4 バルジャン、倒錯の恋
十月二十五日、午前七時。バルジャンは窓から差し込む朝日に目を細めつつ、ベッドに腰かけセレス=ダントリクが淹れたコーヒーを啜っている。
バルジャンは今、グランヴィルの中心街にほど近いアパルトメントの一室を借り、数か月前に幼年学校を卒業したばかりのセレス=ダントリクと暮らしていた。
といっても少しばかり前までのバルジャンは、国民衛兵隊の司令官だからと、政府に豪勢な官舎を与えられていた。けれどこれでは広すぎるからと、ダントリクの意見でアパルトメントを借りたのだ。
「こんなに沢山部屋があったら、同じ家なのに離れて暮らすみたいになっちまうべ……」
「お、おお! そうだな、ダン坊! やっぱり狭い方が近くにいる感じがするもんな! 早速引っ越そう!」
そんな訳で五階建てのアパルトメントの五階部分に部屋を借りて、近頃の二人は寝食を共にしてるのだ。
「アリス、外が騒がしいが――……何があったか知っているか?」
「いんや、オラもさっき起きたばっかりで」
ダントリクもボンヤリとした目を擦りながら、目を擦っていた。眼鏡はベッドサイドのテーブルに乗せられたまま、朝の陽光を反射している。
「ああ、そうか。昨夜は張り切ったもんな、俺たち……フフ、フフフフ」
「そ、そういうこと、あんまり言うでねぇだ! オ、オラたちは男同士なんだからッ! 誰かに聞かれたら、閣下が変態だって思われるべッ!」
「いいさ、いいさ――……そう思いたいヤツには、思わせてやれ。と、しかし、本当に外が騒がしいな」
栗色の頭をガリガリと掻きながら、バルジャンは窓の方へ近づいていく。引き締まった半裸の身体に陽光が当たり、胸元の産毛が白く反射していた。
バルジャンの背中をボーッと眺めるダントリクは、昨日彼が着ていた白いシャツを羽織っただけの姿である。ベッドの脇にある椅子へ乱雑に置かれた軍服が、昨夜の出来事を端的に物語っていた。
「んだな――……朝からこんな騒ぎなんて、悪い予感がするべ」
ダントリクもバルジャンの隣に並び、「パンを!」「パンを!」と叫びながら行進する群衆を見下ろし、眉根を寄せている。
今日は日曜日だから本来ならばゆっくり過ごしても良いのだが、朝からの喧騒に二人は顔を見合わせ、頷きあった。
「アリス、司令部に行くぞ。ことと次第によっては、暴動として鎮圧しなきゃならんかも知れん」
「んだな――……って、閣下! オラのこと、アリスって呼ぶでねぇって何度言ったら分かるだかッ!?」
「んー? 何のことかなぁー?」
「誤魔化すでねぇ! オラはセレスだぁ! 男のセレス=ダンドリクだぁ!」
「そうか? その割に昨夜は――……可愛いなぁ、ダン坊は」
やや髪を伸ばしたダントリクの頭を軽く撫で、バルジャンは微笑んだ。
「そうやって優しくするの、ずるいだ……」
ダントリクはバルジャンの逞しい胸板に頬を付け、スンスンと男らしい匂いを鼻に嗅ぐ。と、その時、慌ただしく銀髪のイケメン――オーギュスト=ランベールが駆け込んで来た。
「すみません、閣下! 兄が、兄が、この暴動の首謀者で――……はぁ!? え? ちょっ、待てよ、待て待てアンタら、この重大局面で男同士、一体ナニやってんだ?」
■■■■
マコーレ=ド=バルジャンがセレス=ダントリクの秘密を知ったのは、つい数か月前だ。
王立から国立へと鞍替えした幼年学校を、ダントリクは晴れて首席で卒業した。これをバルジャンは個人的に祝うべく、自宅で祝宴を開いたのだ。
当時のバルジャンは、まだ豪奢な官舎に住んでいた。だから会場として、大きな食堂が大活躍したのである。
といっても一応は食糧不足の折、大した料理もありはしない。それでも年代物の葡萄酒やケーキを用意して、二人だけの祝宴は大いに盛り上がっていた。
