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18 聖なる朝に、奇跡よ来たれ


 ホテル・クインシーで爽やかな朝を迎えたヴィルヘルミネに、朗報が飛び込んできたのは幕僚達と朝食をとっていた時のこと。


「トマ=ソナク殿が教皇庁よりの使者を伴い、戻られました」


 昨日の今日でも自らが下した命令を、忘却の彼方へと投げ去った赤毛の女王だ。一瞬ポカンと口を開け、パンを放り込んでモグモグしているうちに思い出し――……。

 コンソメのスープでパンをゴクンと飲み込んでから、さも覚えていたかのように悠然と頷いた。


「で、あるか。ならば、ここへ連れて来るが良い」

「はっ、しかしながら陛下は幕僚の皆様方との会食中にありますれば、待たせるべきかと存じまして……今は、その……」


 報告に訪れたのは去年士官学校を卒業したばかり、新進気鋭の少尉さんだ。彼は今をときめくフェルディナント軍の門戸を叩き何とか採用されると、ヴィルヘルミネが直率する第一近衛師団司令部へ配属されたのである。


 筆記試験と実技試験は難なくパスした頭脳と肉体は優秀過ぎるほど優秀で、あっさり女王との面接まで漕ぎつけた。

 けれどヴィルヘルミネの採点は厳しく、「七十九点、ううむ、いや、八十点かの」と、ギリギリラインで何とか突破。これでは先が見えないと、それで彼は努力に努力を重ねているのだが、しかし現在頭上に響くのは、自分よりも更に若い准将の、凛として澄んだ怒声だけである。


「少尉。陛下が我等と朝食を共にされるのは、会議の時間を短縮しようとの配慮からなのだ。いいかい、ボクらは観光に来ているんじゃあない、戦争に来ているんだ!

 だから陛下が通せと命じられたなら、さっさと使者を連れてくればいい。それがキミに与えられた仕事なのだから、余計なことをするなと言っているッ!」


 朝から白い特注の軍服をピシッと決めて、一輪の薔薇を少尉に突き付けジーメンスは言った。金髪が揺れ、コバルトブルーの瞳が無駄にキラキラと輝いている。

 

 だけどヴィルヘルミネは、もはやジーメンスのイケメンっぷりを見飽きていた。なので「ふぅ」と溜息を一つ吐き、「いやコレ、観光じゃもの」と言っている。


「――……そうだぞ、キミィ! これは観光に過ぎない! だからともかく教皇庁の使者をここへ、さっさと連れてくるのだよ! 観光にはホラ、案内係が必要じゃあないかッ!」


 目にかかる長い前髪を掻き上げて、ポーズをとり無駄にカッコよく言うジーメンス。けれど言っていることが百八十度変わっているから、新米少尉も首を傾げて考えた。


「は、はいィ? か、観光でありますか?」


 若き少尉は心の中で、「なんでアレが准将なんだろう?」と不思議に思う。けれど同じく准将の、イルハン=ユセフは言っていた。


「ジーメンスは、たった一人でも一個中隊を相手に戦える。敵地に潜入して後方を攪乱させたら、彼の右に出る者はいない」


 であるならば今の姿こそ、皆を和ませる為の茶番なのであろう。だいたいにして、命令の内容は同じだし。

 そうして頭を垂れていると、ヴィルヘルミネが部屋の隅に佇むホテルの使用人にいろいろと命じていた。

 

「二人分、食事を追加せよ。カバと使者の二人も、ここで朝食を摂るであろうからの。お腹が減ってはイカンのじゃから、の、の?」


 やはり軍事の天才ともなれば、王侯貴族の常識は通じないようだ。なんと、敵の胃袋まで心配しているらしい。そう考えて新米少尉は気を取り直し、命じられた通りに使者を食堂へと案内するのだった。


 ■■■■


 ヴィルヘルミネと幕僚が居並ぶ食堂の長テーブルに、二人分の席が追加された。場所は女王の対面である。

 しばらくして食堂の扉が開かれると、髭面カバ面の騎士団総長が、杖を付いて足を引きずるイケメン枢機卿を伴いやってきた。彼等の案内をした例の少尉は一礼し、すぐに扉の外へと出ていった。


 ゾフィーはヴィルヘルミネにほど近い、奥まった席で顔を背けている。だというのにトマ=ソナクは大手を振って声を張り上げ、「ゾフィー様! 拙僧、やりましたぞー! 朝食を共に出来るなど、身に余る光栄に存ずるー!」と喜んでいた。

 ゾフィーは完璧にトマ=ソナクをスルーして、手元にあるスープの一点を見つめている。


「……死ねばいいのに。ああ、あんなやつ、死ねば良かったのに」


 一方ヴィルヘルミネは、ソナクの後ろを歩く緋色の衣を纏った男が足を引き摺る姿を見て、ピーンと来た。といっても根が計算高くてセコい女王だ、ロクな考えでは無いのだが。


 ――ここは聖なる都カメリアじゃ。そこで身体の不自由な者に優しくしたら? フフ、フフフフ! 余の株、上がっちゃうんじゃないの、爆上げしちゃうんじゃないのー!


