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28 エスケンデレイ沖海戦 1


 袖を引っ張られるままにヴィルヘルミネの部屋へ入れられて、エミリー=ブランドンは硬直した。何の用で呼ばれたのかは知らないが、目の前の女王には、かつて一騎打ちで敗れたことがある。ならば絶対に油断など、できる相手では無いからだ。


 対してヴィルヘルミネは欲していたものを見つけたとばかり、メアリーの顔を見て口の端を吊り上げた。美しい、キレイ、九十四点、ブラボーなど、内心で元女海賊の容姿を褒めている。

 けれど女王の脳内に浮かぶ語彙は、受けた教育に反して著しく乏しいものだった。つまり、色々とおサボリをしていた残念な結果である。


「のう、血塗れ(ブラッディ)メアリーよ」

「血塗れ……ですか。その異名は、今や陛下のものでしょう」

「んむ――……一部では、そう呼ばれておるようじゃの。それもこれも、卿を一騎打ちで破ったからじゃ。んむ、んむ」


 メアリーは「メンドクセェな、コイツ」と案外ヴィルヘルミネの本質に気付いたから、ジトっとした目で美しく成長した女王を見つめている。

 だからといって今さら復讐など、バカバカしいことだ。なんとなればメアリーはホラントと結婚して、社会的立場も十分に向上した。であれば外交問題に発展しそうな行為は、厳に慎もうと思うのだ。


 しかし何故かドヤ顔のヴィルヘルミネはメアリーの肩をポンポンと叩き、「うむ、うむ。卿は分かっておるの。やはり余が分からせたからかの、フフ、フハハ」とご満悦だ。

 何なら「やはり、余の目に狂いはない。敗北を知る卿こそ、この役目に相応しいのじゃ」と一人勝手に頷いている。超ウザい。ぶん殴りたい。

 

「はぁ、役目……? 何です、これでも私、結構忙しいんですけど」


 メアリーが問いかけると、ヴィルヘルミネは考え込むように目を伏せ、顎に指を当てた。細い眉を僅かに揺らし、再び女王が元女海賊を見る。

 メアリーは「ったく、コイツ――勿体ぶって本当に面倒くせぇな。マジ斬りてぇ」と思ったが、必死で我慢をしていた。短気は損気である。


「んむ――……なんかの、敵に小型の砲艦が多いじゃろ? こわ……気にならぬか?」


「怖いじゃろ?」と付け加えようとして、女王は思いとどまった。自身の沽券の関わるから、ちょっとだけ慎重なのだ。


「ええ、いますね。それが何か?」

「うむ。エリザは艦隊主力に横陣を敷かせ、正面から突入して敵旗艦を狙うつもりなのじゃろうが――どうも余は砲艦が気になるのじゃ」

「数合わせの一環でしょう。あんなものが何隻いたところで、エリザ=ド=クルーズの勝利は疑いようもありませんよ」

「しかし、あんなものでも輸送艦が囲まれる事態となれば、損害は馬鹿にならぬ」

「もとより海戦です。大砲を撃ち合うんですから、無傷という訳にはいかないでしょうね。でも――勝てます」


 肩を竦め、メアリーは苦笑している。海戦を知らぬ女王が、敵を恐れているのかと思った。それが悩みなら杞憂だし、解消することなど簡単だ。

 眼前に布陣したサマルカード海軍など、自分だって打ち破れる。だというのにエリザが敗れる道理など、どこにも無いと思ったから。事実、そう言った。

 しかしヴィルヘルミネは「ううむ」と唸り、未だ困惑顔を浮かべている。


「海戦に勝っても、余の陸軍が損害を受けては意味がないのじゃが、じゃが?」

「そんなこと言ったって、状況的に無傷という訳にはいかないでしょう。二百や三百の損害は、覚悟した方がいいですね。まあ、よっぽどの奇策を巡らせるか、撤退でもすれば兵を失わずに済みますが――……」

