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27 久しぶりだね、ブラッディー=メアリー

 

 二月中旬に聖都を進発したヴィルヘルミネは五万の兵力を艦隊に分乗させ、パレストリ半島を離れた。途中リケティ島を経由しつつ海路を南下し、メンフィス最大の港町、エスケンデレイを目指している。

 しかしキーエフ、ダランベルの連合艦隊をサマルカード王国が見過ごす筈も無く、直ちに艦隊を派遣――三月四日、エスケンデレイ沖合三十キロの地点で海戦が勃発した。

 

 艦隊の主力はヴィルヘルミネ軍が十五隻の戦艦と十隻のフリゲート艦であるのに対し、サマルカード王国は八隻の戦艦、そしてニ十隻のフリゲート艦だ。

 双方とも主力艦隊の火力おいては伯仲していたが、しかし予備兵力を含めるとなれば、状況は様変わりした。


 ヴィルヘルミネ側には七十隻にも及ぶ輸送艦があり、これは積載量こそ大きいが武装は貧弱だ。ましてや目的は、この輸送艦が運ぶ兵員や軍馬、武器や物資をエスケンデレイへ運ぶこと。であれば輸送艦隊こそ主力艦隊が守るべき要であった。


 対するサマルカード王国の予備兵力は、小型の砲艦が五十隻だ。

 これはサマルカードの国王スルタンムハンマドがヴィルヘルミネの意図をエスケンデレイ上陸であると見越し、輸送艦隊を水際で撃滅すべく、海上兵力を結集した結果である。

 となれば大規模な艦隊決戦を好む海軍司令ジェッザー・パシャは不本意でも、ヴィルヘルミネを上陸させぬ為には、集められた砲艦五十隻を決戦兵力として使わざるを得なかった。


「ジェッザー……戦いはまず、勝つことだ。いかなる戦法を用いようと、勝者となれば賞賛される。わかるな?」

「御意。偉大なるスルタン・ムハンマドの御名をティオキア海の南端より、遠く西方諸国の隅々まで知らしめて参ります」


 海上都市と名高いサマルカードの王都ファールスの宮殿にて、ジェッザー・パシャはムハンマドの勅命を受けた。

 思慮深さで名を馳せる浅黒い肌の美しい国王スルタンは、心の込もらぬ部下の言動に眉根を寄せ、頭を左右に振っている。


「余の名など、どうでも構わぬ。ただ――……このままではエウロパの国々が世界の富を独占するであろう。それは、断じて阻止せねばならぬのだ」


 ムハンマドは予てより、エウロパ大陸の国家が様々な国を植民地とすることに不満を抱いていた。中でもメンフィスはかつての保護国だから、取り戻す機会を伺っていたのだ。

 ゆえにキーエフ帝国が兵力を西方へ向けた今こそ、いよいよメンフィスの覇権を手中に入れんと欲したのである。


 そこへヴィルヘルミネが艦隊を率い現れたのだから、ムハンマドにしてみれば、とんだ横やりだ。以前は共にキーエフと敵対することも可能だと考えていただけに、その怒りも大きかった。


「ヴィルヘルミネめ――……王冠を頭上に戴けば、途端にキーエフなぞに尻尾を振るか。ならば、このまま海の藻屑と消えるがよい」


 ムハンマドの呟きが、執務室の高い天井に響いている。十六歳で即位してより十一年、彼は国王スルタンとしての政務を一切、滞らせたことがない。

 その代償と呼べるのだろうか――ムハンマドは未だ独身で、女性を知らないままなのであった。


 ■■■■

 

 国王スルタンムハンマドはエウロパの東――西部エイジア大陸最大を誇る国家の君主である。それが北はペテルブルク帝国と同盟を結び、盤石の態勢で軍を南下させたのだ。状況はシャレになっていない。