 実体がいっさい伴っていないにも関わらず、赤毛の女王は政戦両略の天才と呼ばれている。それでも更に自分を底上げしたいのかと、彼女の真実を知る者なら言うだろう。


 というかこれ以上に虚名を膨らませたら、泡の如く弾け飛んでいきそうだ。なのにそうした打算から席を立ち、タタタッと駆け出す女王はゲス顔で。しかし普段が冷酷無比に見える無表情だから、なんとゲス顔の方が慈愛に満ちて見えてしまう。

 そんなヴィルヘルミネは足を引き摺るルクレールの前へ立つと、厳かにこう言った。


「足が悪いとあっては、今までさぞや辛かったであろう。大変じゃったの、無理はせぬが良い。さ、余が手を貸そう。席を用意したのじゃ――……朝食もまだであろうと思うての」


 女王はルクレールの為に手を貸し、手ずから椅子を引いて座らせた。その時、彼の背中を見ながら、緋色の衣を確認してヴィルヘルミネは内心で笑っている。


 ――おお! こやつ枢機卿ではないか! ということは、こんなに親切にしてやったら、余、もしかして聖別されちゃうかも知れんのじゃ! フハ、フハ、フハハハハ!


 聖別を何かの勲章みたいに考えていたヴィルヘルミネは、自分の善行にご満悦だ。なので調子に乗ったリップサービスは、どこまでも滑らかなものとなる。 


「あ、朝食は民衆や兵卒に合わせ、質素なものとなっておる。なので枢機卿たる貴殿の口に合うかどうかは分からぬが、食せぬモノがあれば、遠慮なく言うて欲しい。或いは、食べたいモノでも構わぬぞ」

「辛い……大変……? あ、ああ、い、いえ、その――……お、お気遣いなく。私も聖職者の端くれなれば、普段から質素な食事を心がけておりますので」

  

 ルクレールの方も面食らい、いつもの調子が崩れてしまう。手を取られて優しく席へ導かれると、自慢の憎まれ口もすっかり影を潜めてしまい、どころか女王の思わぬ優しさに頬を赤く染め、思わず俯く始末であった。


「――で、あるか。ともあれ、さ、搾りたてのオレンジジュースでも飲むがよい」


 相手の様子に満足し、自分の仕事にご満悦のヴィルヘルミネは、更なる善行を積もうとルクレールのグラスにジュースを注ぐ。そんなものは、もはや善行でも何でもないのだが、調子に乗った女王は止まらなかった。


「あ、ありがとうございます――……ヴィルヘルミネ様」


 まさか女王が自ら給仕をするなど、ルクレールとて思ってもいない。だから近づいたヴィルヘルミネの顔を、まじまじと見つめてしまった。

 そうして見られたヴィルヘルミネこそ、驚天動地のビックリだ。近頃は高得点のイケメンばかりを見続けて、ジーメンスまで普通と思ってしまった状態である。だからこそ、新たなるイケメンの登場に驚きを禁じ得なかった。


 ――ぷぎゃあああああ! 九十五点じゃああああ!

 

 目と目が合った結果、ミラクルが起きた。


「ヴィルヘルミネ様は――……ああ、聖母――……様」

「余は、余じゃが?」


 ピッチャーを傾けるヴィルヘルの手をルクレールが掴み、オレンジジュースがグラスから溢れていく。だというのに美貌の枢機卿は何度も目を瞬き、唇を戦慄かせている。

 彼の目には、窓から差し込む朝日を背に受けたヴィルヘルミネの姿が、今や教祖の生き写しに見えていた。


「そうだ――……私は今まで辛かったのだ。それをあなたは気付かせてくれた。だからヴィルヘルミネ様、あなたこそ……」

「余こそ?」

「確信した。奇跡はある。なんとなれば、あなたこそが聖母テレーズ様の生まれ変わりなのだからッ!」

「なぜ――……余!?」

「あなたをおいて、他にはいないッ!」

「――……で、あるか」


 全てのオレンジジュースが零れきり、甘酸っぱい香りが広がっていく。食堂には朝の神々しい光が降り注いでいた。幕僚たちは、「さもありなん」という顔をして頷いている。


 ヴィルヘルミネ本人はといえば、


 ――おおおお……余、本当に聖別されちゃった。やってみるモンじゃの。


 いつも通り、ポンコツ思考を炸裂させているだけなのであった。

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[一言] ヴィルヘルミネとルクレール…その二人が合わさった結果の驚異の化学反応。ルクレールは崇拝し、ヴィルヘルミネは美青年でご満悦。
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