12 心、乱れて
バルジャン逮捕の報が暗い影を落としていたが、あとは概ね絶好調な女王の下に、悲報が齎されたのは夕刻のこと。
辺りは西の彼方へ沈みゆく太陽で朱に染まり、規則正しく並べられた天幕群の側では、烹炊の煙がユラユラと空へ立ち上っていた。
ヴィルヘルミネは大天幕の外にヘルムートからの使者を迎え、オウム返しに問うている。ヨロリと揺れてしまったのは、全くの無意識であった。
「――バルジャンが病死? アデリーが処刑されたじゃと?」
「バルジャン閣下に関しては、あくまでも公式発表にございます。目下のところ諜報部が情報を集めておりますので、いずれ詳細も分かるかと」
「ア、アデリーは何故、処刑されねばならなかったのじゃ?」
「反革命罪とのことです、陛下」
「馬鹿な――……なぜ今更。いや、そもそもバルジャンが生きておれば、アデリーが処刑されることも無かったはずじゃろ。
いや待て、ポール=ラザール……あの男はどうしておるのじゃ。グランヴィルの市長であれば、アデリーの処刑を止め得たはずでは無いのか?」
珍しくヴィルヘルミネの頭は回転していた。というよりアデライードの死を信じたくない一心で、情報の穴を探すことに必死なのだ。
けれど使者は淀みなく、更に不穏な情報を口にする。
「ポール=ラザールは現在、行方を眩ませております。我らとの繋がりをアギュロンに気付かれたが故、諜報部が匿ったものかと」
「ならば何故、諜報部は――リヒベルグはアデリーとバルジャンも守らなかったのじゃ!」
珍しく赤毛の女王が怒声を張り上げた。両拳を握り締め、ヴィルヘルミネは奥歯をギリリと鳴らしている。
――二人には、もう会えない。
そう思うと、胸の奥がズキリと痛む。父を失った時には無かった、絶望的な喪失感だ。何も考えられず、「死」という言葉が頭の中をグルグルと回っている。
これ以上、使者の話を聞いていたら倒れそうだ。だからヴィルヘルミネは右手を振って、「役目、大儀」とだけ言い、大天幕の中へと引っ込んでいく。
簡易のベッドにコテンと倒れ、ヴィルヘルミネは一人茫然としながら考えていた。
――余が本当に天才であったなら、こんなことにはならなかったのじゃ。アデリー、バルジャン、すまぬ……。
■■■■
薄暗がりの大天幕の中、ヴィルヘルミネは簡易のベッドに潜り込んだまま、小一時間も一人で悩み煩悶とし続けている。ゾフィーやエルウィンが彼女の顔を覗き込んでみたところで、ゴロリと寝返りを打ち「むむぅ」と唸り声を上げるだけだった。
それが突如として、「皆を呼べ」と言い立ち上がる。別に意を決した、という訳ではない。ただ単に考え過ぎて、脳みそがパンクしそうになったからだ。
何せ明日には山脈を越え、パレストリ半島を目指す予定になっていた。けれどランスでバルジャンが病死して、ポール=ラザールも失脚したとなれば、即ちランスにおけるフェルディナントの勢力が失われたのと同義なのである。
――あ、これって余も危なくね? 攻められたら大変じゃね?
不意に事態に気付いてしまった赤毛の女王は、みんなにも聞いてみようと思ったのだ。ついでに元来が自己中心的なヴィルヘルミネのこと。
――アデライードがいなくなったということは、オーギュが余に振り向いてくれるかも……だったら、ランスに行きたい……。
実際には言語化できるほど明確な意思ではないが、心の片隅にはこうした欲望も芽生えていた。これを必至で否定して、ブンブン頭を振りながら、赤毛の女王は立ち上がったのである。
そうしてヴィルヘルミネは皆を大天幕の中へ集めると、先ほどの使者をもう一度呼び、状況を説明させた。
話を聞くや怒号を発したのは、やはりゾフィー=ドロテアその人である。
彼女はアデライードからマンゴーシュを託されていたこともあり、彼女に対して並々ならぬ親愛の情を抱いていたからだ。
「おのれ、アギュロン。アデリーが反革命罪だと!? こんなものは謀略だ! ヴィルヘルミネ様! ここは何としても、ランス革命政府に懲罰を下すべきですッ!
