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22 女王、悩む


 教皇宮を占拠したダランベル連邦軍であったが、しかしヴィルヘルミネはそこを拠点とするような真似はしていない。教皇庁の幹部たちは、この一事をもって赤毛の女王に対する態度を随分と軟化させていた。


「神をも恐れぬ乱暴者かと思ったが、あの小娘、意外や道理を弁えておるではないか」

「うむ。なんとなればキーエフの皇帝より、物分かりが良いかも知れぬなぁ」


 もちろん俗物なヴィルヘルミネは、当然ながら世間の道理は弁えていた。そもそも神聖不可侵をもってなる教皇宮をウッカリ占拠しちゃったワケだから、天罰が怖くて仕方が無い。であれば物分かりだって、当たり前でキーエフの皇帝よりは良くなって当然だ。

 なので女王は即座に撤収するや、慌ててホテル・クインシーに引き籠った――という次第なのである。

 

 それに教皇宮を拠点にしようにも、ここで生活をする為には厳しい戒律があった。例えば朝夕の礼拝を欠かさず、週に一度は必ず典礼ミサに参加するなどだ。そんなもの遅寝遅起き、休日はベッドが友達というポンコツ女王に出来る訳が無い。

 

 だからといって一旦は本国へ帰るにしても、北の山脈は冬の大雪で閉ざされ通行止めだ。海路を行くにしても、辺りはキーエフの内海とも呼べる海である。海軍を呼び強引に撤収などすれば、またぞろ外交問題に発展しかねない。ただでさえキーエフとの関係は今、ナイーブなのだ。

 という訳でヴィルヘルミネは図らずも、春までは聖都カメリアに居座らざるを得ないのだった。


 だが引き籠りは女王本人だけで、彼女の部下達は精力的に動いている。

 ゾフィーはトマ=ソナクを介して聖堂騎士団を完璧に掌握し、順次解体した。その上で一部部隊をダランベル連邦軍へ編入させ、戦力の増強を果たしている。


 エルウィンは解体された聖堂騎士団の一部を再編成し、聖都に新たな警察組織を発足させた。そして治安維持と宗教組織を分離させるべく、自らが長官職に就いている。というのも枢機卿であるルクレールがカメリアの執政官を兼ねた為、友人であるエルウィンを推挙したからだ。


 一方ライナーとアンハイサーの両師団長は、聖都カメリアから二手に分かれて南進し、パレストリ半島南部にいる枢機卿たちを迎えに行った。いや――迎えと言えば聞こえは良いが、有体に言えば拉致であり、各地に散らばった抵抗勢力を排除する為の進軍だ。

 こうしてパレストリ半島を着々と手中に収めていく、引き籠りのヴィルヘルミネなのであった。


 ■■■■

 

 年も明けて一月も下旬になると、枢機卿会議コンクラーヴェの知らせを聞いた枢機卿たちが、聖都カメリアに到着しはじめた。彼等が街を見て驚くのは、新たな制服に身を包んだ警察組織が治安を守っていることだ。


 かつての聖都は聖職者であらねば、肩身の狭い思いを強いられた。それが今では市民こそ第一と、女王の軍隊や警察が目を光らせている。


「ああ……今や聖都の主は、まさしくヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントに違いない」


 このように嘆く者も少なく無かったが、しかしヴィルヘルミネは強大な武力を持っている。逆らうことなど、決して出来ない。

 だから、女王が望む者を教皇にせねば生きてカメリアを出ることは叶わぬと、枢機卿の誰もが諦観を胸に抱くのだった。


 そうした情勢の中でエルウィンを始めとした各師団長たちは、女王の引き籠るホテル・クインシーのスイートルームに呼ばれている。久しぶりの集合だ。

 彼等を呼んだヴィルヘルミネは「ううむ、ううむ」と唸りながらも席に着き、無駄に長く美しい足を組んでいた。


 赤毛の女王は先日、ランスの情勢に関する報告を使者から聞いて、「うー、やべぇ。みんなを集めて相談じゃ!」と思ったのだ。

 だから皆を呼びつけ整列までさせたのに、元来が自分の殻に閉じこもる性格なものだから、会話の口火も切れなくて、こんな風に「ううむ、ううむ」と唸っている有様なのだった。


「何かございましたか、ヴィルヘルミネ様」


 女王の性格を熟知しているエルウィンが、静かにそっと声を掛ける。こんな時はお菓子の一つも渡すと機嫌よく喋りだすのだが、幕僚を集めた会議では、そんな訳にもいかないのが現状だ。

