14 聖堂騎士団
相互不干渉という協定を帝国と結んだヴィルヘルミネは、ルイーズに別れを告げた翌日、エリュクス山脈を越えるべく南下を開始した。十一月も半ばに近いという季節柄、チラホラと雪も降っている。
本来ならばヴィルヘルミネは、ランスへ行ってオーギュストと合流したいというのが正直なところ。けれど何を理由にランスへ行けば良いのかと、教皇領へ向かうと決めた今でも頭を悩ませていた。
――バルジャンが病死ということなら、彼の死をもって大義名分とは出来ぬ。加えるにアデライードの処刑とて、民が望んだということならば、ランスにとっては正義であろう。
ならば余は、ランスの民衆を敵に回して戦えるのか? じゃが、今度ばかりはアギュロンを支持した民衆が、余は許せぬ……。
ヴィうヘルミネは自身が煩悶すればする程に、アデライードを失ったオーギュストの心情が偲ばれた。彼は果たしてこれから誰の為に戦い、誰の為に生きてゆくというのだろう。
或いはバルジャンを失ったダントリクのことも、赤毛の女王は想わずにはいられない。きっと今頃、彼は闇に紛れて事の真相を暴こうとしているはずだ。そう確信できる程度には、ヴィルヘルミネも彼の性格は知っていた。
そうしたことを考えるにつけヴィルヘルミネは、ますますアデライードの処刑を理不尽なものだと憤る気持ちが強くなってきた。それと同時に、なぜ彼女は最後の最後まで抵抗をせず、処刑されてしまったのかと不思議に思うのだ。
――無様でも良い。生き延びてさえくれたなら、余はいくらでも援助をしてやれたのに……。
自分ですら、こう思う。ならばオーギュストの悔しさは、一体どれほどであろうか。
――自分だったら何としても生き延びて、オーギュの元へ帰りついたのに……。
そんな風に思ったら、赤毛の女王は「あれ?」首を傾げて「恋人って美味しいの?」と意味が分からなくなってしまった。
「のう、ゾフィー。もしも卿に恋人がいたとして、相手が罪無くして処刑されたのなら、その時は一体なんとする?」
左は絶壁、右は断崖という細い道を行きながら、何とか隣に馬を並べるゾフィーにヴィルヘルミネは問いかけた。もう、自分一人で考えていても埒が明かない。
「……恋人、ですか」
キラーンと蒼い瞳を煌めかせ、ゾフィーがじっとヴィルヘルミネの横顔を見つめている。それからたっぷり十秒ほどかけて、金髪の親友は答えるのだった。
「もしも恋人が処刑されたならば、処刑に携わった者、悉くを殺します。可能であれば、その親類縁者まで、全て――……」
中天に上った太陽は山の頂に近いせいか、いつもより眩しくて。赤毛の女王は手で庇を作り、眉根を寄せている。ゾフィーの答えが余りにも冷酷で、白く濁る馬の吐息さえ凍り付きそうだった。
けれどヴィルヘルミネは頷いて、「で、あるな。恋人であれば」と同意を示している。となればオーギュストの恨みは想像に難く無く、けれどアデライードが処刑されるときに抱いた思いには、未だ手が届かないままだった。
結果――余もアデリーのように美人で可愛ければのぅ……と、心の中に絶望を抱くヴィルヘルミネは、ションボリしながら教皇領へと入ったのである。
■■■■
十一月二十五日、ヴィルヘルミネ率いるダランベル連邦軍は、聖都カメリアの北西五キロの地点まで進出した。しかし彼等の眼前には聖堂騎士団三万余が陣を敷き、待ち構えていたのである。
「旧式の銃に旧式の大砲で、しかも数に劣ると言うのに平らな草原に陣を構えている。そりゃあ収穫も終わって畑が荒らされる心配も無いということでしょうが――彼等の狙いは前時代的な騎兵突撃ですよ、こりゃあ」
強硬偵察に出した軽騎兵の報告を聞き、情報を纏めて大本営に持ってきたライナーが、呆れたように肩を竦めていた。上座に座るヴィルヘルミネでさえ、「はぁ」と溜息を吐いた程である。
「自殺志願者を相手にするほど、余と余の軍隊は暇では無いぞ」
強い敵には弱く、弱い敵には強いヴィルヘルミネのこと。尊大な口調で言うや、無駄に長く美しい足をしゃなりと組んでいる。報告を聞いて途端に曇り始めた表情は、己が無策を物語っていた。
「――ええ、分かっています、陛下の仰る通りだ。あの手の敵は、損害を気にせずに戦いますからね。こっちは味方に損害が出なくても、気持ちが疲弊するんですよ。いや、物資もですか――正直、弾の無駄使いだ。嫌な敵ですよ、まったく」
ライナーは着座して、冷えた手を擦り合わせながら言う。まだ早朝だから、随分と冷えていた。従卒が注いだ熱いコーヒーで喉を湿らせると、ようやく人心地が付いたらしい。
「そういうことなら、ここはボクに任せて下さい。鋼鉄の薔薇を率い、いっそのこと教皇を攫ってきましょう。そうすれば、弾も心も安全です」
「フフン」と鼻を鳴らして、ジーメンスが言う。彼は会議の末席に身を連ねているが、未だ准将の身だ。あまり大きなことを言える立場では無いが、周囲の面々が若いから、少しでも目立とうとしているらしい。
「卿の部隊ならば可能と思うが、しかし立場を考えよ、ジーメンス。卿は今、ヴィルヘルミネ様を守る最後の砦であろう。軽々に動くべきではないはずだ」
尤もらしい事を言うのは、エルウィンだった。彼とて二十二歳に過ぎないが、この中では抑え役に回る方が多くなっている。
「ではエルウィン卿には、何か腹案がおありなのですか?」
イルハン=ユセフの発言だ。今や二メートルに近い巨漢となった彼は、まさしくヴィルヘルミネにとって肉の防壁である。
「正攻法しかあるまい。下手に奇をてらうより、正面より削っていく。それが結局のところ、味方の損害を減らす方法だ」
「む、むむ……」
ヴィルヘルミネはエルウィンの提案に、眉根を寄せて難色を示した。
確かに正攻法で戦えば必ず勝つが、だからこそ必ず勝てる相手と戦っても仕方が無い。その程度の計算も出来ない相手との戦争は、つまるところ虐殺になるからだ。
いや、今回の敵の場合はむしろ、いわゆる殉教目的の自殺志願者かもしれない。となれば、こんなものと戦う味方の心が心配だ。折れないまでも、敵を倒せば倒す程に病んでいく。だから、誰かに名案を言って欲しい。そういうところが女王の本音であった。
「こういう戦いは、気が進まねぇッスねぇ」
アンハイサーも眉根を寄せて、首を左右に振っている。
「ではいっそ、教皇猊下に使者を送ってみますか?」
エルウィンもやや弱腰になり、穏当な意見を口にした。
そうして幕僚達が弱気に傾く中、一人気焔を吐く将がいる。ゾフィー=ドロテアであった。
「無駄でしょう。むしろ彼等を最後の防壁と頼みにしているからこそ、固く城門を閉ざしているのです。大丈夫――……わたしに任せて頂ければ、すぐにもアレを撃滅してみせましょう」
自信たっぷりにそう言われれば、決断に困っていたヴィルヘルミネに否は無い。
「む、よかろう。ではゾフィー、卿には副将としてライナーとアンハイサーの両名を付ける。時間は掛けるなよ」
「御意!」
こうしてゾフィー=ドロテアはヴィルヘルミネに命ぜられ、三万の軍勢を率いて聖堂騎士団に対峙したのであった。
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