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26 密談


 グランヴィル一区にある陸軍省の庁舎を出ると、オーギュストは迷うことなく五区の下宿を目指して歩き出す。早々に部屋を引き払い、逮捕命令が出される前にグランヴィルを去ろうと、そういう決心であった。


 確かにオーギュストは兄に対し、「断頭台へ送れ」と言いはした。だからと何もせず、殺されてやるつもりなど毛頭無い。

 といって反革命の勢力に身を投じても、所詮は有象無象の集まりだ。国内の混乱に拍車を掛けるだけだし、そんなことをアデライードが望むとは思えない。

 それならいっそダランベル軍へ身を投じるかと考えたところで、ふとオーギュストは背後に追われる気配を感じていた。


 ――なるほど。容赦無しってことかい、兄さん。まったく、いつから王都は秘密警察の跋扈する街になったのやら。恐怖政治テルールも、ここに極まれりってね。


 口元に薄く笑みを湛えて、オーギュストは相手の正体を探ろうと裏路地へ入る。秘密警察や刺客の類であれば、容赦なく始末するつもりだ。


 オーギュストは素知らぬ顔で暫く歩くと、曲がり角を境に駆け出した。尾行者が自分を見失ったタイミングで物陰に身を潜め、腰の軍刀サーベルを抜く。

 慌てた尾行者はオーギュストが曲がった角の先でキョロキョロと辺りを見回し、腰に手を当て溜息を吐いていた。


 ――どうにも鈍いヤツだな、尾行が下手過ぎる。って……ん? アイツは――……。


 追跡者は小柄で丈の長いコートを羽織っていた。目深に被った帽子の下を、黒縁の眼鏡で彩ってる。その姿に、オーギュストは見覚えがあった。


「――おい、ダントリク。俺なんかを尾行して、一体どうしたんだ?」


 オーギュストは物陰から抜け出して、ダントリクの背後に回り声を掛けた。軍刀サーベルを鞘に戻す音が、キンと響く。

 ビクリと肩を震わせて、黒髪の男装少女が振り返った。


「わっ! いつの間にッ! き、気付いていただかッ!?」

「気付くも何も、尾行が下手過ぎるんだよ」

「は、話があったんだども、大通りだと目立つから。それで――……声を掛けるタイミングを見計らっていたんだべさ」

「話? ああ……以前に話した計画のことなら、悪いが俺はもう力になれそうもない」


 ガリガリと銀色の頭を搔いて、オーギュストは申し訳なさそうに言った。


「それってウェルズ軍かリスガルド軍の迎撃を命じられたけど、断ったから軍籍を剥奪されるってことだべ?」


 ダントリクは眼鏡のブリッジに指を当て、真実は一つとばかりに推論を披露した。


「ああ、そうだ。どうしてそれを?」


 ダントリクは一瞬だけ周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認してから言葉を紡ぐ。


「その件で、頼みがあるんさ」


 ダントリクはオーギュストの手を引き、物陰に連れ込んだ。そこで帽子と眼鏡を取ると密着し、銀髪の青年の背中に腕を回している。傍から見れば恋人たちが抱き合い、イチャついているような恰好だ。


「お、おい、ダントリク。俺はバルジャン閣下と違って、男同士でそういう趣味は――……」


 オーギュストは言いながらも、ダントリクの美貌に見惚れていた。これなら男でもイイ! と思ったバルジャンの気持ちが今なら理解できる。だが必死で在りし日のアデライードを思い出し、ダントリクの妖艶な瞳から目を逸らすのだった。


「オラだって、こんなことすんのバルジャン閣下以外は嫌だべ。だけど、こうしていたら――傍目には密談しているとは思われねぇから……さあ、ほら、オラの背中にも手を回すだ」

