘルミネには海軍がいる。しかも、分捕ったばかりの砲艦だって大量だ。何なら砲艦から大砲を外して陸上で使うなら、トンデモな火力になるんじゃあないか?

 そんな風に考えたから、赤毛の女王は「むふん!」と鼻息も荒い。


 ――なぁんだ、余、勝つる!


 何より敵に別動隊があるのなら、先に目の前の敵を破る方が上策だ。だってヴィルヘルミネの得意は、各個撃破に分進合撃なんだから。

 よって赤毛の女王はピンと伸ばした指先を、対岸で雲霞の如く集まったサマルカード軍へ向け、堂々と宣言をした。


「んむ――……まずはアレなるサマルカード軍を一蹴し、南方より迫る別動隊に対処すべし。ま、慌てることは無い。昼食でもとりながら、作戦会議と洒落こもうぞ。フハ、フハハハ」


 軍神と呼ばれる少女は身を翻し、今日だけは心から軍神になった気分で歩き出す。

「お昼ご飯はナンダロナー」と興じる女王の鼻歌に、諸将は等しく頭を垂れたのであった。

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