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17 会議は踊る


 ダランベル連邦側への華麗なる転身を遂げたトマ=ソナクを宮殿に迎え入れ、教皇庁の責任者たる六名の枢機卿たちは、円卓を囲み渋面を浮かべていた。

 議論は既に四時間に及び、深夜二時を大きく過ぎている。


 中でも次期教皇に最も近いとされるクレメンス枢機卿は、即刻ソナクを誅殺すべしと声高に叫んでいた。けれど彼はヴィルヘルミネの親書を持っているからと、仲裁に入ったのが最年少の枢機卿、ルクレール=ド=レアンである。


「トマ=ソナク殿のご意見としては、ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントは異教徒にあらず。であればカメリアの街が、信徒に門を閉ざすことこそ主の教えに背くと――……そういう話ですな」

「仰る通りです、レアン猊下。これはヴィルヘルミネ様の巡礼の旅にて、むしろ深き信仰心ゆえのことかと存じます」


 若き枢機卿とカバのような聖堂騎士団総長の問答を聞き、黒い大理石の円卓を囲む枢機卿たちが「ウウム」と唸る。


 枢機卿たちは皆が大貴族の子弟であったから、元来が信仰などありはしない。となれば政治的な理由でしか、ヴィルヘルミネの存在を見ていないのだ。

 しかし信仰を隠れ蓑に、現状を追認するなら十分に政治的な配慮となるであろう。そうすることが、教皇庁の伝統でもあった。だから皆を代表して、教皇と同い年という老齢の枢機卿が、嗄れ声で言う。


「だから、ダランベル連邦――……失礼、フェルディナントの首都バルトラインへ、教皇聖下の行幸を望んでおると、そういうのかね、トマ=ソナク君」

「仰る通りです、猊下。ヴィルヘルミネ様におかれましては、それ以上の意図など無く――これさえ認めて頂ければ、包囲などすぐにも解くと、だからこその親書にございます」


 円卓に向かって直立不動、髭面カバ面の騎士団総長は必死で訴える。彼とて交渉が失敗すれば、処断されることは重々承知の上なのだ。


 けれど成功してダランベル連邦の陣営に戻る事が出来たなら、いよいよ女王の覚えは目出度くなる。であれば騎士団総長の身でありながら、枢機卿に位階を上げる事とて夢ではない。ゆえにトマ=ソナク、乾坤一擲の戦いこそ、今、この場での交渉なのだった。


 が、彼には最大の敵がいる。それこそ次期教皇との呼び声も高い、クレメンス枢機卿だった。


「愚かなことを言うッ! ヴィルヘルミネがそのように殊勝な心掛けであるのなら、なぜに我等が教皇庁の重要施設を占拠しているのかッ! 真実、信心深いというのなら、少人数でこちらへ出向き頭を垂れるのが、どう考えても筋というものだッ!」


 今をときめく実力者、クレメンスの怒声にソナクは縮み上がる。

 けれどコホンと咳払いを一つして、彼に味方をする者もいた。それが先ほども仲裁してくれた枢機卿、ルクレール=ド=レアンという青年だ。静かな声で、彼は言う。


「五万の大軍を率いる相手に、あえて筋を問いますか、クレメンス猊下は」

「――……ああ、問うさ。それが教皇庁に対する、国家が通すべき筋であるならばッ!」

「はは、は、は、は。これは異なことを申されますな、クレメンス猊下は」

「何が言いたいのだ、レアン猊下は?」

「では、率直に申しましょう。なにゆえフェルディナントに対しては筋を通すよう求められるのに、キーエフ帝国に対しては援軍を要請なさったのか。

 遍く国家全てに対して教皇庁へ筋を通せと主張するのならば理解出来ますが、クレメンス猊下の仰りようは、些か公平性に欠けると思うのです」

「公平さ、レアン猊下。それに気付かぬのは、若気の至りと申すべきであろうな……。

 よろしいか、キーエフ帝国皇帝とは、地上における神の代行者である。であれば代弁者たる教皇聖下が支援を求めたとて、おかしな話ではありますまい」


 子供に諭すような口調で、クレメンスは言った。


「ほほう――……かように教皇庁と帝国が蜜月の関係にあるとは、寡聞にして知りませんでした。私など、ランスの片田舎の出身ですからなぁ――いやはや、皇室とも繋がりを有するクレメンス猊下ともなれば、流石に博識であらせられる」

「いや、私が特別という訳ではあるまい。現に今の聖下も――……」

「で、そうした蜜月の結果は、フェルディナント軍の侵攻を現実的に阻止できたのですかな? むしろ猊下、あなたが余計なことをなさったお陰で、教皇宮殿をフェルディナント軍――……いいえ、ダランベル連邦軍に包囲されるという、前代未聞の事態を招くことになったのだと思うのですが……クク、ククク」


 円卓の上に乗せた手を組んで、ルクレール=ド=レアンが口の端を僅かに吊り上げて言う。最も若い枢機卿が、最も実力のある枢機卿をやり込めた瞬間であった。


 ■■■■


「貴様、言うに事欠いて……そもそもダランベル連邦を認めない、即ちヴィルヘルミネの戴冠を無効にすることこそ、教皇聖下のご聖断であったのだぞ。それを、あえて言い直すなど不敬であろうッ!」

「聖下のご聖断と仰いますが――……その言葉を聞いたのは、クレメンス猊下、あなただけでしょう? ましてやキーエフ帝国に援軍を求めたのは、聖下がお倒れになった後のこと。

