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21 教皇宮占領


 ルクレールの放った弾丸を見るや、エルウィンは即座に一個大隊を教皇宮殿へ突入させた。しかし、これは陽動に過ぎず、同時にジーメンスが裏門より鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)を率いて突入し、瞬く間にクレメンスを捕らえている。


 エルウィンとジーメンスの連携による電光石火の急襲に宮殿の防御部隊は、為す術も無く制圧された。これも偏にルクレールが宮殿内部の詳細な図面をダランベル連邦軍に託し、彼等が有効に使ったという良い証左である。


 その後エルウィンは部隊を率いて軟禁されていた枢機卿たちを解放し、無事にルクレールとの再会を果たした。


「見事な手並みだ――……クレメンスに手を打つ時間すら与えないとはな」

「蛇の道は蛇と言う。軍の真似事しか出来ない教皇庁の兵に、僕たちを止めることは出来ないさ」

 

 ピンクブロンドの髪色をした青年はルクレールの肩を軽く叩いて無事を喜び、少し遅れて到着したヴィルヘルミネを迎え入れた。


「ご苦労じゃったの。して、被害は?」


 宮殿の正面玄関に横付けされた馬車から降て、早速ヴィルヘルミネが問う。

 お昼寝から目覚めるや、いきなり「教皇宮殿の制圧を完了しました」などと不穏な情報を耳に入れられた赤毛の女王は、些か不機嫌であった。なのでエルウィンの返答も待たずにスタスタと歩き、玄関へ続く階段を上っていく。


「はっ。重傷者二名、軽傷者六名にございます――陛下」

 

 赤毛を靡かせ大扉を潜るヴィルヘルミネに、遅れて足を進めながらもエルウィンは淀みなく答えた。

 一名の死者も出さずに教皇宮殿を占拠するなど、歴史に残る快挙である。誇らしかった。といっても宗教的側面から見れば、悪名を残す可能性もあるのだが……。


「で、あるか」


 エルウィンの気持ちを他所に、ヴィルヘルミネは褒めなかった。一瞬だが「凄いな」と思ったが、お昼寝から起こされたことが癪なのだ。

 とはいえ死者が出ていない以上、叱るには値しない。いくら不機嫌でも、ここは我慢だ。ストレス発散の為に臣下を叱る程、赤毛の女王は多分だけど暴君じゃない。なので眉根を一瞬だけ寄せると、それ以上は何も言わなかった。


 エルウィンは、そんな女王の姿に怖れ慄いている。なんとなれば負傷者を出すことさえ、ヴィルヘルミネは許さないと思ったのだ。

 確かに圧倒的な武力を有する状態で、単なる宮殿を制圧するのに負傷者を出したのでは、要塞攻略など熾烈な戦闘となればどうなることか。

 だからエルウィンは頭を垂れて、まずは謝罪の言葉を述べることにした。


「負傷者を出しましたこと、面目次第もありません」


 なおも足を止めない女王が怒っているのは、昼寝を邪魔された件である。負傷者だけで済んだことならば、「ああ、凄いね」と思っているのだが。


 ――なのにエルウィンときたら、無傷で敵を制圧しようと考えていたなんて。それはちょっと、傲慢なのじゃ!


 というわけで女王の怒りが炸裂し、歩きながらもジロリ――エルウィンを睨んで言う。


「思い上がるな、エルウィン=フォン=デッケン。己が力量を弁えよ」

「……はっ!」


 意味を全く逆に捉えたエルウィンは、ひたすら恐縮して頭を垂れる。心の内で自らの慢心を戒め、以後は更に完璧な作戦を目指すのだった。


「まあ、よい。して聖下には、すぐにもお目にかかれるのか?」

「はっ。お目にかかれると申せば、申せますが――……」

「んむ……む、あの男は?」


 軍靴を鳴らして玄関ホールを真っ直ぐ進むヴィルヘルミネは、その中央でピタリと足を止めた。何故ならそこに、教皇代理の枢機卿クレメンスが立っていたからだ。

 彼の両脇には背の高い鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)の兵士二人が立っていて、主君に敬礼を向けている。


