24 ヴィルヘルミネ、お怒りを表明する
聖都カメリアにあってヴィルヘルミネの幕僚達は、キーエフの要請に応えるも止む無し――という方針を纏めていた。もとより赤毛の女王が考えあぐねた挙句に部下へ相談した案件なのだが、しかし求めていた結論が出たにも関わらず、ヴィルヘルミネの腰は重い。
――ううむ。やはり、どうにかマリー様を助けられぬものか……。
ランスの幼年学校時代、何くれとなく世話を焼いてくれた王妃マリーに対して、ヴィルヘルミネは図らずも母の面影を見ていた。
といって実年齢が親子ほど離れていた訳ではなく、ただ茶会などに招かれているうち、母が生きていたら、こうしたことも出来たのだろうなぁと漠然と考えていたのだ。
それに一国の主たる公爵家に生まれたヴィルヘルミネにとって王妃マリーは、唯一と言って良い目上の女性であった。だから「幼年学校で虐められている(勘違い)」という悩みを告白したこともあるし、淑女としての作法を教わったこともある。
有体に言えば赤毛の女王は、ランス王妃のマリーを慕っていたのだ。それで、迷う。
国家として取るべき道を考えれば、言うまでも無くキーエフの要請を受け入れた方が良い。それは幕僚たちの議論によっても明らかだ。
しかし一方で正しい道を選ぼうとすれば胸の内を過るのは、幼年学校時代を過ごしたランスにおける王妃マリーとの思い出なのである。
そうして悩むヴィルヘルミネの下に、衝撃の報が齎された。去る一月二十二日、ランス国王と王妃が同時に処刑されたという。
報告の手紙は余りにも明確に書かれた文章で、読めばまるで自分がその場にいるように感じられた。
無論これはダントリクが偽名を使って書いた手紙だから、ヴィルヘルミネはまだ、彼女が暗躍していることを知らない。
それでもヴィルヘルミネは文章に共感し、怒り、悲しみ――……そして民主共和への嫌悪感を抱いたのだ。中でも一番大きなものは、アギュロンに対する憎しみであろうか。
それは手紙によってダントリクが巧妙にヴィルヘルミネの思考を誘導したとも言えるが、ともあれ女王は以後この報告を齎した者を、ダントリクとは知らぬまま重用することとなる。
お陰でダントリクの方はヴィルヘルミネが自分の正体を知ったと考え、「我が事なれり!」と確信(勘違い)するのだが――その結果はまぁ、まだ先の話であった。
ともあれベッドの上で読んだ手紙を無造作に投げ捨て、ヴィルヘルミネは起き上がりこぼしのようにピョコンと身を起こす。
悲しみに涙する時間とて無い事は承知しているし、そもそも怒りや憎しみの方が感情としては勝る。であれば動いている方が、多少なりとも気が楽だったのだ。
■■■■
「シャルル陛下とマリー様がお亡くなりにあったとあれば、余がランスの為に出来ることなど最早無い。どころか、あのような国はいっそ――……地上から消えてしまえば良いのじゃ」
自身が引き籠るスイートルームに諸将を集め、眉を吊り上げヴィルヘルミネは言った。楕円の長机も上座を占めて、珍しく真っ当なお怒りを表明した女王だ。
しかし話はそれで終わらず、彼女は続く言葉でメンフィスへ向かうことを告げた。
「とはいえ迷う材料が消え、我が軍の目標が定まったことは僥倖と言えよう。もはやランスを攻撃するキーエフの味方をするに、何の躊躇いとてあるものか。すぐにもメンフィスへ向かい、帝国の後方を侵す蛮族どもを蹴散らすのじゃ」
集まった諸将の顔にも、怒りと苦悩の色がありありと浮かぶ。特にエルウィンなどはランスの駐在武官であったから、王と王妃の最後が無念でならなかった。
とはいえ、それはそれだ。ピンクブロンドの髪色をした青年は女王に向き直ると、次の軍事行動に関する質問をした。彼の席は女王の右手、正面には金髪のゾフィーが座っている。
「御意。ところでメンフィスへ向かう際、陛下は麾下の全軍をキーエフの軍艦に乗せるおつもりなのでしょうか?」
「まさかの――……我が海軍も呼び、分乗するのじゃ。流石にキーエフの艦隊だけでは心配じゃからの」
根がビビリのヴィルヘルミネは第一海軍卿たるエリザに命じ、海軍を動員するつもりであった。だいたいキーエフは、元来からして仮想敵国なのだ。そんな国の海軍に自分の身を預けて眠れるほど、ヴィルヘルミネの神経は図太くない。
もっとも、そんな個人的理由で海軍を呼ぼうとしていることなど、諸将には分からなかった。けれど自国の海軍も呼ぶというのは良い案で、皆も「なるほど」と唸っている。
「流石はヴィルヘルミネ様、抜かり無いッスね!」
アンハイサーなど手をパンと叩き、主君を称えている。
「んむ、余に抜かりは無いのじゃ」
「せっかくだから、抜かりの無いヴィルヘルミネ様の絵を描かせて貰ってもいいッスか!?」
「ダメじゃ。座り続けるのは疲れるのじゃ」
「じゃあ、立った状態で!」
「もっと疲れるから、もっと嫌なのじゃ」
「えー――……」
ションボリとしたアンハイサーに代わって、エルウィンが発言をした。
「帝国が下らない策を弄して、我が軍をあらぬ場所へ導く可能性もある。それを考えればクルーズ提督が近くにいるというのは、何とも心強いことですね」
「んむ」
大きく頷くヴィルヘルミネを見て、ジーメンスとイルハン=ユセフが僅かに頬を綻ばせた。なぜなら義兄弟の契りを結んだカミーユ=ド=クルーズも、ヴィルヘルミネが艦隊を呼ぶのなら、必ず来ると思ったからである。
お読み頂きありがとうございます!
面白いと思ったら感想、評価、ブクマなどを頂けると励みになります!