それでなくとも、アギュロンの我等に敵対する意思は明白! パレストリ半島へ攻め入った途端、ランス軍に背中を突かれる可能性を考慮すれば、まずは一撃与えて然るべきかと存じますッ!」
野戦会議用の長机をバンと叩き、ゾフィーが目を吊り上げて言う。エルウィンは口を真一文字に結んだまま、それでも同意と首を上下に振っていた。
「僕はバルジャンの死も――……アギュロンの陰謀だと思う。となれば今のランス政府は、断じて我等の敵だろう」
「いやいや、ゾフィー様もデッケン少将も冷静になって、ちょっとだけ待つッス。ここまで来て全軍を返すって事なら、現実的じゃねぇッスよ。目の前の教皇領は、どうするッスか?」
反論したのは珍しく、アンネ=アンネ=アンハイサーであった。彼女は死んだバルジャンやアデライードと懇意にしていた訳ではない。だから比較的冷静な判断が出来るのだ。
「だったらアンハイサー、卿はどう思うのだッ!?」
ゾフィーに蒼氷色の目を向けられたアンハイサーは、「ヒェッ」と情けない声を出す。個人的な武勇という点で比べれば、二人の間には決して越えられない大きな開きがあるからだ。
だから肩を竦めたライナーが、アンハイサーの言葉を代弁して言う。
「いやぁ……ここで退き返すとなれば、キーエフ帝国がどう出るか。それに教皇庁にしたところで、このままにはしておけないでしょう」
「そ、そうッス。ライナーの言う通りッスね」
「――が、しかし。バルジャン将軍を失ったランスならば、軍事的に与しやすいかも知れない。一気に攻めれば、革命政府を倒すことも可能でしょう。
一方でランスは大国だ。時間を置けば体制を整え大軍を擁し、我が国に襲い掛かってくるかも知れません」
「つまりライナーも、ランスを叩くならば今だと――そう考えるのじゃな?」
「はい、陛下」
ライナーもしがらみが無い分、中立的な意見が言える。その彼がランス征伐に傾いたからには、ヴィルヘルミネも「それが正しいのかの、やっぱり」と考え始めていた。
「お待ちください、陛下!」
しかし、そこで黒い僧服姿の男が会話に割り込んできた。教皇庁に破門された、アレクサンデル大司教だ。
「我が国は現在、教皇庁と反目したままであります! であればランスに攻め入ったとて、聖職者たちの支持を得られませぬ! なんとなればランスの国教こそ我等が教え、テレーズ教なのですぞ! ゆえに我が軍がランスを占領したとしても、今のままでは統治こそ至難の業と言わざるをえませぬ!」
皆の視線が集まる中、ヴィルヘルミネはテンパっていた。何せ二者択一なのに、選べない。だから今では現実から逃避して、推しカプのあられもない姿を妄想しつつ、口元に弧を描き笑っていた。「フフ、フハハ――……」
そうして赤毛の令嬢が脳内の桃源郷を彷徨っていると、キーエフ帝国からの使者が訪れた。幕僚達は椅子をガタリと揺らし、動揺を見せている。
しかし、現実と妄想の境界線を失ったヴィルヘルミネはイケメンが訪れたのだと思い、ニタリと笑っているだけだ。
「フハハハハハ――……来たか。さ、通すのじゃ」
幕僚達はヴィルヘルミネが、これさえ予想していたのかと息を飲む。
けれど当の女王は使者として訪れた相手を見るや、露骨に眉根を寄せていた。だって、「コレじゃない」感が凄かったのだ。
「なんじゃ、ルイーズではないか」
「ちょっと、ヴィルヘルミネってば女王になったら随分じゃない? 親友たるわたくしが来たというのに、出迎えもしないなんてどういう了見かしら!? しかも何よ! いま溜息? 溜息を吐いたの!?」
「いや、まあ――……そんなことより、今日は一体なにをしに来たのじゃ? 遊びなら今は忙しいから、ちょっと付き合えんぞ――……」
「な、何を言っているの、ヴィルヘルミネったら! 言ったでしょう! わたくし今回は正式に、皇帝ヨーゼフ六世陛下のひしゃ――あう、噛んだ……し、使者なのだわ! だから耳をかっぽじって、よくお聞き! 我が国の提案を! そして、お父様の方針を!」
女王の前で尊大にも、腰に両手を当てて居丈高に言う朱色髪の少女。彼女こそヴィルヘルミネの大親友(自称)、ルイーズ=フォン=ヴァレンシュタインなのであった。
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