表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

296/387

3 革命、再び……


 ヴィルヘルミネが動員した五個師団は、どれも新設された師団であった。また各師団長も軒並み若く、経験に乏しいことで共通している。


 まずは第一近衛師団、これは赤毛の女王が師団長を兼ねていた。副師団長たるヴァルダー=フォン=ジーメンスとイルハン=ユセフの両准将は、共にヴィルヘルミネと同年の十六歳である。

  

 第二近衛師団を率いるのは、ゾフィー=ドロテア=フォン=フェルディナント少将。彼女も当然、女王と同年齢だ。


 第三師団のエルウィン=フォン=デッケン少将が二十二歳、最年長である第四師団モーリッツ=ライナー、第五師団アンネ=アンネ=アンハイサーの両少将でも二十六歳という若さである。


 どうしてこんな人事になったのかと言えば、理由は簡単だ。赤毛の女王が、本当に教皇をお迎えに行くつもりだからである。

 要するにヴィルヘルミネは、戦闘をぜんぜん全く想定していない。何なら行軍の訓練くらいの気持ちで、出動を命じていた。


 それに騎兵総監と第一師団長を兼任するロッソウ中将や、擲弾兵総監と第二師団長を兼任するオルトレップ中将を動かせば、教皇庁のみならず、その領土を通過することになるキーエフ帝国をも刺激しかねない。

 そうした点をヴィルヘルミネはしたり顔で考えて、「余、冴えてる!」と思いながら、こうした人事を発表したのである。


 これに対し参謀総長トリスタン=ケッセルリンクは無表情で頷き、陸軍大臣となったリヒベルグも「彼等は既に、師団長として十分に優秀です。よろしいでしょう」と太鼓判を押していた。


 ちなみに海軍大臣エリザ=ド=クルーズは退屈そうに、


「海路という手もあるんだがねぇ……」


 と、極太の葉巻から煙を吐き出し、赤毛の女王を「ケホケホ」言わせていたのだった。


 そうしてヴィルヘルミネが意気揚々と親征へ乗り出そうとしていた最中の十一月一日、ランスのオーギュスト=ランベールより急報が届けられたのである。


「――……バルジャンが逮捕された、じゃと?」


 暫し首を傾げ、ランスの情勢を思い出すヴィルヘルミネは、解せなかった。バルジャンは国民衛兵隊ガルド・ナシオナルの司令官として、押しも押されぬ権勢を誇っていたはずだ。よほどの事でもない限り、逮捕などされるはずが無い。


 そこで赤毛の女王はバルジャンの性癖その他を思い出し、そっと目を閉じ静かに溜息を吐くのだった。


「あやつ、モテないからって痴漢でもしたのかのぅ――……で、アデリー辺りに逮捕されたのじゃ。うむ、ありえる、ありえる」


■■■■


 帝歴一七九〇年の冷害は、ランスの農業に深刻な被害を齎した。結果として翌一七九一年は大飢饉となり、グランヴィルの街路は市民の無残な遺体に溢れたのだ。

 

 かかる事態を王都グランヴィルを始めとしたランス全土の民衆は、新政府の無能のせいだと非難した。それと同時に国外へ逃亡した貴族たちの陰謀だという噂も広まって、ランスは再び六月革命前夜の様相を呈したのである。


「国外逃亡した貴族たちと王は、まだ繋がっている!」

「だがまずは、パンだ! 王宮には、まだパンがある! 国王は食料を隠し持っているぞ!」


 そうした掛け声の下、民衆を糾合したのはオーギュスト=ランベールの兄、ファーブル=ランベールであった。彼はマクシミリアン=アギュロンを師と仰ぎ、彼に従い革命を共に戦った、急進派勢力の幹部である。


 それだけにファーブルの理念は潔く、実直だ。ランスを自由と平等の国にしようと、その為だけに命を捧げている。

 そうした努力は認められ、アギュロンの推薦もあり、彼は革命ランスを導く十人委員会の一員となった。しかし得意分野の無いファーブルは、今でも無役の末席なのである。


 ――俺の実力は、こんなものではない。


 ファーブルの中で燻る思いは、常にあった。軍人として優秀な弟と比べられる程に、その想いは大きくなっていく。

 一方で革命に対する、純粋な不安もあった。貴族の陰謀で、再び旧体制アンシャン・レジームが復活するのではないか。それが証拠に、革命政府に対する反乱の火の手は、日々どこかで上がっているのだから――……。


 かつてデルボアが失脚した後、十人委員会の委員長に就任したマクシミリアン=アギュロンの下で、ファーブルはいよいよ革命の果実を得られると興奮したものだ。

 

