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20 響く銃声、天翔ける弾丸

 

 ルクレール=ド=レアンが宮殿へ戻ると、ヴィルヘルミネは宮殿内で働く一部の者の通行を認めた。無論それは枢機卿クラスの幹部ではなく、下級の職員や女性達だ。

 交渉により状況が好転したと思わせる為の措置で、当然ながら教皇庁にも要求は突き付けている。それが、元バルトライン大司教アレクサンデルの復職であった。


 無論そうしたヴィルヘルミネ側の要求に対し、クレメンスは強硬に反対をしている。


「待て。それでは教皇聖下の決断を、我ら枢機卿団が覆すことになるのだぞ!」

「しかしクレメンス猊下、ダランベル側との交渉は始まったばかりです。こちらに一切の妥協無く、状況が改善するなどあり得ませんぞ」


 どちらかと言えばルクレールの意見を、他の枢機卿は支持した。何故なら彼等は日和見で、教義にも教皇にも絶対の忠誠を誓っているという訳ではないからだ。


「……そうですな。もともとフェルディナントの聖職者など、我等の管理から外れて久しい。いまさら破門だ復職だのと言ったところで、形だけのことですし」

「然り、然り。それよりも包囲を解いて貰わねば、食料とていつまで持つか……そちらが重要です」

「そうではない、そうではないのだ! 皆、騙されてる! そこなルクレールは、もはやヴィルヘルミネに寝返ったも同然だぞ! なんとなればアレクサンデルの復職とは、即ちヴィルヘルミネの戴冠を我ら教皇庁が認めるも同じことなのだッ!」


 正しくダランベル連邦の狙いはその通りであったから、クレメンスは最後まで頑強に抗弁した。しかし、日和見に走る枢機卿団の方針は、もはや覆らない。結果は誰もがルクレールの支持を約束して、再び彼をヴィルヘルミネの下へ送り込む運びとなっている。

 とはいえヴィルヘルミネ陣営へ足しげく通うルクレールの交渉相手は、もっぱらエルウィン=フォン=デッケンであったのだが。


「やれやれ――……一先ず、アレクサンデル殿の復職は認められましたよ、エルウィン卿」

「それは良かった、流石はルクレール殿。まずは一歩前進、といったところですね。これで教皇庁は、我等を認めたことになる」

「ええ。教皇庁が認めるところのバルトライン大司教が聖別した王冠を、ヴィルヘルミネ様が頭上に戴いているのですから。となれば今更あなた方を異教、邪教と謗る訳にはいきません」

「すると――……ヴィルヘルミネ陛下が教皇聖下に目通りを願う下地が出来たと考えて、問題ありませんか?」

「はい。既にクレメンス殿以外は、ダランベル連邦に屈するも止む無し――と、考えておられます」

「はははっ。根回しは既に完了した、ということですか」

「ええ、そうですね。しかしだからこそ、ここからが正念場とも言えます。クレメンス殿も、いよいよ実力行使に移るはずですから」

「ふむ。するとレアン猊下、御身に危険があるかも知れませんが……よろしいのですか?」

「賽は既に投げられた。ならば、多少の危険は覚悟の上です。ですがエルウィン卿、その時は宜しくお頼みしたいのです」

「分かりました――……万が一の際は、この銃でお知らせを」


 そうして交渉を終えた二人は、ホテル・クインシーの玄関で別れを惜しむ。どちらからともなく力を込めて抱擁し、終われば固い握手を交わしていた。


 エルウィンはルクレールが命を賭していると知り、その覚悟に敬意を払っている。ルクレールはエルウィンが気持ちを察し、信頼の証と銃を手渡してくれたことが嬉しかった。

 つまり、二人は似た者同士なのだ。心の内には野心を秘めて、けれど赤毛の女王に対する揺るがぬ忠誠心を持つ。であるならば同胞だと、互いの心が共鳴したのだろう。


 ヴィルヘルミネは、そんなイケメン達を自室の窓から嬉しそうに見つめ、ニヤニヤと顔に笑みを張り付けていた。


 ――うむ、うむ。近頃のトリスタンはリヒベルグじゃから、エルウィンにも新しい相手が必要じゃった。となれば、ルクレールこそ逸材である! 

