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15 ゾフィーの作戦


 三個師団を指揮下に収めたゾフィーは、ヴィルヘルミネが座す大本営から二キロほど前進し、陣形を構築した。右翼にアンハイサー、左翼にライナーを配して、自らは中央を占めている。

 辺りは見晴らしの良い平野だから、敵の伏兵があるということも無い。仮にいたとしても、後ろには女王が率いる本隊二万が睨みを利かせているから、敵が背後を衝くことは不可能だ。

 

「昔ながらの騎士道よろしく、正面から『いざ、尋常に勝負!』といったところか。見れば見る程、バカバカしい陣形だ」


 馬上から敵陣を望遠鏡で眺めて、ゾフィーは言った。


「そもそも騎士団総長のトマ=ソナクは、赤い十字の団旗を掲げるところ、誰もが武器を治めてひれ伏すと思っているのでしょう。

 自分は神など微塵も信じていないクセに、万事が思い通りになると思っている。大貴族の悪癖を全て備えたような、そういう男ですよ――アレは」


 答えるのは破門された元大司教、アレクサンデルであった。彼はゾフィーの隣でおっかなびっくり馬に乗り、眉根を寄せている。

 大司教といっても貴族の子弟ではない彼のこと、つい数年前までバルトラインの小さな教区を担当する、何の権力も持たない司祭の一人に過ぎなかった。


 けれど今ではダランベル連邦議会にも議席を占め、王都バルトラインにおいては押しも押されぬ聖職者だ。それというのも公平公正な人格が人々に慕われていることと、持ち前の美しい声がヴィルヘルミネに気に入られたからであった。


 とはいえアレクサンデルは学識も豊かで、近頃は政策についてヘルムートやハドラーと協議をしているようだ。そもそも彼は教皇庁立の大学を首席で卒業した程の、もとは将来を嘱望された僧侶なのだから、それも当然のことなのであろう。


 もっとも、ここに至るまでには紆余曲折があった。そもそも教皇庁での勤務が許されず、当時は辺境とも言えるバルトラインで司祭に留め置かれたのだから、有体に言えば疎まれたのだ。もちろんこれが教会内に蔓延る、貴族至上主義の結果であることは言うまでも無いのだが。


 そうした一切を排してヴィルヘルミネは、自国の教会を公国政府の支配下に置いた。だからこそ教皇庁は赤毛の女王を潜在的に敵視しているし、今回の戴冠に関しても頑なに認めていないのだ。


 なにせ教皇庁は超国家的な組織であり、飛び地として各国に領土を持っている。加えて十分の一税と呼ばれる徴税権も国家とは別に、彼等が独占するところなのであった。

 つまり教皇庁にとってヴィルヘルミネが女王になるということは、ダランベル一体の教皇領が根こそぎ消し飛んで、あまつさえ、その徴税権まで失うことを意味している。断じて認められるワケが無いのだ。


 なお、赤毛の女王はヘルムートに教会改革を進言された時、後ろを向いてシャボン玉を飛ばしていたという。それで言った言葉が、これである。


「泡と弾けて消えるがよい。ぷぇ、ぷぇ、ぷぇ~」


 まったく、酷い話であった。こうしてフェルディナントの教会勢力は、泡のように弾けて消えたのだから。


 この時、アレクサンデルは既得権益側にいたのだが、ヘルムートの政策を支持して十分の一税の廃止に動いている。そうした働きを民衆は見ていたから、選挙によって大司教に選ばれたのだ。

 ちなみにフェルディナントの僧侶たちは改革後、国家によって俸給が支払われるようになったのである。


 一方、聖堂騎士団総長のトマ=ソナクは、大学においてアレクサンデルの同期であったのだが、既得権益の権化と言って良い俗物だ。しかし逆に言えば自らの権益が犯されず利益が得られるならば、信仰とても都合よく捻じ曲げる男であった。

 そこでゾフィーはアレクサンデルにトマ=ソナクの人となりを聞き、作戦に利用しようと思い付いたのである。


「ま、本来であれば完膚なきまでに、叩き潰してやっても良いのだが――……」

「女王陛下とて、聖なる都を血に染めることは望まれますまい」

「分かっているから、回りくどい事をやるのだ。が――……トマ=ソナクが言う事を聞かぬなら、その時は一思いに全てを蹂躙するぞ」

「ええ、ええ。ですが大丈夫です。きっと、そのような事にはならないでしょう。それこそが、神の思し召しというものですから」


 黒い僧衣の下で、菫色の瞳が柔らかく輝いている。アレクサンデルの声は低からず、かといって高くも無い。不思議な魅力があり、妙に人を安心させるのだ。

 ゾフィーも彼にそう言われると、何となく微苦笑を浮かべ、頷くのだった。


 ■■■■


 金髪の少女が全軍に攻撃を命じたのは、払暁のことである。

 まず最初にゾフィーは自ら中軍を率いて突出し、敵の攻撃を誘った。


「血気に逸って突出したと思わせよ!」


 これを見た聖堂騎士団は三万の軍を凹型陣に変え、ダランベル連邦の中軍を包囲せんとして、前進を開始した。


「よし――掛かったぞ、退けッ!」

 

