19 イケメン達の化かし合い
ルクレールは食堂へ入るなり駆け付けた赤毛の美しい少女に、一瞬で目と心を奪われた。気高い律動的な動きは猫のようでもあり獅子のようでもあり、ともあれ王者の風格を纏っている。
そんな少女が自分の腕をとり、王者にあるまじき行動に出た。足が不自由な自分を支え、席へと案内をしてくれたのだ。そして彼女は、こう言った。
「足が悪いとあっては、今までさぞや辛かったであろう。大変じゃったの、無理はせぬが良い」
大貴族の子弟として生まれ、僧籍を得ても司教、大司教ときて早々と枢機卿になった。であれば他者に羨まれこそすれ、憐れみを掛けられたことなど無いルクレールだ。
しかし自らの存在に腹を立てることなら、ままあった。それは思うように動かない足のせいで、両親から向けられた失望の眼差しが発端だ。
「だから、この子に跡を継がせることは出来ない」
長男として生まれながら、弟に道を譲った悔しさもある。
それがら心の底に滓の如く貯まれば、それは紛れもなく辛さであったのだ。
その辛さを隠すために、僧侶である自分を蔑みもした。だから飽食や漁色など、ありとあらゆる戒律を破ったのだ。それでも破門されないから、いっそ教会という組織そのものを憎悪した。
つまりルクレールが教会勢力を内側から破壊したいと願うのは、その裏返しなのである。
――俺が教皇になれば、坊主どもから全ての権利を奪い去ってやる! 所詮は高位の坊主など、貴族に寄生する蛆虫に過ぎないのだ。であれば俺が頂点を極め、全てを得ても悪い道理などないッ! そして俺を捨てた父や母や弟を見返してやるッ!
そうした想いの一切合切を、獅子の如き赤毛の少女は一瞬で見抜いたのだ。だからルクレールに「辛かったろう」と同情し、「無理はせぬがよい」と言ったに違いない。
少なくとも美貌の枢機卿は、そう考えた。そして少女の一挙手一投足を見て、確信したのである。
けれどルクレールの心の深奥には、救いを求めんとする一筋の信仰心が残っていた。だから、手ずからオレンジジュースを注いでくれる慈愛に満ちたヴィルヘルミネに、聖母ルイーズの姿を見たのである。でなければ彼女の手を取り、じっと顔を見つめたりはしない。
「そうだ――……私は今まで辛かったのだ。それをあなたは気付かせてくれた。だからヴィルヘルミネ様、あなたこそ……」
「余こそ?」
「確信した。奇跡はある。なんとなれば、あなたこそが聖母テレーズ様の生まれ変わりなのだからッ!」
「なぜ――……余!?」
「あなたをおいて、他にはいないッ!」
「――……で、あるか」
■■■■
女王が席に戻る頃には、テーブルの上を流れたオレンジジュースも片付けられていた。
居並ぶ諸将もヴィルヘルミネの手を掴んだ者が枢機卿という地位にあると知っていたし、敬愛する主君が「聖母テレーズの生まれ変わり」と言われれば、さほど悪い気はしなかったのであろう。どころか粛然として誇らしげに、誰もが席へ戻った女王を見つめていた。
しかし、うっかり女王に見入ったルクレールも、忘我の時が過ぎれば表に出るのは俗世で生きる強かさだ。朝食の席に招かれたことに感謝の言葉を述べ、改めて自己紹介をする。
「――……いやしかし、いきなりテレーズ様の生まれ変わりなどと申しまして、驚かれたことでしょう。それもこれもヴィルヘルミネ様のご尊顔を拝し奉り、緊張しきったゆえのこと。どうか、ご容赦頂きたい。
さて、私はルクレール=ド=レアンと申します。此度は陛下が教皇聖下の行幸を願い出ていることを聞き、その実現に向けて交渉をすべく、まかりこした次第にて……」
「フハハ。余もテレーズ様の生まれ変わりとまで言われれば、悪い気などはせぬ。じゃがまあ、難しい話は後で良い。まずは食事を楽しもうではないか」
ヴィルヘルミネは相手がイケメンだから食べる姿でも愛でようと、思わずこんなことを言う。これが皆の目には大いなる余裕と映るから、どこまでもお得な女王様なのだ。
しかしエルウィンは実務的な話をさっさと詰めておきたくて、それに美貌の枢機卿から只ならぬ気配も感じるから、腹の底を探ろうと考え声を掛ける。