 

「のう、ゾフィー。余はルクレール、エルウィンを公式カプに認定しようと思うのじゃが、じゃが」

「はぁ――……確かにエルウィン卿とルクレール猊下は、妙に馬が合うようですね」

「そうじゃろ、そうじゃろ。でもの、エルウィン、ルクレールではないのじゃ。ここはあえてルクレールがタチであり、エルウィンの方がネコなのじゃ。フフ、フハハハハ!」


 腐った女王は今日も元気に高笑い、金髪の親友は不思議そうに首を傾げている。相も変わらずイケメンを陰から覗くことこそ至上の喜びと思うヴィルへミネは、その本質を五歳の頃から何一つ変えていないのであった。


 ■■■■


 ルクレールは教皇宮殿へ戻るや、すぐにも枢機卿団を招集し、ダランベル連邦側の要求を皆に伝えて採決を迫った。


「ダランベル連邦王国の言い分は、ただ教皇聖下にヴィルヘルミネ様が目通り願いたい、という一点に尽きる。であれば、たとえ聖下が意識不明の重体に在られるとしても、その枕元へ行けぬという道理はありますまい。

 そも――……何故に聖下は、ご自身を支える我らまで遠ざけられる。そこに代理たるクレメンス猊下の作為を感じるのは、私、ルクレール=ド=レアンだけなのでありましょうか?」


日和見の枢機卿が一人、恐る恐るに問い質す。


「さ、作為とまでは思わぬが、ともあれヴィルヘルミネ殿は本当に、聖下に目通り出来るなら包囲を解くと仰せなのですか、え、レアン猊下?」

「然り。皆さま、窓から外をご覧あれ。ダランベル連邦軍が砲門を下へ向けたのが、何よりの証拠です」

「であればレアン猊下の仰る通り、ヴィルヘルミネ様を聖下の下へ、ご案内するより他に道などありますまい」

「待てッ! ヴィルヘルミネごとき田舎の公爵に、どうして聖下が直接お会いせねばならぬのか! どうしてもと言うのなら、代理として私が会おう!」


 間髪入れず、クレメンスが円卓を手で弾く。


「ああ、それが宜しいでしょう。そもそもヴィルへミネ様のお望みは、教皇聖下ないし代理の方をフェルディナントへお連れすることにある。

 ああ、ならば良かった。クレメンス猊下がフェルディナントへ赴かれるとなれば、全てが丸く収まるというものです」


 ルクレールは手を叩き、会心の笑みを浮かべて言い切った。対するクレメンスは渋面を顔に張り付けて、「いや、それはイカン」と頭を振っている。


「であればやはり、ヴィルヘルミネ様には聖下に拝謁して頂き、確かに病身にあると納得して頂かなければなりませんな。

 加えて聖下の意識が戻らぬ状態と判明すれば、直ちに枢機卿会議コンクラーヴェの開催を発表するべきでもありましょう。

 さ、皆さま投票を。私に賛成の方は、ご起立願います。クレメンス猊下を支持なさる方は、ご着席のままで結構――……なあに、お手間は取らせませんよ」


 投票の結果は五対一、枢機卿団の意向は赤毛の女王に教皇への目通りを許可すべし、と纏まった。

 けれどクレメンスは教皇代理の大権を発動させて、ついに枢機卿団の決定を覆す。


 挙句の果てにクレメンスは教皇直属の衛兵を呼び、己の意に添わぬ枢機卿五人を拘束した。こうして緋色の衣を纏う五人は、憐れ各自の部屋に軟禁されたのである。


 ――やはりクレメンスは、俺の予想の範疇にいた。


 閉じ込められた部屋の窓から宮殿を囲むダランベル連邦軍を見て、一人ルクレールはほくそ笑む。僧衣の懐から短銃を取り出して、弾を込めたら窓をゆっくりと開く。そして両手で握りしめた短銃を、ルクレールは天空へ向けしっかりと構えた。


 ターンッ!


 冬空の聖都に銃声が響くと、弾丸は黄色の尾を引き天翔けていく。

 そうしてルクレールは「ははは、は、は」と笑い、銃を掌から窓の下へと投げ捨てる。低木の茂る直下の庭園には従者が一人控えており、落とされた銃を、そっと懐へ仕舞い込んだ。


 ――さあ、エルウィン卿。ここからは、あなたの仕事だ。


 豪奢な寝台に大の字で倒れ込み、ルクレールは仕事の後の高揚感に酔いしれる。

 今こそ旗幟を鮮明にして、後に灰色の教皇と呼ばれる男が誕生した瞬間であった。

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