 ジトッと視線だけを上に向け、怜悧な紅玉の瞳で一同を見回すと、ヴィルヘルミネは低めた声で不愉快そうに言う。問われたからには答えねばと、今更ながらの責任感であった。


「うむ、ランスの件じゃ。戦闘はヴァレンシュタインめが連戦連勝だという話なのじゃがの――……しかしランスの革命政府は抵抗を止めぬらしい。どころか、いよいよもって国王一家を処刑すると宣言をしたそうじゃ」

「それは――……」


 女王の説明に、エルウィンも心が痛まないではない。彼とて、ランスの駐在武官だったことがあるからだ。

 国王シャルルは気弱だが善良で、他国と比べ特段に悪い君主とは言えなかった。王妃のマリーも贅沢な面こそあれど、無茶を言ったりやったりするような人物などではない。


 つまりは彼等が処刑される理由など、何も無いのだ。強いて挙げるなら王であること、王族であること、貴族であることであろうか。

 だからこそアデライードも処刑されたのだが、ゆえにヴィルヘルミネは、これほどまでに不満顔を浮かべているに違いない。


「それはつまり、王は――王族は人間にあらずと、そう宣しているも同然ではありませんかッ!」

「そうです、エルウィン卿。ランスの共和主義者どもは、誰もが法の下に平等であると謳いながら、そこから王という存在を排除した。

 だからこそ先生、いいえ、宰相閣下はダランベル連邦王国の憲法において、女王の立場を明確にしたのです。何人たりとも王権を侵すべからず、と」


 ゾフィーは唇を戦慄かせて、それでも言うべきことを言う。今や彼女も王族だから、ランスの事態が他人事とは思えないのだろう。何よりアデライードの件が、彼女の胸には楔のように打ち込まれていた。


「だからこそランスにも、立憲君主制の種を蒔いたというのに――……民主共和の原理主義者どもめッ!」


 エルウィンは万が一にもヴィルヘルミネが同じような目に遭ったらと想像し、奥歯をギリと噛みしめた。

 そうした部下の反応で、逆に女王は冷静さを取り戻したらしい。いつもの無表情、抑揚の無い声で本題に入っていく。


「――その件に関して、ヴァレンシュタインめからも手紙が届いたのじゃ。一先ず軍を返す、との。まあ、国王一家を処刑するぞと脅されれば、それ以外に方策もあるまいが……」

「なら、処刑が取りやめになる可能性もあるッスか?」


 一応は訊いてみた、という感じでアンハイサーが呑気に言う。


「いや――ヴァレンシュタインは、『それでも、処刑を取りやめることは無かろう』と言うておる」

「しかし、妙な話ですね。マクシミリアン=アギュロンという男は、そもそも死刑廃止論者だったんですよ。それが今じゃあバンバン処刑して、首切りアギュロンなんて呼ばれている……」


 ライナーは不思議そうに首を傾げ、独り言のように呟いた。


「余としてはの、何とかランスへ行き、シャルル陛下やマリー様を助けたいのじゃ。しかし一方で枢機卿会議コンクラーヴェに参加する枢機卿の事に関して、キーエフ帝国がくちばしを突っ込んできおった。ゆえに、それもままならぬ」

「それは、どのように……?」


 眉根を寄せて、エルウィンが問う。


「うむ。何でも戦力の大半をランス方面へ割いた為に、南方の植民地をサマルカード王国に突かれたという。その牽制の為、余と余の軍隊に支援をして欲しい――というのじゃ。

 逆に余が支援を拒めば、国内にいる枢機卿たちに国境を越える許可は与えられぬ、と」

「なんと姑息なッ!」


 左手の平と右拳を打ち付け、ゾフィーが舌打ちをする。


「しかしキーエフにおける南方の植民地といえば、長大なアーシリア川を有する砂漠の大地――……メンフィス。となれば移動する為には、冬の山脈を越えねばなりませんが……」

「いや、エルウィン。それがな、今回に限り海路で行けるのじゃ。なんとな、メンフィスへ行くためならば艦隊を出して支援する、と、皇帝ヨーゼフが申しておる。

 ゆえにランスへ行くか、それともメンフィスへ行くか。皆と相談がしたかったのじゃ」 


 主君の相談に、諸将は侃々諤々の議論を重ねている。 

 けれど本国を離れ遠くカメリアまで遠征をした理由を考えれば、ここで枢機卿会議コンクラーヴェを頓挫させる訳にはいかないと、やがて意見は一つの方向へ纏まっていくのであった。

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[良い点] お疲れ様でした。 「支援はする。 しかし、問題があるため時間がかかる」と支援を先延ばしするのが賢明ですな。 まあ、もしも革命政府がランス王家を処刑した場合、ランス周辺の国や貴族から戦…
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