 敵の行動を察知したゾフィーは、攻撃に耐えかねたように見せかけ後退をする。同時に左右両翼を率いるアンハイサーとライナーは前進し、一時間後には聖堂騎士団を包囲するような陣形が完成した。


 だが、敵を包囲殲滅しようというのではない。ここでゾフィーは自ら騎兵一千を率い、敵の中央へ突撃を敢行する。その先では、ちょうど騎士団総長トマ=ソナクが少数の幕僚を率い、撤退しようとしてるとろこであった。


 数十人に守られたトマ=ソナクを見つけるや、ゾフィーは騎兵を率いて一気に蹴散らし、得意の二刀をもって司令官を馬上から叩き落して言う。


「貴殿がトマ=ソナクだな?」

「神罰を恐れぬ愚か者め! 私をこんな目に遭わせて、一体どうするつもりだ!」

「なに、一つ頼みを聞いて貰いたくてな――……大したことでは無いのだが、卿にとっても悪い話では無いのだぞ?」

「黙れ、黙れ! 貴様等のような邪教徒の話など、訊く耳持たぬわァァァアア!」


 ギリリと奥歯を噛み締めながら、砂塵に塗れてトマ=ソナクが吠えている。

 流石に普段から兵を叱咤しているだけあり、声だけは立派なトマ=ソナクだ。しかしゾフィーは意に介さず、部下に命じて彼をさっさと縛り上げ、引き上げてしまった。そうしてせっかく包囲した敵軍を解放し、朝と同じく正面から向き合って対峙する。


 とはいえ聖堂騎士団は、主将を捕虜に取られていた。であれば包囲が解かれても陣形の再編に手間取って、アメーバのように右に広がり左に凹みと、無様な姿を晒している。


 こうして一日の戦闘が終わると、ゾフィーは捕虜としたトマ=ソナクの為に一つの天幕を用意した。そこへアレクサンデル大司教を伴い、金髪を靡かせ入っていく。


「昼間は戦場ゆえ、失礼しました。ぜひ高名なソナク師に教えを乞いたいと思い、まかり越した次第にて……」

「トマ=ソナク殿。久しぶりですな、アレクサンデルです。お互いに異教徒という訳でもなし――……どうです、ここは一つ穏便に酒でも酌み交わし、仲良くやろうではありませんか」


 天幕の中は柔らかなランプの灯りだけ。そこに金髪も美しい妖精の如き美女が現れれば、俗物であるトマ=ソナクは鼻の下を伸ばさない筈がない。ましてや今のゾフィーは軍服を脱ぎ、鮮やかな青色のドレスを身に纏っているのだ。


 もちろんゾフィーは、こんな服を着ることを嫌がった。けれど「トマ=ソナクを篭絡したければ、金と酒と女です」と言われてしまい――渋々ながらも従って、珍しくも妖艶な美女となったのである。

 そうして一時間もするとソナクは酒に酔い、上機嫌で手を叩いて言った。


「なんと、なんと、そういうことであれば、承知した! ゾフィー殿のように美しい女性に酌までして頂いて、何一つ報いるところが無いとなれば、これこそ神もお許し下さるまい! どぉんと、拙僧にお任せあれ!」

「はぁ――……では、よろしくお願い致します」

「ところで先ほどの話、本当に大丈夫なのでしょうな、ゾフィー殿?」

「ええ、大丈夫です。我等がカメリアへ入城しても、ソナク殿には変わらず聖堂騎士団総長を務めて頂きますとも……お約束致します」

「で、では、約束の証拠に、ゾ、ゾ、ゾフィー殿! 拙僧の頬にチューをしてくれませんかな! ハハ、ハハハハ!」

「え、ええッ!?」


 狼狽えて逃げ出そうとするゾフィーを見て、アレクサンデルが首を振る。

 仕方が無いと意を決し、ゾフィーは髭面僧侶の頬に軽く――チュッとした。


「んほーーーー! 最高ですぞ、ゾフィー殿! 拙僧、お約束は必ず守りますデス!」

「では、トマ=ソナク殿。開門の件、くれぐれも、宜しくお頼みしますぞ」

「ああ、アレクサンデルか――……まあ、貴殿とも同窓の誼だしな、任せておけ。しかし、ああ、僧籍である自分が恨めしいッ! くぅーー! すまぬ、ゾフィー殿! 拙僧は妻を持てぬ身なればァァァァ!」


 こうしてゾフィーは敵を破るどころか味方に付けて、聖都の門を開かせた。

 なお、どうやって開門させたのかヴィルヘルミネに問われたゾフィーは、語尾が消え入りそうな程に小さな声で囁き、モジモジとして言った。

 

「ち、地位の保証と、黄金を少々――約束いたしました。これでカメリアが手に入るのならば、や、やや、安い買い物だと存じましたのでしゅ。だ、断じてドレスなんか、着ていないのでしゅ……」

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