 ――ねぇ、クレメンス猊下、あなたは本当に、聖下に代理人として指名なされたのですか?」


 もとより老齢の教皇が怒りと共に卒中で倒れて以来、もはや回復など見込めるとは思えない。どころか本当に今でも教皇マルケルスが生きているのか、今となっては知る者こそクレメンスだけなのだ。その点をレアンは指摘して、他の枢機卿たちは息を飲んでいる。


「――と、当然であろう、レアン猊下」

「そうですか、それならば良いのです、猊下。なにせ近頃は私どもも、聖下のご尊顔を拝しておりません。ですから少々心配をしていますと、ただ、それだけのことなのです」

「せ、聖下におかせられては、意識こそ取り戻しておられぬが――顔色も良く、安定しておられる。目を覚まされるのも、時間の問題であろう。なんとなれば聖下には、主の加護があるのだから」

「へぇ……目を覚まされたらきっと、枢機卿会議コンクラーヴェの開催をお命じになるのでしょうねぇ……となると二月後、或いは三月後でしょうかねぇ。その位あれば、猊下の準備も整うことでしょうし」

 

 クレメンスの顔を上目遣いに睨めつけて、レアンは喉の奥で笑っていた。

 クレメンスは次期教皇と言われてはいるが、それでも選ぶのは枢機卿会議コンクラーヴェによってである。であれば票集めの下準備も整わぬうち、教皇が薨去するなどあってはならぬことなのだ。


 さらに言えば、クレメンスこそ親キーエフにして反ヴィルヘルミネの急先鋒。そんな所に赤毛の女王が乗り込んでくれば、次期教皇どころか枢機卿の立場さえ危うくされかねない――といったところか。


「な、何が言いたい、レアン! 無礼だぞッ!」


 額に脂汗を浮かべて、クレメンスは狼狽えた。太い眉を吊り上げ若き枢機卿を睨んではいるが、しかしそれも心の内にある弱気の裏返しに過ぎないのだろう。


 ――底が見えるぞ、クレメンス。


 だからこそ、レアンは勝負所と声を張る。


「簡単なことです、クレメンス猊下。既にヴィルヘルミネはカメリアの門を潜り、己が兵団を率いて宮殿を囲んでいる。頼みの聖堂騎士団とて彼女は手懐けて、いまさら徹底抗戦などありますまい」

「だから、一体何なのだ!?」

「ですから猊下が次期教皇の名の下に直接指揮を執り、百万信徒を率いて玉砕なされるとでも仰るのなら、なるほど拙僧も喜んでお供いたします。しかしながら――……」


 次期教皇を逃しても、次があるぞとレアンは今まで思っていたのだが――しかし機会が巡ってくるのなら、二十代の今だとて、決して逃してなるものか。次期教皇になるのは俺だぞと、或いは俗世の権力を手に入れて、我が世の春を謳歌するぞと覚悟を決めて、レアンは更に声を張り上げた。


「現実的にヴィルヘルミネは強いのです! なんとなれば旭日の勢いがある! であるからには彼女と彼女の国に祝福を与えることは、我等が教会にとって有益であると私は考えます!

 何より宮殿の囲みを解く為には、彼女を受け入れるしか無いでしょう! そしてヴィルヘルミネとは、教義に反する悪ですか!? 黒い尻尾を生やした悪魔だとでも思うのですか?

 違うのならば、さあ――……トマ=ソナクの言う通り、ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントの正義を認めようではありませんか!」


 ルクレールはやや軽薄そうな垂れ目だが、明るい栗色の髪をした美男子だった。加えて百八十二センチの長身で、均整の取れた肉体を誇っている。それでも僧籍に入れられたのは、先天性の内反足によって足が悪く、軍務に就けなかったからなのだ。


 ルクレールは顔を顰めて立ち上がり、杖を付いて部屋の隅へと移動する。ギシギシと装具が無様な悲鳴を上げて、豪奢な部屋に木霊した。

 ルクレールの歩んだ先には感動に目を潤ませるトマ=ソナクが立っていて、歩み寄る若き枢機卿に手を貸した。


「そうです、その通りなのです、レアン猊下!」

「つまりあなたもヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントを聖都へ入れる事こそ、正義であると考えたのですね?」

「ええ、ええ、もちろんですとも。断じて地位の保証はされていませんし、黄金だって貰っちゃあいませんよ。ましてやゾフィー=ドロテアの色仕掛けになんか、引っ掛かる訳がありません! 僧侶ですから!」


 ルクレール=ド=レアンは薄笑みを浮かべてソナクの肩をポンと叩き、それら賄賂の全てを受けたのだと察しながらも、己が心に確信を得る。


 ――つまりヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントは、トマ=ソナク如き俗物さえも買ったのだ。ならば俺ともあろう者が馳せ参じれば、さぞや高く買ってくれるだろう。


「反対意見が無いのでしたらフェルディナントとの交渉は、以後は拙僧ことルクレール=ド=レアンにお任せあれ」


 ルクレールは緋色の僧衣を翻し、円卓に居ならぶ五人の枢機卿に振り返る。恭しく頭を下げる彼を見て、クレメンス以外の四人は「ぱち、ぱち」と、賛意の拍手を送るのだった。

お読み頂きありがとうございます! 少々長くなってしまいました~


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― 新着の感想 ―
[良い点] お疲れ様でした。 何、この茶番。 権威に群がる白蟻共が、着飾ってオペラ会場で演技の真似事しているようだな(笑)
[一言] ルクレールが美青年ならヴィルヘルミネなら買っちゃいそうですね…それも高く。例え教皇を目指す野心を持つ俗物でも…
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