5 作戦失敗のバルジャン
「そうか、ダン坊――……俺を煙に巻こうってんだな。女だなんていって誤魔化して、そうまで俺に抱かれたくないってわけか……」
余りの混乱からか、バルジャンの目はぐるぐるだ。ベッドに腰を下ろし、頭を抱え込んでションボリと言った。
隣に座るダントリクは、そんな英雄を愛しく思っている。だからこそ、ここは突っ込まずにはいられない。
「おい、バルジャン閣下は男が好きなんだべか? そういう趣味なんだべか?」
「違う! 俺はノーマルだ! 本当なら女性がいいが、たまたま俺が好きになった人が――ダン坊、つまり、男だったっていうだけのことさ」
「フッ」と自嘲気味に笑い、バルジャンは再び項垂れた。
「だからオラ、女だって言ってるんだべ」
「いやでも、軍の書類にしっかり書いてあるぞ――……セレス=ダントリクは男だって……」
「セレスは死んだ兄様の名前なんさ。つまりオラ、幼年学校から今に至るまで、ずっと兄のフリをして過ごしていたんだべ」
「――ん? どゆこと?」
バルジャンは頭をグインと起こすや急角度に首を傾げ、ぱちくりと目を瞬いた。
「だ か ら オラ、本当は――女なんだべ」
「ええと、ええと……これは夢かな? ダン坊が自分のことを女だって言いだして、しかも実際、女性に見えてきた」
バルジャンは「うーん、飲みすぎたかな?」と唸り、そのままベッドの中へと入っていく。
「ね、寝ないでくんろ! まずは話を聞いて欲しいだ! バルジャン閣下の性癖は分かったから、それでもオラにチャンスをくんろッ!」
「ん? ――……ダン坊。俺の性癖ってそりゃあ一体どういう……?」
再びムクリと置き出して、バルジャンがじっとダントリクを見つめて問う。ダントリクはモジモジしながら、小さな声で答えた。
「閣下は男が――……好きなんだべ」
「違う。ダン坊が好きなんだ」
「――……だ、だったら、話を聞いて欲しいべ」
ダントリクは顔を真っ赤にしながらバルジャンを見つめ、そっと近づき彼の唇へキスをした。
■■■■
「つまりダン坊は二年生になった時から、セレスからアリスに入れ替わっていたってことだな?」
「んだ。だからバルジャン閣下と出会ったときは、もうオラ――アリスだっただ」
「となると、本当のセレスはどうして死んじまったんだ?」
水を入れたグラスをベッドサイドのテーブルにコンと置き、バルジャンは言った。話し始めて一時間ほどが過ぎ、アルコールも大分抜けている。となれば彼の思考力も理解力も相応に回復して、ダントリクの話は十分に聞けていた。
「大したことじゃねぇべ。兄様は一年目が終わって帰省した時、流行り病さ掛かってあっけなく、な」
水を入れたグラスをキュッと両手で握り、ダントリクが言う。
今、ダントリクとバルジャンは再びベッドの端へ並んで座り、語り合っていた。
「それならそうと、然るべき場所へ申し出れば良かっただろう。そもそも、ダン坊――……いや、アリスの名前で幼年学校へ入ることだって出来たはずじゃあないか?」
「いんや。幼年学校に入りたい人は沢山いて、定員だってあるべ。ましてやオラたちの地域で平民に開かれた枠は、少ないんさ。そんな中で前年に家族が幼年学校へ入っている我が家からオラもなんて、とても無理な話だべ。成績が規定に達していても、推薦状が貰えねぇだよ」
「だからダントリク家は一計を案じ、アリスが死んだことにした。そうしてセレスを埋葬し、アリスがセレスとして生きることになったってことか」
「――……んだ。だから戸籍上のオラはもう死んでいて、今のオラはセレス=ダントリクとして生きるしかねぇ」
「それで、女の身体を持った男だと、そう言ったんだな――ダン坊は」
「んだ。嘘じゃねぇ――……それを今、証明するだ。好きだと言ってくれたから、だから……」
消え入りそうな小声で、ダントリクが話している。けれど意を決して顔を上げると、自分で制服のボタンに手を掛け、上半身を露にした。
「こ、これが、証拠だべ」
「お、おお――……」
バルジャンは目をごしごしと擦り、ダントリクの胸に聳える二つの丘を眺めて言う。
「た、宝の山が、ふたーつ!」
「背格好は兄様と似ていても、結局オラは女だから――……最初はイジメられて、何度も酷い目にあったべ。女みたいだとか、ナヨナヨしているとかってなぁ。実際に女だから何も言い返せなくって、はは、ははは……」
「そ、そうだなぁ。確かに女だなぁ。うん、これは信じざるを得んなぁ。夢と希望が詰まった二つの山を持っているものなぁ。いやしかし偽物ということも。これは、確かめねばな……」
「コ、コラ、やめるだッ!」
胸元へ伸びてくるバルジャンの手をペシリと叩き、慌ててダントリクはシャツを羽織った。
「イジメ……ああ、もしかしてヴィルヘルミネ様と出会ったのは、その頃のことかい?」
「んだ。ちょうどイジメられていた所をユセフ君やジーメンス君に助けて貰って、それでヴィルヘルミネ様にお会いして――……それからやっと、バルジャン閣下に出会えたんだべ」
ダントリクは俯き、再び赤面した。なんとなれば愛しい男と同じベッドに座り、隣り合っている今が信じられないのだ。
女性としては恥じらうべき行為だと思っても、自分を偽り生き続けてきた今までを思えば、全てをバルジャンへ委ねてしまいたいとすら思う。
すっかり酔いの醒めたバルジャンはダントリクの肩を抱え込み、彼女の黒々とした頭をガシガシと撫でて言う。
「辛かったなぁ、ダン坊! 女の子だってのによぉ! だがもう、隠すこたぁ無いだろう!」
「いやぁ、無理だべ。だって軍籍を得たのは兄様の名前、セレス=ダントリクとしてだべ。今後も閣下のお役に立つ為には、この名を捨てる訳にはいかねぇんさ。それに――……」
言葉を止めると、ダントリクはバルジャンをじっと見据えた。
「身分の詐称は重罪。それと知られれば、もう閣下のお傍にはいられなくなる。そんなの、嫌なんだべ……」
ダントリクはポロポロと涙を零し、眼鏡を外して拭っている。
バルジャンはダントリクを抱き寄せて、彼女の頬を流れる涙を唇で受け止めた。
「分かった、ダン坊。さっき言ったろ、俺はお前が男でも女でも、どっちでもいいって。俺が好きなのはダン坊、お前という一人の人間だからな! それにさ、実は――……お前が女の子だってこと、正直言えば気付いていたよ。何度かカマを掛けたことも、あったんだぜ?」
「え、いつ?」
「いつだろうなぁー? フフフ……ともあれ、悪い子にはお仕置きだぁ」
「――……か、閣下! あ、や、やめッ――……あああああッ!」
そうして耳たぶを噛まれたダントリクは昇天し、バルジャンは嬉しいような悲しいような気持で股間の相棒を見つめ、葡萄酒の瓶をもう一本、空にしたのだった。
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