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13 相互不干渉協定


「単刀直入に言いますわね、ヴィルヘルミネ。キーエフ帝国政府はフェルディナント(・・・・・・・・)の教皇領侵攻を、条件付きで容認しますわ」


 相変わらず成長の無い胸を反り返らせて、ルイーズが超上から目線で言う。ツーサイドアップにした朱色髪を右手で払い、彼女は「ふふん」と鼻を鳴らしていた。

 ルイーズはヴィルヘルミネに比べて一歳年長だから、どうしても年長者風を吹かせたくなる。そんな所も含めて赤毛の女王は、「メンドクセェ」と思うのであった。


 とはいえ今のルイーズは、軍服ではない。と言って令嬢らしいドレス姿と言うでもなく、カーキ色のジュストコールを誇らしげに着用していた。帝国官僚の制服である。

 彼女は彼女なりに考えて、軍事の天才たるヴィルヘルミネと同じ土俵で戦うことを止めたのだ。第一、彼女は戦場が怖かった。それを認めた時、自分のいるべき場所は武力を直接に用いない政治の舞台なのだと、思い至ったのである。


 ――いいわ、戦争に関してはあなたが上だと認めてあげる。でも所詮あなたは、わたくしの駒に過ぎないの!


 そうした自信がのぞくのも、十七歳にして帝国政府の参事官に抜擢されたからには当然だ。ヴァレンシュタイン公爵家の令嬢というバックボーンがあるとはいえ、これで才媛であることは証明されたのだから。

 が――相対するヴィルヘルミネは、そんなルイーズの自信をハナから打ち砕くようなことを言う。


「ほう――……かいがいしくも皇帝の走狗に成り下がったようじゃの、ルイーズ。一段と楽しそうで何よりじゃ。しかし今の余は、卿とお喋りに興じる気分ではない……出直せ」

「違うわよ! そういうんじゃ無いわよ! ちゃんと話を聞きなさいよ! アンタにも悪い話じゃないし、そもそも、わたくしは帝国の参事官なのよ!? 外交官として、もの凄く偉いんだからッ!」

「はいはい――……ちっとも胸が大きくならんから、せめて地位だけでも大きく膨らましたのじゃな。いじましい努力じゃの。なぁ、ゾフィー」

「はっ……可哀想ですね」

「ちょ、アンタたち! だいたいゾフィー! アンタだって威張れるようなサイズじゃないじゃないのよ!」

「はぁ――……」

「溜息? ねぇ、なんで溜息なんか吐くのよ! 帝国の参事官なのよ、わたくしは! もう少し敬いなさいよねッ! とくにゾフィー=ドロテア! アンタよ! あんたの地位は何!? 言ってごらんなさいな!」

「はぁ、わたしは連邦王国軍少将ですが……」

「はんっ! 連邦王国なんて、まだ列強は認めていないのだわ! てことはアンタ、フェルディナント軍の少将に過ぎないの! つまり帝国外交官の地位に置き換えたら、精々が一等書記官ってところでしょうね!」

「……だから?」

「ああああああッ! もういい、分からせてやるわッ!」

 

 腕まくりをしたルイーズが、ヴィルヘルミネの座る場所までズンズンと近づいていく。もはや使者の役割など忘れて、完全なケンカ腰であった。


 けれど成長著しいゾフィーが立ち上がり、ヴィルヘルミネとの間に割って入る。こうなると身長が未だ百六十センチにも達していないルイーズのこと、今や二刀の代名詞となったゾフィーを前に、アワアワと口を波打たせるだけだった。


「ゾ、ゾフィー。わたくしは、アンタの主に文句を言おうとしているの! ど、どど、どきなさい!」

「文句があるのならば、わたしに直接言えばよろしいでしょう」

「だ、だったら言うわよ! アンタ、わたくしの胸のサイズを馬鹿にしたでしょう! ゆ、許さないんだからね! 小さくたって、需要はあるんだからね!」


 瞬間、ヴィルヘルミネの両目がギラリと光る。「確かに、ちっぱいとて捨て置けぬ!」と思っていた。

 そうした主君の眼光を見て、「冗談はこれまで」と勘違いしたゾフィーがコクリと頷いて言う。


「ところで、参事官閣下。先ほどの、お話の続きを詳しく伺いたいのですが……」

「え、先ほどの?」

「ですから、帝国が我が国の教皇領侵攻を認める――という話です。正直言って、俄かには信じがたいのですが」

「ん? ああ……それね、そうだったわ。ミーネやアンタが余りにもあんまりだから、ついカッとなって忘れてしまう所だったじゃない! ――……つまりね」


 そうしてルイーズが説明することには、キーエフ帝国はランスへ攻め入るから、フェルディナントには手出しをしないで欲しい。そうしてくれるのならば対価として、教皇領への侵攻を黙認する――という話であった。つまりは、軍事協定の提案である。


 なお、ちっぱいについて詳しい話を希望していたヴィルヘルミネは、「まあ、座れ」とルイーズを自分の横に座らせて、じーっと意味深な視線を彼女の胸へと向けている。なので話の内容は、ぜんぜん理解していないのだった。


