23 正義の為に
「余の死が皆の為になるのなら、喜んでこの命を差し出そう」
そう言ってから処刑台への階段を登っていくのは、ランス王シャルルであった。視線の先には幾人もの血を吸った断頭台が、陽光に煌めき鈍い輝きを放っている。
マルス広場に集まった群衆は、かつて崇めた王の姿に固唾を飲んでいた。
王の顔は長々と幽閉されていたせいか、はたまた処刑に恐怖しているせいか、やや青白い。しかし足取りはしっかりとして、態度も堂々たるものであった。
「――跪け」
処刑台の上で、無情な処刑人が王に言葉を掛ける。
シャルルは言われたとおりに淡々と膝をつき、身体を前に倒して断頭台に首をのせる。己の命があと数分で尽きるというのに、それほどの後悔はなかった。
革命政府の首班たるマクシミリアン=アギュロンも処刑台へ登り、国王に一瞥をくれてから演説を打つ。
「見よ、ここに跪き裁かれる男の姿をッ! 十年以上の長きに渡りランス国王として君臨せし、我等が敵だッ!
しかし我々は勝利したッ! なんとなれば今より、ランス王シャルルの首が落とされるからだッ! 祝え友よ、革命の完璧なる勝利をッ!」
拳を振り上げ、アギュロンは甲高い声で群衆へ呼び掛けた。
「分かっているのか、アギュロン。余を殺せば、諸外国に攻め入る口実を与えるのだぞ……」
呆れたような口調でシャルルは言い、目を閉じた。いまさら足掻く気にもなれず、ただ諦観だけが心を占めている。
「それでも、あなたを殺さなければ革命が頓挫するのです」
「だからといって、そなたの革命はランスの民を守れるのか?」
「これは民の為の革命であり、即ち正義なのです。であれば我々は最後の一兵になるまで戦いますし、そもそも正義が負けるはずなどありません」
「正義? そなたの言う正義とは、一体何なのだ?」
「大義の為ならば、いかなる犠牲も手段も厭わない。それが正義の本質でしょう」
「馬鹿な。そんなものが、正義なものか。アギュロン――……そなたは狂っている。いや、狂ってしまったのだな」
「……だとしても、もう後戻りなど出来ません」
「ならば断頭台はいずれ、そなたの血をも欲するぞ」
二人の会話は、ここで途切れざるを得なかった。
群衆の叫び声が広場に鳴り響き、冬の寒空を震わせたからだ。
「「「「「王を殺せ! 王を殺せ! 王を殺せ!」」」」」
シャルルは最後に群衆を見て、さほど大きくも無い声で言う。
「政治など、どうでも良いのだ。皆が幸福でさえあれば――……」
――ドンッ。
処刑人の振り下ろした斧が、断頭台の天辺に刃を止めている綱を断ち切った。巨大な刃が断罪の音を立てて滑り落ち、シャルルの首を跳ね飛ばす。
真紅の花が咲き乱れ、肉体を失った首がゴロリ――転がった。不思議と涼やかな王の死に顔に、群衆はハッと息を飲む。
彼等は、ようやくにして気付いたのだ。王には殺されるに値する罪など、最初から無かったのだということに……。
王妃マリーの処刑も同日で、一月二十二日の午後だった。
どうせ処刑をされるのなら夫と同じ日がいいと、王妃たっての願いだったのだ。
彼女は震える足で処刑台へ上がる時、案内役の男の足を踏んでしまう。だから素直に謝罪した。
「あら、ごめんなさいね。わざとでは無くてよ。だって、足が震えるものだから」
最後の言葉が余りにも庶民的だったから、群衆も何だか熱意を失った。そもそもなぜ、国王や王妃を殺す必要があったのか。そんな疑問が誰の胸の奥からも、沸々と湧き上がってくるから不思議である。
もっとも――そうした下地は既にして出来ていた。なぜならダントリクが首都グランヴィルにあり、密かに反革命の活動を行っていたからだ。
彼女は地下に潜ったポール=ラザールに接触し、立憲君主派の火を絶やさぬ為の新聞社を創設した。その中でダントリクは記者としてペンを走らせ、偽名を使ってアギュロン率いる公正党の恐怖政治の罪を鋭く批判している。
そうした甲斐もあり近頃は民衆も、アギュロンの革命政府に対して疑惑の眼差しを向けていた。ましてや戦えば連戦連敗で、ヴァレンシュタインを退けることが叶わないという戦況では猶更だ。
逆に言えばアギュロンとしては国王一家の処刑を餌に、軍が連戦連敗という実情を庶民の目から逸らしたい。
だがアギュロンの思惑もマリーの処刑が終わると、突如として降り出した雨と共に流れていくかのようだった。何故なら民衆は自分達が「殺せ」と叫んだにも関わらず、国王夫妻の死を悼み、いつの間にやら献花の列を作ったからである。
■■■■
国王一家を処刑した翌日、ランスの国民議会は大いに荒れた。まずは右派と呼ばれる議場の右手に座っている議員達が口火を切って、十人委員会の専横を批判する。
「国王の処刑は止む無しとしよう。しかし、同日に処刑された人数が述べ十八人というのは、些か多すぎる。それも十五人までが十人委員会に批判的だった政治犯だと言うからには、専横もここに極まれり――というべきではないのか?