そこでバルジャンは酒に酔い、ついにカミングアウトをしたのである。
「ダン坊、俺はもう、お前が男でも一向に構わんね! 嫁探しなんてやめだ! 国民衛兵隊の司令官になっても結局モテなかったし、今ではモテなくて良かったとすら思っている。何故かって? そりゃあお前、決めたからだよ、嫁をな!」
「え、閣下、結婚するだか……?」
先程まで楽しそうに笑っていたダントリクの表情が、一瞬にして凍り付いた。
「ああ、そうさ。ダン坊が俺の嫁! つまりダン坊と結婚するんだ!」
暫しの沈黙。そしてダントリクの眼鏡の奥から、洪水となって溢れる涙。
「う、嬉しいだ。でも、でも――オラは男で――……」
「いいんだよ、そんなの、どうだって!」
ヴィルヘルミネが聞いたら手を叩いて喜び、祝福したであろう。「今こそ法改正の時!」と叫んだかも知れない。なにせ、赤毛の女王は男同士の倒錯した恋物語が大好物なのだから。
そしてさらにバルジャンは、己の気持ちを行動でも現していく。つまりは、ダントリクにキスをした。
「んっ、んむぅ~~~!」
眼鏡の奥の赤い瞳を丸くして、ダントリクは驚いた。まさか男である自分が、男性に好かれるとは思っていなかったのだ。
けれどダントリクは、嬉しかった。だから力を抜いて目を閉じると、バルジャンの背中に腕を回して言う。唇は、惜しいけれど離していた。
「オ、オラ、か、閣下に言わねばなんねぇ……ことがあるだ……」
「なんだ、ダン坊。オラはノーマルですって話なら、今日は聞く耳持たねぇぞ」
「ノ、ノーマルだ。オラ、確かにノーマルだぁ」
「そうか。じゃあ、今日から俺と一緒にアブノーマルだ!」
「ち、違うだ! オラも閣下も、ノーマルなんだべさ! オラたち、ノーマルなんだべさ!」
「へー、ほー? そうか、そうか。そう思いたい気持ちも、まあ分かるがな……」
「だ、だから、冗談ではなぐって! は、話を聞いてくんろ~~~!」
「……ベッドの上でな! ほら、寝室はこっちだ!」
言いながらバルジャンはダンドリクをお姫様抱っこして、寝室へと連れ込んだ。
ダントリクは相手にされるがままの状態で、ベッドにゴロンと寝転がっている。
「なあ、ダン坊……嫌なら、はっきり言ってくれ。酔ってはいるが、俺だって無理やりってのは嫌だからな」
「オラ、オラ……嫌じゃ……無いだ……閣下のこと、好きだから……」
「じゃあ――……」
バルジャンは頷き、横たわるダントリクの頬に優しくキスをした。
卒業生の真新しい軍服を脱がそうと、バルジャンの手が衣服の上を滑っていく。不意にその手がダントリクの胸に触れ、奇妙な柔らかさに酔っ払いの司令官は首を傾げていた。
――わあ、ダン坊、おっぱいあるんだぁ。
などと思うバルジャンは、相当に酔っている。
「ま、待ってくんろ! オラ、言わねばならねぇことがあるだ!」
「……?」
「オ、オラの名前はアリス=ダントリク。セレス=ダントリクの双子の妹なんだべ! お、女なんだべ! 生物学的には、女! でも戸籍上はセレス=ダントリクだから、男なんだべ! つまりその――……結婚は出来ねえけんども、その――……閣下を受け入れることなら、で、で、で、出来るんだべ……!」
頬を朱色に染めて、ベッドに横たわる小柄な少年が言うことには、どうやら自分は女だということだった。
酔っ払いのバルジャンはキョトンと目を見開いて、顎に手をやり「ふうむ」と唸る。素直に喜ぶことは、何故か出来なかったのだ。
「するってぇとだ、アリス――……お前はいつからダン坊だったんだ? セレスは一体、どこに行った?」
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