 クレメンスの斜め前には右足に体重を乗せたルクレールが立っていて、やってきたヴィルヘルミネに恭しく頭を下げた。


「ようこそ、教皇宮へおいで下さいました、陛下。この男こそ悪の元凶にして教皇代理を僭称する、クレメンス元枢機卿です」


 万事休すのクレメンスは恨めしそうにヴィルヘルミネを三白眼で睨み据え、「この背教者めが!」と怒りを撒き散らしている。


 ヴィルヘルミネは「うわぁ、不細工……」と眉根を寄せて、クレメンスの言動を無視することにした。顔面点数の低い輩を見つめていると、目が腐っちゃうから大変なのだ。 


「ふん――教皇聖下がおられるのなら、代理などに用はない。さ、聖下の下へ案内せよ」


 という訳でヴィルヘルミネは教皇の部屋へ、さっさと向かうのだった。


 ■■■■


 教皇の病室は、西側にある塔の最上階にあった。ゼーハー息を切らせながらもヴィルヘルミネは階段を上り、装飾も豪華な扉の先へ進む。

 室内では巨大な寝台の前に四人の枢機卿が跪き、厳かな祈りの言葉が響いているのだった。

 

 部屋に入ったヴィルヘルミネは、むせかえるような香油の匂いに眉を顰めている。室内には白い煙が充満し、溢れて扉の外へユラユラと流れ出していた。

 病人にそれ程の香を焚くなど、妙な話だ。赤毛の女王は側に控えるエルウィンを見つめ、「このような治療法、訊いた事が無いのじゃ」と嘯いた。

 当然エルウィンは既に状況を知っていて、ヴィルヘルミネに真実を語ることにした。


「――……教皇マルケルス聖下は、既に亡くなっております。そのことをクレメンスが隠し、今日の事態に至ったとのこと」

「……で、あるか」


 特に感慨も無く、女王は頷いた。

 戦場を往来すること十余年。死体を見たからと、狼狽えるようなヴィルヘルミネではない。だから寝台へ近寄ると、女王は紗を捲って内側を覗き込む。


 ――ふうむ、確かに死んでおる。


 ヴィルヘルミネにとっても教皇は、ある意味、雲上人である。一応は彼女とて、テレーズ教を信じる国に生まれた身。であれば死せる教皇の為に祈りを捧げようと思うのは、至極当然のことだった。だから女王は枢機卿たちの脇で膝を付き、両手を合わせて祈りの言葉を口にする。


「主よ。善良なる御身のしもべが最後に、祝福を与えたまえ。御霊を還すは天上の、遥けき泉の畔なり」


 ピタリと四人の枢機卿が祈りの言葉を止めて、教皇の為に祈る赤毛の女王に目を向けた。なんとなれば彼女の背中に夕日が差して、何とも神々しい姿ではないか。

 この時、左足を引き摺りながら、ようやくルクレールが部屋にやってきた。同時に両脇を鋼鉄の薔薇(シュティール・ローゼ)に抱えられ、不承不承にクレメンスも現れて……。


「クレメンス――……教皇聖下に防腐処置など施して、なぜに生きたフリなどさせたのだ?」


 ジロリとルクレールが睨んだならば、クレメンスは奥歯を噛み締め答えて言う。


「ルクレール=ド=レアン――……貴様は知らんのだ、聖下に不思議なお力があったことを。聖下は生前、こう仰られた。ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントは教会に破滅を齎す魔女なのだ、と」

「……だから?」

「ゆえに己が死を隠しても、あの小娘を宮殿から遠ざけたかったのだ。それが聖下の揺るがぬ御意思であった。私はそれを忠実に守り、貫いていたに過ぎぬ」

「ふん。耄碌じじいの妄言を信じ、貫いていただけだということか。つくづく愚かな」

「だが、あの小娘が教会を破壊するというのは、今にしてみれば実感できる。そなたとて理解できよう。見よ、あの小娘の――……禍々しいまでの神々しさを」

「はは、は、は、は。だからこそ、私は全てを賭けたくなったのだよ、クレメンス猊下」


 後光が差すかの如きヴィルヘルミネの祈りを見つめ、ルクレールは笑みさえ浮かべていた。それから彼女の側へ歩み寄り、「枢機卿会議コンクラーヴェ」の提案をする。


「んむ――教会のことは全て、卿の良きように。ただし選出された教皇は、必ずバルトラインへの行幸をして頂くぞ」


 何も考えずにしれっと答えた女王だが、世界各地に散らばる七十六名の枢機卿に送られた手紙には、彼女の言葉が条件として、しっかり記載されていた。

 となればヴィルヘルミネが枢機卿会議コンクラーヴェの黒幕と看做されるのは当然で、時に反抗、時に喝采をもって迎えられることとなる。

 こうしてヴィルヘルミネと彼女の軍隊は、新たな争乱の渦へと巻き込まれていくのだった。

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