6 群衆の行進
オーギュストは室内を見渡したあと、ジトッとした目をバルジャンへ向けている。上官の趣味嗜好性癖はこの際、どうだっていい。
そもそもが、かつては無能とあざけっていた上官だ。むしろ火急の時にしか真価を発揮し得ない奇特な人なればこそ、男に走ったのだろうと諦めた。
というか――……ダントリクが相手であれば、少しだけ気持ちも分かろうというものだ。
――確かにダントリクのやつ、男にしておくには勿体ないくらい綺麗になったものなぁ。
うっかり一定の理解を示すオーギュストは、そんな場合じゃあないと首を左右に振ってから、バルジャンに言った。
「マクシミリアン=アギュロンから首都防衛隊に、民衆の護衛要請が出されました。それに憂国兵団の連中も、動いている」
「参ったな、そいつは。どちらも私が命じて止められる相手じゃあないぞ」
「ええ、そうです。つまりバルジャン閣下、これは罠なんですよ。王党派とアンタを一緒に排除する為に仕組まれた、巧妙な罠だ。それが証拠に俺は兄貴から、今回の決起に関する何事も知らされちゃあいないんですからね」
「へぇ……ある意味めでたいじゃないか、ランベール少将。ついに君も私の一派だと、認められたワケだ。は、は、は」
「面白くも無い冗談を言ってる場合じゃあないでしょう、閣下。こうなれば急進派のやつら、いよいよ本気になったってことですからね。どう凌ぐか――……急いで決めなきゃなりません」
「今までだって急進派の連中は、遊んでいたわけじゃあ無かろう。むしろ臍を噛む思いだったというか……いや、まぁ、そんなことを言っている場合じゃあ無いな。しかし、どうするか――……この分じゃあ兵を動かす大義名分だって立たないだろうし……」
バルジャンは目を泳がせて窓から外の民衆を見下ろすと、「む、むむ……」と唸っている。事態は先ほど考えたより、更に深刻であった。
ことの発端が急進派の陰謀であるならば、国民衛兵隊を動かしたところで、首都防衛隊と激突してしまうだけのこと。それでは意味が無かった。
何故なら首都防衛隊は正規軍ではなく、十人委員会直属の民兵組織であるからだ。したがって国軍の司令官たるバルジャンと云えども、その一存で彼等を動かすことは出来なかった。
しかも急進派の首魁アギュロン、彼の私兵と言われる憂国兵団が動い以上、間違いなく騒動は過激化するはずだ。
ダントリクも厳しい表情で下唇を噛み、両拳を握っている。
彼女はこのところ、バルジャンとの関係が一新されたことで浮かれていた。その事が普段の明晰な頭脳を鈍化させ、掛かる事態へ発展するであろう状況を読み誤っていたのだ。
でなければ、こうなる以前に対応策をバルジャンへ進言し、事なきを得ていただろう。
「――すまねぇだ、閣下。アギュロンなんかに、してやられた」
「いや、ダン坊のせいじゃない。それに、してやられた――なんて言えば、アギュロン氏の方こそ私たちにやられっ放しだったわけだから、これで留飲の一つも下げてくれりゃあ良いんだがな」
ダントリクの頭をポンポンと軽く撫でて、バルジャンは苦笑した。
「バルジャン閣下。コトは、そう甘いものじゃ無い。民衆が向かっているのはパンテオン宮殿で、彼等の護衛を首都防衛隊がやっている。しかも過激派の憂国兵団が火に油を注ぐとあっては、彼等の狙いは明らかだッ!」
激しい身振り手振りを交えて、オーギュストが言う。彼は今、焦っていた。
「んだな――となれば民衆の狙いはパンでも、アギュロン殿の狙いは国王の首だべ」
「その通りだ、ダントリク中尉。しかもこれだけの数となれば、王宮に詰める近衛連隊だけで防げるワケがないッ!」
王宮には近衛連隊長として、アデライード=フランソワ=ド=レグザンスカ准将が詰めている。つまりオーギュストにとっては、これが恋人と生死を分かつ分水嶺になりかねないのだ。
「分かった、とにかく司令部へ急ごう。ここで状況を座視していても、何も変わらないからな」
そうしてバルジャンは着替えを済ませ、ダントリクとオーギュストを引き連れ、国民衛兵隊の司令部へと向かうのだった。
■■■■
「誰が撃てと言ったか、相手は民衆だぞッ!」
靴音高く床を蹴って現れたのは、近衛連隊長のアデライード=フランソワ准将だ。
彼女は部屋に入るなり、仲間に肩を押さえつけられ、床に潰された格好の一人の軍曹を睨み据えている。
「愚かな特権階級め、思い知れ……民主共和万歳――……うぐッ!」
後ろ手に縛られ、押さえつけられていた軍曹はアデライードを見上げて睨むと、一気に舌を噛み切った。「ゴフッ」とくぐもった声を出し、見る間に床へ血が広がっていく。
「自由貴族の一味であろうが、共和主義者と狂信者というものは――……」
アデライードは額に手を当て、力無く頭を振った。外からは憂国兵団が張り上げる怒声と共に、撃ち込まれる銃弾が壁に当たって弾ける音が絶え間なく聞こえてくる。
今、舌を噛み切った男が放った一発の銃弾が、この現状を齎した。
憂国兵団が「王軍が撃った!」と声を張り上げれば、すぐに首都防衛隊が反撃の銃弾を返したのだ。
既に仕組まれた罠だと、アデライードは気付いている。
――けれど数千にも膨れ上がった怒れる民衆を相手に、どう真実を伝えればいい?
撃ち返せば、状況は悪化する。となれば、もはやアデライードは国王一家を守る自信さえ失いそうであった。
「閣下、交戦の許可を! このままでは前庭を突破され、中庭まで到達されます! となれば国王陛下のご寝所まで踏み込まれる、最悪の事態にもなりかねませんぞッ!」
部下が悲鳴を上げていた。
今、決断しなければ、確かにそうなるだろう。けれどアデライードはランスの軍人として、民衆に武器を向けることだけは出来なかった。
「ダメだ、ギリギリまで踏み止まれ」
「しかし閣下!」
押し問答を続けている間にも、群衆は宮殿の門を突破しようとしている。ここを支えるならば、もはや発砲は不可欠であった。
しかし、アデライードの決断は――……。
「後退し、陛下のご判断を仰ぐ。何であれ民は皆、陛下の赤子なのだ。これを勝手に傷つけることなど、私には出来ない」
こうしてアデライードは部隊を率い、宮殿の奥深くまで後退したのだった。
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