「んむ、んむ」


 ヴィルヘルミネは我が意を得たとばかり、高速で首を縦に振ってる。そう、それ! 余は撤退したいのじゃ! と思っていた。でも自分からは言い出せないし、だからメアリー、お願い言って! てなモンである。


「ああ、もしかして――……」

「んむ。その、もしかして、じゃよ」

「流石はヴィルヘルミネ様だ――……私に勝っただけのことはある」

「ウハ、ウハハ! 流石はメアリー=ブランドン。余を苦しめただけのことはあるの。理解が早くて助かるのじゃ」


 良かった。メアリーがエリザに撤退を進言してくれるぞ! と思ったから、赤毛の女王は上機嫌だ。

 メアリーも頷き、なるほど――と納得をした。

 流石は軍事の天才ヴィルヘルミネ。より完璧な勝利を収める為の、何か奇策を思い付いたに違いない。その為に自分が必要だから話しかけ、こうして呼び出したのだと思ったから。


 確かにエリザ=ド=クルーズが戦えば、敵艦隊を撃滅することは容易いだろう。しかし、その際に輸送艦に乗った歩兵を多数失えば、戦地へ着いても戦えないのは道理。だから彼女とは別に、何らかの形で女王は兵を動かすつもりなのだ。

 そう考えたからメアリーは、女王が中でも自分を尖兵にするのだろうと理解した。それが奇策の正体だ。痛快だった。


「恐縮です――……まさか陛下が、私をこのように扱うとは。ハハ、アハハハッ!」

「フハ、フハハハハ! この任務を任せられる者など、卿をおいて他にいないのじゃ!」


 赤毛の美少女と美女が、二人して腰に手を当て高笑いをしている。実際、女王はメアリーを使う気マンマンであった。なにせ彼女こそ、敗北を知る女なのだ。

 撤退がヴィルヘルミネの意図であれば、敗北を知る女なら分かるだろう? というのが理屈であった。なので間違っても奇策を用い、敵の砲艦をどうこうしようという話ではない。

 だけどメアリーは女王が絶対的な勝利を得る為の奇策として、自分を使うのだと考えた。であれば体中の血が騒ぎ出し、背筋がゾクゾクするのである。


 かつて海賊であったころのメアリーは、敵に対して誰より残酷であった。

 敵船に乗り込み縦横無尽と斬り込んで、有無を言わさず全てを奪う。金も物資も命さえも――だから付いた渾名が、「血塗れ(ブラッディ)」だったのだ。


「ハハッ、アハハッ――つまりヴィルヘルミネ様は敵の主力艦隊をエリザに任せ、砲艦の群れを私に倒せと――今さらながらに海賊へ戻れと、そういうことなんだろうッ!? それが奇策ってわけかいッ! アハハハハッ! 面白いじゃあないかッ! そういう使い方をされてこそ、私も本懐を遂げられるってもんだよォ!」

「ぷぇ?」


 え、ちょっと待て、違うのじゃ! なんてヴィルヘルミネは思ったが、もはや事態は回転を始めている。そこで扉がノックされ、金髪の女将軍が入室して――。


「ヴィルヘルミネ様――……メアリー=ブランドンッ! 貴様ッ!?」


 部屋に足を踏み入れるなり、腰の軍刀サーベルに手を掛けゾフィーが唸る。

 これを見てメアリーはニヤリと笑い、肩を竦めて見せた。


「ああ、やはり猟犬ゾフィー、あんたもか。ヴィルヘルミネ様は所望だよ――私たちに敵の砲艦へ斬り込み、拿捕してサマルカードの連中に吠え面かかせろってねぇ!」

「……ぷ、ぷぇ!?」


 可哀想なヴィルヘルミネは、脳筋二人に囲まれて。こうなれば撤退こそ、もはや誰の目にも夢物語なのだった。

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― 新着の感想 ―
何か、男性よりも女性の方が攻撃的と言うか勇ましいと言うか...もはやミーネ様好みの女性がそんな部類なのでは...?
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