恐怖政治も度が過ぎれば専制の時代と同じ、暗黒の歴史を繰り返すことになりますぞ、アギュロン殿。それとも今度は、貴殿が王になるおつもりか?」
痛烈な批判を耳にして、十人委員会を率いるマクシミリアン=アギュロンは、今まで瞑っていた目を開く。
「議長、発言をよろしいですか?」
「発言を認めます、アギュロン君」
右派の議員と入れ替わり、演壇に立ってマクシミリアン=アギュロンが悠然と語り出す。
「専横と言うが、あなたは今、何をされましたかな? 今の発言が私や十人委員会に対する批判の演説であるのなら、これぞ言論の自由! まさに議論というものです! つまり専横には当たりませんッ!」
「ハッ――アンタのことだ。後で批判演説をしたヤツを、ギロチン送りにするんだろう!」
傍聴席からヤジが飛び、アギュロンはチラとそちらへ目を向けた。
「ええ、ええ、悪くない手です。何でしたら、あなたもご一緒に……」
「ワハハ」とアギュロン率いる左派の後ろから、盛大な笑い声が聞こえている。今や議場の左から中央に掛けてが、アギュロン率いる公正党の勢力範囲だ。議員の過半数は、とっくに超えていた。当然その後ろにある傍聴席も、アギュロンのシンパということになる。
「というのは、冗談ですが――……現在はヴァレンシュタインが十五万の兵を率い、国内を闊歩している状況です。
だというのに彼等――処刑した政治犯どもですが――は皆、敵を利するような行為をした。つまり彼等は我々が血と汗を流して勝ち取った革命の成果に、唾を吐いたのです。
それを踏まえた上で、なおも私がやり過ぎだと仰るならば、その罪は甘んじて受け入れましょうッ!」
流石に弁舌をもって一国の指導者となったアギュロンは、淀みなく堂々とした物言いだった。何より己が正義を信じて一歩も引かず、真っ直ぐ前だけを向いている。だからと議場の左側、左派と呼ばれる議員たちは拍手喝采だ。
「いいぞ、いいぞ、先生! 利敵行為をする奴等は、みんなギロチン送りにしちまえ!」
そうした声に片手を上げて、アギュロンは演台から降りていく。
「流石は先生だ! 勇気と義侠心が揃ってらぁ! 俺ぁアギュロン先生に賛成だぜ!」
傍聴席からも大きな声で、アギュロンを讃える声が響いている。続くのは地鳴りのような足踏みと、割れんばかりの拍手喝采だ。
そんな中で帽子を目深に被った眼鏡の少女が一人、必死でメモを取っていた。帽子の端から溢れた黒髪はボサボサで、白いシャツは黄ばんでいる。
けれど瞳は爛と輝き怨嗟に満ちて、演壇を降りていくマクシミリアン=アギュロンに向けられていた。
――アギュロン。誰が何と言おうとオラだけは、オメェを絶対に許さないかんな。オメェがバルジャン将軍を殺した証拠、今に必ず掴んでやるんだべさ。
ダントリクは病気療養と称し、軍に長期休暇の願いを出している。給料は三分の一に下がってしまうけれど、そうしていれば身動きは自由だった。
家に帰ると彼女は走り書きのメモを二通清書して、急ぎポール=ラザールの下へ向かう。一通は記事にして貰い、あと一通はヴィルヘルミネの下へ届けて貰う為である。
だからこそ赤毛の女王は、誰より正確なランスの情報を知っていた。
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