 ■■■■


「なるほど、ルイーズ様が頑なに我が国をフェルディナントと言い続けるのも、それが帝国の公式見解であれば仕方がありませんね」


 ピンクブロンドの髪色をした青年が、苦笑交じりに納得をした。エルウィンもランスの駐在武官を務めた事があるから、言葉には随分と気を使ったものである。

 そうした経験を思えば目の前の少女も、若いながら外交官らしく振舞おうとしているようだった。


「ええ、その通りですわ、エルウィン卿。さすが、察しが良くて助かります」


 しおらしく微笑を浮かべて会釈をする姿は、自らの美貌を知る者のそれだ。つまりルイーズは自身の美貌も含めて、外交官として生かそうというのである。だから軍事はイシュトバーンに任せることにして、父には我儘を言い公国を飛び出したのだった。


「となると皇帝陛下はヴィルヘルミネ様が教皇領へ行き、教皇なり枢機卿なりを本国へ連れ帰ることまで込みで、認めていると解釈してもよろしいのですか?」

「帝国とて一枚岩ではありません、教皇の我儘には手を焼いているのですわ。ですから今回のことが薬になれば良いと――皇帝は、そう考えていますの」

「ルイーズ様はヨーゼフ陛下を、皇帝と呼びますか」

「エルウィン卿。先ほども申し上げました――帝国は一枚岩ではないと。わたくし自身の立場とて、色々とあるのですわ」

「つまりルイーズ様。あなたは帝国の人質であり、同時にヴァレンシュタイン公爵の密偵でもあると――」

「明言は、致しませんわ。ですがそう思いたいのでしたら、ご自由になされば良いと思いますの」

「フフッ……短期間で、随分と成長なされたものです」


 エルウィンは素直に感心し、ニッコリと微笑んだ。

 ルイーズはイケメンビームが眩しくて、思わず顔を背けて赤面した。


「せ、世辞は結構ですわ。ともかく教皇猊下がお認めになるとあれば、ダランベル連邦王国という国家とて、皇帝も認めるに吝かでは無いでしょう――……ただ」

「ただ?」


 エルウィンは怪訝そうに問うて、ルイーズの顔を覗き込む。  

 朱色髪の少女はイケメンにまじまじと見られて、思わず顔を火照らせてしまった。


「た、ただ――……ミーネが今まで通過してきた街は、全部が帝国領ですわ。これは返して頂きませんと、皇帝も立場がありません」


 本来ならば毅然として言うべきところ、ルイーズは俯き加減でモニョモニョとして言った。だからゾフィーやライナーといった武断派の将は、関係ないとばかりに首を左右に振っている。


「街を守る意思すら見せなかった帝国が、一体何を返せとのたまうのか。本当に取り返したくば、我等と一戦交えればよかろうに」


 とくにゾフィーは眉根を寄せ、不愉快そうに言った。

 だがルイーズのちっぱいに注目していたヴィルヘルミネは、ぜんぜん違う。


 ――はて、街を返せとな? 余、取った記憶が無いのじゃが、じゃが?


 そもそもヴィルヘルミネは最初から、戦争をやる気など無かったのだ。

 たまたま進路に街があったから、「門を開けよ」と言ってみただけのこと。そうしたら案外すんなり開門されたので、その都度ちょこちょこ軍の休息に使っただけである。


 という訳で赤毛の女王に街を占領した気などなく、だから返せと言われるまでも無い。なのでニヤリ笑みを浮かべると、ヴィルヘルミネは、こう言った。


「好きにせよ。元より街に兵は置いておらぬゆえ」


 諸将はヴィルヘルミネの判断に、ギョッとして目を見開いた。

 なんとなれば赤毛の女王は、今日の展開を全て予測していたのではないか――そう思ったからだ。でなければ落とした街を防衛する為に、一個大隊なりとも残すはずである。だから、やはりヴィルヘルミネの深謀遠慮には、誰も敵わないのだと幕僚達は思うのだ。

 そして彼女の言葉は、エルウィンに新たな忖度を招かせた。


「――断は下された。進路はそのまま、我が軍は教皇領へと向かう」


 ピンクブロンドの髪色をした青年は立ち上がり、大きく右手を振って言う。

 僅かに遅れて諸将も立ち上がり、「おお!」と拳を突き上げた。


 ――え、あ? ぷぇ?


 ルイーズのちっぱいばかり見ていたヴィルヘルミネは、一瞬何が起きたか分からない。表情が無いのは茫然の発露だが、誰もがそうは思わないから不思議である。


「流石ね、ミーネ。父からは、あなたが復讐心に駆られてランスへ攻め入ろうとしたならば、止めるようにと言われていたの。けれどあなたときたら冷静そのもの――怖いくらいなのだわ」


 隣に座るルイーズに微苦笑を浮かべて言われたならば、いよいよ赤毛の女王は困ってしまう。だって、ちっぱいの観察をしていただけだもの。


「でも、心配しないで、ミーネ。バルジャン将軍やアデライードさんの仇なら、きっとお父様がとって下さるから」

「……で、あるか」


 ルイーズにギュッと抱きしめられて、ちっぱいも悪く無いと改めて思うヴィルヘルミネなのであった。

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