「とはいえレアン猊下には、予てのご懸念があるのでは? それを話さねば、食事も喉を通らぬかと存じますが」
「はて? 私に懸念があると申されますか。ええと、貴殿は――……?」
「失礼しました、レアン猊下。小官はヴィルヘルミネ陛下が臣、エルウィン=フォン=デッケンと申します」
「ああ、ああ。お噂はかねがね伺っておりますぞ、貴殿がエルウィン卿でしたか。攻守に優れた力量を持つ、真の名将であられるそうな。して、私に懸念があると申される、その心とは?」
「ええ。教皇庁としては、目下のところ我が軍に宮殿を包囲されていることこそ、問題なのではないかと思いまして」
ピンクブロンドの髪色をした青年が、夜空色の瞳を細めて問う。
近頃は美しさの中に鋭さを増したエルウィンのこと、そんな表情をされたらヴィルヘルミネには生唾モノだ。やはりジーメンスとエルウィンの差は大きいぞと、赤毛の女王は目を皿のようにした。
「ああ、そのことですか。確かにクレメンス枢機卿は、気が狂ったように包囲を解かせよと、会議の席で叫んでおりましたなぁ……フフ」
一方ルクレールの美しさも、ピンクブロンドの髪色をした青年に負けていない。彼は口元に艶めかしい笑みを浮かべ、流し目をエルウィンへ送っていた。
ああもう、こんな顔を見たら赤毛の女王は、パンを何個だって食べられちゃう。丸いパンへ幾度も手を伸ばし、モッキュモッキュと食べるヴィルヘルミネは、俄然「ハァハァ」と荒い息遣いになっていく。
「つまりレアン猊下とクレメンス猊下のお立場は、違う――ということですね?」
「現在、教皇聖下は意識不明の重体にあり――……クレメンス枢機卿が代理を務めているのです」
エルウィンの質問に直接答えることはせず、ルクレールは現状を匂わせるようなことを言う。けれどピンクブロンドの髪色をした青年は、武人らしく率直に頷いた。
「なるほど。クレメンス猊下こそ、全ての黒幕であると仰るのですね」
「然り」
「ならば我が軍は、レアン猊下――……あなたを教皇聖下の代理人と為すよう、立ち回れば良いわけだ。それで教皇聖下の行幸も叶いますな」
「皆様が、それを望まれるのならば――ですが」
「ならば圧力を掛ける為にも、まだ包囲は必要ですね」
「さよう。ヴィルヘルミネ様が、同じお考えなのであれば……」
全ての表情を隠し、ルクレールがしれっとした顔で言う。
元バルトライン大司教であるアレクサンデルが、ここで我慢しきれなくなり口を挟んだ。
「お待ちください、レアン猊下。私は元バルトライン大司教、アレクサンデルと申します。その仰りようでは、まるで教皇庁が魔窟であるかのように思えますぞッ!」
「ああ、実際に教皇庁とは、魔窟なのですよ――……アレクサンデル師。それに忌憚の無い意見を言われて頂ければ、私が聖下の代理人とならねば、あなたは永遠に元バルトライン大司教のままだ。この意味、お分かりですかな?」
ヴィルヘルミネはイケメン三人の会話を聞き、いよいよご満悦だった。嬉しくて嬉しくてたまらず、女王的にはニッコニコの笑顔を浮かべている。しかし口元に弧を描く凄惨な笑みは、まさしく覇者に相応しいものだった。
お陰でルクレールは女王が全てを察し、笑みを浮かべたのだと思っている。
「ヴィルヘルミネ陛下におかせられては――……既に全てをお察しのことと存じますが」
「むろんじゃ。卿らの話、余にはよぉく分かっておるからの! フハ、フハ、フハハハ!」
イケメンに囲まれて幸せいっぱい夢いっぱいの女王は、スプーンを片手に高笑いをしている。
だが残念ながらヴィルヘルミネが理解したこととは、クレメンス枢機卿を排してレアンを教皇の代理人に据えれば良いという表面的な話でしかない。
だから女王は、いっそ「レアンを教皇にしちゃえばいいじゃない!」という短絡的な思考へ行きついてしまったのだ。
「ゆえに、ルクレール殿。いっそ卿が教皇になってしまうというのは、どうかのう?」
結果――スプーンを前後に揺らしながら、相変わらず口の端を吊り上げヴィルヘルミネは言う。それは、とんでもないことであった。
お読み頂きありがとうございます!
面白いと思ったら感想、評価、ブクマなどを頂けると励みになります!




