29 エスケンデレイ沖海戦 2
「なに、敵の砲艦を叩く?」
ゾフィーはメアリーの言葉に反応し、細眉を僅かに顰めていた。
ちなみに女王がゾフィーを呼んだ理由は、お菓子を一緒に食べようと思っただけ。だから「そんなことは言っておらぬ、ちがう、ちがう!」と、今こそ頭を抱え込みたい思いである。
「なぁに、簡単なことさ。ヴィルヘルミネ様は敵の砲艦を拿捕しよう、という考えをお示しでね」
「それがメアリー=ブランドン、貴様とどんな関りがあるというのだ?」
「ハハ、アハハハハ! こう見えても私は元海賊でね」
「それがどうした?」
「わからないかい? 海賊のお仕事と言えば、拿捕は当然ながら十八番なわけさ」
「だから、どう拿捕するというのだ?」
「輸送艦にいる陸上兵力を使って、敵船に斬り込むのさ。簡単に言えば、海上で陸戦をやるって話だね」
ニヤリと笑うメアリーに、ヴィルヘルミネは口をパクパクして答えた。
「余は、撤退を――……」
女王はもう、水を失った魚も同然だ。撤退したいのに、どうして分かってくれないのだろう? そうじゃないにも程がある。
「ほらね。敵に撤退など断固としてさせぬと、女王陛下は仰っておいでさ。そこでアンタの出番って訳だね、第二近衛師団長、ゾフィー=ドロテア少将閣下。海であろうが白兵戦は、アンタの得意だろう?」
「ふふん、愚問だな」
ゾフィーは軍刀から手を放し、話を聞く体制に入った。
ヴィルヘルミネは話を何とか逸らしたくて、ゾフィーにお茶を所望する。そもそもお菓子があるから呼んだのに、どうしてこんな話になったのじゃ! と紅玉の瞳がグルグルだ。
「のう、ゾフィー。そこなテーブルに焼き菓子が乗ってるじゃろ。あれを食そうと思うのじゃが、一つ卿の名人芸を見せて貰えぬか?」
「は、名人芸と申されますと――……」
チラと腰に差した二刀へ視線を落とし、ゾフィーが首を傾げている。
「違う、違う――ゾフィーは紅茶を淹れるのが、とっても上手じゃろうと言うておるのじゃ」
「は、お任せを」
ゾフィーは手早く紅茶を淹れて、三つのカップを黒檀の象嵌細工も美しいテーブルの上に置く。
赤毛の女王は早速ソファーに座り、焼き菓子を頬張った。ポリポリと軽やかな音が口内に響き甘い香りが鼻孔を擽ると、ヴィルヘルミネの心は途端、幸せに満ちていく。
戦争ってなんじゃったっけ? ああ、そうそう、ゾフィーが淹れてくれた紅茶を飲まねば。
――ふわぁぁぁぁ、お茶が美味いのじゃ……。
いよいよ赤毛の女王は現実から逃避した。目を閉じれば無限の海原が広がっていて、明日にはエスケンデレイに到着する。そこでゾフィー、メアリーと三人、砂浜を散策しよう、そうしよう。
しかし向かいに座ったメアリー=ブランドンの鋭い声が、ヴィルヘルミネを現実へと引き戻す。焼き菓子の食べ方はどこまでもワイルドで、ポロポロと粉を膝の上に零していた。
「いいかい、ゾフィー=ドロテア。陸軍の兵を三十人ずつ艦載艇に移し、敵の砲艦へ斬り込むんだ」
「と、言うがメアリー=ブランドン。敵の砲艦とて百名程度は乗っているだろう」
ゾフィーはヴィルヘルミネの隣に腰を下ろし、紅茶で唇を潤してから言った。菓子に伸ばし掛けた手を止めて、じっと上目遣いにメアリーの赤い瞳を見つめている。
「ああ、乗っている。けれどサマルカードの船乗りは、大半が奴隷なのさ。となれば我々が戦わなければいけない相手は、砲手と指揮官だけってことになる。これがざっと、一隻あたり、三、四十人ってところかねぇ?」
「なるほど。ならば敵船へ移乗し奴隷を解放すれば、むしろ我等の味方になり得る――という話だな」
「それどころかダランベル連邦の陸軍兵力を使うなら、数の上でも奴等を圧倒出来るだろう?」
「うむ。敵の砲艦が五十隻なら、倒すべき敵を多く見積もっても二千となる。ならば我が第二近衛師団だけでも、十分に圧倒出来る戦力だ」
「そういうことだ、ゾフィー=ドロテア。つまりヴィルヘルミネ様が命じられたのは、こういう話だったのさ」
――ぎゃああああ! 余、そんなこと、ぜんぜん全く命じておらぬ!
二人の会話を聞きながら、お茶を飲みつつ器用にテンパるヴィルヘルミネは、驚きの余り声が出ない。何だか海の上で溺れているような心境だ。
落ち着け、余。落ち着くのじゃ……と思うから、やっぱりお茶を飲み――……ゴクン。
――ふぅ、和むのじゃ。紅茶は良いのう。
ウンウン、と、頷いた。
二人は落ち着き払う(ように見えるだけ)ヴィルヘルミネを見て立ち上がり、艦隊司令のエリザに作戦の概要を伝えるべく、女王の居室を後にする。
「あ、う、あ、う……ま、待つのじゃ……二人とも……あ、行ってしもうた……」
一人取り残されたヴィルへミネは艦尾の窓から海に糸引く航跡を眺め、小さな溜息を吐いていた。
「この船、逆に進まぬかのぅ……てったーい! 撤退じゃー! ……なんての。はぁ」
女王のボヤきを聞き入れる神など無く、為に旗艦リンドヴルムは前進しかしなかった。