「あ、ああ……そういうことなら、ああ、ああ、そうだな。で、頼みってのはなんだ?」

「ランベール将軍には、国防委員会の任務を受けて欲しいんさ」

「すまないが、それは出来ない。俺はアデリーを殺した奴等の手先になんか、なりたく無いんでね」

「だったら、革命政府を倒したくねぇんだべか?」

「そりゃあ、倒したい」

「なら、素直にオラの言う事を聞いてくんろ。委員会がランベール将軍にリスガルド軍やウェルズ軍を叩けと命令するからには、一個師団以上の戦力を指揮下に入れられるんだべ? これは、願っても無い好機なんだから……」

「ああ。つまりダントリク――お前の狙いは、俺にクーデターを起こさせることか?」

「違う、そうじゃねぇだ。バルジャン将軍ならまだしもランベール将軍じゃあ役者不足だし、そうしたところでヴァレンシュタインの足が止まるとは思えねぇ」

 

 オーギュストの胸に顔を埋め、くぐもった声でダントリクは言う。

 銀髪赤眼の将は、苦笑を浮かべるしか無かった。


「まあ、確かにな。だが、それならどうする?」

「だから、まずは外敵を倒して、ランスの新たな英雄になってくんろ」

「おいおい、簡単に言うなよ。だいいち俺が英雄になっても、それで革命政府が倒れるワケじゃあないだろう?」

「そこから先の手は、既に打ってあるだ」

「ほう……どんな?」


 ダントリクの言葉に、オーギュストの心は揺れていた。元より共に雌伏し、革命政府を倒そうと誓った仲だ。目的を果たせるのなら、頼みを拒む理由などない。だから必然、小柄なダントリクを抱きしめる腕に力が入っていく。


「く、苦しいべ……」

「早く説明をしてくれ」

「んっくっく……オ、オラな、今、ヴィルヘルミネ様と連絡を取っているべ。だから――……」


 ダントリクはギュウギュウ抱き締められながらも、喘ぎ喘ぎ説明をした。息苦しいが、それだけオーギュストが真剣に聞いていると思えば、仕方が無い。

 そうして話を聞き終えた銀髪の将は、小柄な黒髪の少女を思いっきり抱きしめて。


「確かにミーネなら――いや、ヴィルヘルミネ様なら――……ハハ、ハハハハハハッ!」


 オーギュストはダントリクを抱いたまま、路地でクルクル回っている。傍から見ればバカップルが一組、何やら幸せを叫んでいるようにしか見えなかった。


「ぐえっ! く、苦しいべ~~~!」


 ともあれオーギュストは悲鳴を上げるダントリクを放すと踵を返し、来た道を再び歩き兄の下へと戻るのだった。


 ■■■■


「オーギュスト=ランベール、入ります」

「お、おお……オーギュ、よく戻ってくれた。で、考えを改めてくれたのか? な、そうだろ? な、な?」

「はい。国家存亡の時とあらば、微力を尽くすべきではないかと考えを改めました」

「ああ、良かった。本当に良かった。ありがとう、ありがとうな、オーギュスト」


 頭を垂れて感謝の言葉を述べるファーブルの頭髪は、思えば若干薄くなっていた。不気味に輝く赤い眼光の下には、どす黒い隈がある。近頃は夜な夜な死者が夢に現れ、ファーブルに正義の在処を問うからだ。これも己の正義に妄執する余り、罪なき人を断頭台へ送り続けた弊害だろう。


 オーギュストはそんな兄を見下ろして、幼き日の思い出に蓋をする。今後、兄と同じ夢を見ることは無い。なんとなれば彼を断頭台へ送るのは、きっと自分になるからだ。


「礼には及びません。早速リスガルドの二個軍団を撃滅すべく、行動を開始します」

「ああ、ああ、よろしく頼む。頼りにしてるぞ、弟よ!」

「お任せ下さい、国防委員長閣下」


 こうしてオーギュスト=ランベール少将は一個師団一万一千を率い、一路リスガルド軍二万五千が展開する西方国境へ向かうのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お疲れ様でした。 革命政府の信用を得るためにとはいえ、三日天下な英雄に成るためにミーネ様と戦う必要はないから、相手は諸外国の何処かか、ヴァレンシュタイン率いる帝国かなぁ?
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