 つまりヴィルヘルミネは最悪の場合、遠く祖国を離れた五万の兵力で、北方より押し寄せるサマルカードの大軍と戦うことになる、ということであった。

 

 しかもサマルカード王国はエイジア大陸最強と呼ばれる奴隷兵軍団マムルーク、そして国王親衛隊イエニチェリを擁しており、全面戦争となれば未だ中小国のダランベル連邦王国に勝ち目はない。

 今回はあくまでもメンフィスへ支援に行くだけなのに、いきなりサマルカード軍に目を付けられたと、だからヴィルヘルミネは涙目であった。


 ……いや、最初から敵はサマルカード軍なので今更ガクブルするなら、もっと考えてから動け――という話なのだが。


「うわぁ……敵が、いっぱいいるのじゃ」


 ヴィルヘルミネは艦隊の総旗艦リンドヴルムの甲板で敵を見ながら、赤毛を潮風に揺らしている。百六十センチを超える程に身長は伸びたけど、心は臆病なままの女王だ。身体をプルプルと震わせビビリまくり、ヴィルヘルミネは今にも「全艦撤退!」と言い出しそうな雰囲気であった。

 しかし彼女の隣に立つ第一海軍卿は不敵に口の端を歪めながら、極太の葉巻をくゆらせている。


「ああ、いっぱいいるねぇ――……サマルカードの鼠どもが」

「あ、いや、しかしの、エリザよ。鼠と言えども数が多すぎれば、倉庫に穴を開けることもある。さすれば中身の小麦は持ち去られ、明日の食事にも困るということに……」


 言外に「逃げようよ!」という意味を込め、赤毛の女王は言ってみた。しかし黒髪黒目の女提督は女王の意見を一顧だにせず、艦隊の陣形を変えている。


「全艦隊艦首を敵へ向けろ! 鼠狩りの時間だよッ!」

「ぷぇっ……」

「さ、女王様は吉報を部屋で待っていておくれ」

「ぷぇ……?」

「邪魔だって言ってんだよ、さぁ!」

「――で、あるか」


 ヴィルヘルミネは諦めたように肩を落とし、そのままトボトボと自室へ引っ込んでいく。確かに海戦であれば自分の出る幕など無いし、そもそも射程距離に入れば砲撃の応酬だ。超怖い。

 と、自室へ戻る途中でヴィルヘルミネはキーエフ側の連絡士官とすれ違い、くい――と彼女の袖を引く。見覚えがある顔だし、そもそも連絡士官として旗艦への座乗を彼女へ求めたのは、このポンコツ女王であったから。


「良いところで見つけた。さ、メアリー、メアリー、こっちへ来るのじゃ」


 袖を引かれた士官は頬を引きつらせ、「いや、小官には仕事が」と首を左右に振っている。だが赤毛の女王は眉をキッと吊り上げ、「ダメ」と駄々っ子の様相だ。


「こ、こっちってどっちですか? いや、そもそもダメですよ! 私は忙しいので……!」

「卿の忙しさなど、知ったことか。とにかく、さ、余の部屋に来るのじゃ」

「ダメだって言ってんだろ、コラ! 私はあくまでもキーエフの将校なんだぞ――それが、アンタの部屋になんて行けるワケがないだろッ!」

「大丈夫じゃ! 余が良いと言うておるのじゃからして、して!」

「あ、コラ! 引っ張るな! ふざけやがって! 一回勝ったからって、調子に乗るなよ!」

「そうじゃ! 卿は以前、余に負けたのじゃ! だから潔く、今回は余の命令を聞くのじゃ!」

「そうだけど! 負けたけど! でも、だからってッ……! うわ、袖が取れる! い、行くから、行くから引っ張らないで下さいって……! ほら!」


 こうしてヴィルヘルミネは一等戦列艦にして総旗艦たるリンドヴルム、その艦尾に備えた自らの豪奢な個室へと、ブラッディ・メアリーこと、メアリー=ブランドンを誘うのであった。

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