 もちろん、大きな困難もあった。国王が現体制を良しとせず、レグザンスカ公爵と共に外国勢力を招き入れ、革命政府を打倒しようと挙兵したことだ。

 これを撃退できなければ、新生ランスに未来は無かったであろう。だが幸い英雄マコーレ=ド=バルジャンは、国王軍を打ち破ることに成功した。


 思えば革命政府は、あの時こそ最も輝いていた。このまま王政を廃し、新大陸に生まれた共和国のように、ランスも自由と平等を謳歌する国家へ生まれ変わるものだと思っていた。


 けれど英雄マコーレ=ド=バルジャンが、国王の助命を嘆願した。

 お陰で民衆が、国王への愛に気付いてしまったのだ。

 

「ランスから国王を排するということは、即ち家庭から父を追放するのと同義ではないか? 国王無くして、諸外国とどのように付き合っていくのだ?」


 まさか三十歳にもならぬ若造が、そんなことを言うとは思わなかった。ましてや革命の英雄が――だ。

 しかしバルジャンもまた、貴族の子弟。国王に対する忠誠心はあるのだと、急進派は考えた。結果的には、彼を排除しようと画策したのだ。


 しかし、その最中に弟のオーギュスト=ランベールが、バルジャンとポール=ラザールを結び付けた。これで「穏健派」が勢いづくや、ランスは立憲君主制への道を歩むことになる。


 実際、その方が現実的であった。

 ランスの民衆も急激な改革を望まず、国王の人気は未だ衰えていない。加えてポール=ラザールが巧みに民衆対国王・貴族という図式から、民衆・国王対貴族という図式に世論を書き換えてしまった。


 こうなれば民衆の中に穏健派が増えるのも道理で、英雄バルジャンが国民衛兵隊ガルド・ナシオナルの司令官ということもあり、ポール=ラザールもグランヴィルの市長に就任した。

 こうして急進派は、頭を押さえられたのである。


 とはいえ、十人委員会の筆頭はあくまでもマクシミリアン=アギュロンだ。となれば冷害による不作、そして飢饉への対応は急進派の仕事となる。

 けれど閣僚や官僚であった貴族達が多数国外へ流出した状況下、新生ランスに有効な手段を打つことなど出来る筈も無く――……。


 食料の不足に苦しむ民衆は各地で暴動を起こし、革命政府を激しく批判。果ては各地で革命勢力に対する反乱が頻発し、武力による鎮圧も止む無しとされた。


 むろん、この鎮圧を命ぜられたのはマコーレ=ド=バルジャンであったが、しかし彼は武力による鎮圧に難色を示したのである。


「え、いや――……民衆暴動の鎮圧に国民衛兵隊ガルド・ナシオナルを使うって、そりゃあアンタ、ダメでしょう? だって国王軍がソレやったから、革命が起きたんじゃねぇの? え? 私は行きませんよ! 暴力、ダメ、絶対!」


 そうしてサボタージュを決め込んだバルジャンであったが、何故かダントリクに引っ張られて各地へ赴いた。そして彼は群衆に、武力の代わりに食料を運び入れることを約束して、ポール=ラザールの倉庫から麦を、金庫から金を吐き出させて暴動を抑えている。


 お陰で業突く張りのラザールは「ぐぬぬ……」と唸ったが、民衆はますます穏健派を支持するようになったのだ。

 もちろんバルジャンは民衆に食料を施す時、これを「国王の慈悲」だと言う事も忘れていない。


「みんな、いいかぁ! 国王陛下は悪い貴族に騙されていただけなんだ! レグザンスカ公爵もだぞ! それが証拠に、ポール=ラザール氏の倉庫から麦を吐き出させるのは、私の命令なんかじゃあない、陛下の勅令さ!」


 無論こうしたことは、水面下でダランベル連邦――即ちフェルディナントが糸を引いている。ランスを立憲君主制にすることこそ、ヘルムートの意図だからだ。


 それにバルジャン自身も、そうと知れば乗り気である。何せ民衆を助けて国王を救えば、それは、そのまま近衛連隊長の職にあるアデライードを救うことにも繋がるからだ。


 しかし、だからこそ急進派であるファーブル=ランベールは己の信念を掛け、国王の権威を失墜させねばならない。ゆえに民衆へ呼びかけ、宮殿を目指すのだ。

 そうして五千を超えた民衆は、二年前に革命を為したマルス広場へ集まるや、目の前に広がる白亜のパンテオン宮殿へ向け、「パンを!」「パンを!」と大合唱を始めたのだった。

お読み頂きありがとうございます!

面白いと思ったら感想、評価、ブクマなどを頂けると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] バルジャン頑張れ超頑張れ 果たして運命や如何に……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