2 教皇庁からの使者
バルトラインの王宮に、教皇庁から詰問の使者が来た。
ヴィルヘルミネは謁見の間にて豪奢な椅子に座り、居丈高に書状を読む目の前の男に冷ややかな視線を注いでいる。
「では改めてフェルディナント公爵ヴィルヘルミネ殿に、教皇庁の決定事項を申し伝えます。バルトライン大司教、アレクサンデルは破門。またダランベル連邦王国なる国家の一切は、これを認めません」
「……で?」
言われるまでも無く、使者が語る内容は先日ヴィルヘルミネが目を通した書状と同じもの。であれば、いまさら言われても驚くにはあたらない。ビビッて損した、なんてポンコツ女王は思っていた。
何よりヴィルヘルミネは目の前の使者が不細工だから、必然、塩対応となる。
「で、では無いでしょう、ヴィルヘルミネ殿。私は教皇庁の使者なのですぞ。いかにあなたが女王を僭称なさろうとも、神の僕であることには変わりありますまい。となればここは玉座から降り、私の手にキスをするのが礼儀というもの。さ――……今ならばまだ、神もお許し下さいますよ」
片眉を吊り上げ、使者の男が右手を突き出した。大きな宝石の付いた金の指輪がキラリと光り、赤毛の女王は嫌悪に目を細めている。
確かに使者は黒い僧服を着ていたが、袖や襟元に華美な金の装飾を施しており、あからさまに自らの権勢を誇っていた。しかもヴィルヘルミネを見る目は欲望に塗れ、肉体はたるみ、顔は脂ぎっている。
ただでさえ相手が不細工で嫌なのに、これではヴィルヘルミネも我慢の限界だ。嫌悪感が大爆発であった。
「――で、あるか」
ヴィルヘルミネは一瞬だけ頬をヒク付かせ、ゆっくりと立ち上がる。
もとより自分に甘く他人に厳しい赤毛の女王は、あっさりと堪忍袋の緒を切った。玉座から降りるや大きく手を振りかぶり――ぱちこーん! 高位聖職者である使者を、平手で打ち据えた。
「貴様の穢れた手に唇など付けては、我が身が腐る。そも金で職位を売買するような今の教皇庁に、神のご意思を語る資格など無いのじゃ」
叩かれた左頬を抑え目を瞬く使者を睨み据え、ヴィルヘルミネが冷然として言う。十六歳になった赤毛の令嬢は身長百六十五センチと、堂々たる淑女になっていた。
そんな彼女が身に纏う衣服は、赤と黒と銀に彩られたドレスである。上衣は軍服を思わせる機能美溢れたデザインだが、丈の長いスカートは誰の目にも煌びやか。
頭上に載せたティアラは簡易の王冠で、炎を思わせる赤毛が肩から背中を彩っている。そして歩けば靡く純白のマントが、いかにも支配者然とした様相であった。
一方使者は三十代半ば、黒い僧衣を纏う聖職者である。衣服だけでも格の違いは明らかだ。だから彼は目を泳がせてタジタジと後ずさり、けれども精一杯の虚勢を張って、目を見開いた。
「な、な……私にこのようなことをして、一体何を考えておられるのです!? 神罰が下りますぞッ!」
「神罰じゃと? 余はの、肥え太った指に醜い宝石を纏わせる、俗世の欲望に塗れた破戒坊主を戒めたのじゃ。神には感謝されようとも、罰せられる謂れなど毛ほどもないわ」
ヴィルヘルミネは、そこそこ口が達者になっていた。ことに屁理屈を言わせたら、中々のモノである。そういう部分だけミネルヴァの才能が、少しだけ残ってしまったのだろう。
とはいえ、こうした価値観は貴族らしいものではない。ゆえに、これはヘルムート先生の薫陶よろしく、教会勢力に対して批判的な思考を身に着けた結果の屁理屈なのであった。
「何という物言いッ! あ、あなたはッ! 我ら教皇庁を敵に回すおつもりか!? 後悔なさいますぞッ!」
使者の顔が、真っ赤に染まる。
ヴィルヘルミネは、ちょっとだけ後悔した。敵に回そうとまでは思っていない。ただ単に、目の前の使者がイケメンじゃないからダメなのだ。なのに、そんなに怒らなくたって――……。
元来がビビリの女王だ。相手が強気で出てきたら、ビックリして尻込みしてしまう。
そうしてヴィルヘルミネが日和っていると、隣に金髪の親友が進み出た。
「教皇庁こそ、ダランベル連邦王国を敵に回すおつもりか? 必要とあらば我が軍を、あなた方の本拠に進めても良いのですぞ?」
ゾフィーは今やヴィルヘルミネより、七センチも身長が伸びている。十六歳にして、既に女性としては長身だ。すらりと伸びた四肢に、近衛師団の華美な軍装が良く似合っていた。
腰に吊るした軍刀とマンゴーシュが、いやが上にも他者の目を引き、彼女こそがダランベル軍随一の剣士であることを知らしめている。
この二年、ゾフィーはオルトレップから二刀を学び、アデライードの剣術を昇華させていた。だからこそ、今では彼女がダランベル軍の「二刀」と呼ばれる存在なのである。
そんなゾフィーの研ぎ澄まされた蒼い眼光に、一介の生臭坊主が耐えられるわけも無く……。
「い、いや、敵対などと……それは言葉のアヤでして。つまりは女王位に就かれるにあたり、我が教皇庁にも相談をして頂かねばと……念を押しに来た次第で……」
目を泳がせる使者に対し、今度は玉座の右下にいた宰相ヘルムートが口を開く。
「使者殿、申し訳ありませんが――……既にしてヴィルヘルミネ陛下のご即位は終わっています。いまさら教皇庁が何と申されようと、覆されるべき何事もありません。
とはいえ、どうしてもご納得が得られぬとあらば、止むを得ませんね。一度、教皇猊下にお越しいただき、我が国の素晴らしさを知って頂きましょう」
「いや、猊下は今、病に倒れておられるから――……」
「では、代理を務めておられる枢機卿でも結構です。一度お越しいただければ、我が国の素晴らしさを必ずや、ご納得いただけるかと思いますよ」
爽やかな笑みを浮かべる黒髪紫眼の宰相は、目の奥に氷の刃を隠し持っている。そして彼は、このように続けて言った。
「なんとなれば、我が国が総力を挙げ、教皇猊下とクレメンス枢機卿をお迎えに上がりましょう。ああ、それが良い、そうしましょう。ねえ、女王陛下?」
ニッコリ笑うヘルムートが、ヴィルヘルミネをチラリと見た。
――ああ、それは名案じゃ! 余が自らお迎えに上がれば、きっと教皇猊下も分かって下さるじゃろう! 平和が一番じゃもんね!
ビビリな平和主義者であるヴィルヘルミネは口の端をニィと吊り上げ、納得の提案にご満悦の様子。だから、こう言った。
「ふむ、良かろう。ならば余、自らが軍勢を率い、教皇領へお伺い奉る。さすれば教皇猊下もクレメンス枢機卿も、快く我が国にお越し下さるであろうのぅ――……フハ、フハハハハハ!」
こうしてダランベル連邦王国は、堂々と教皇庁に対して出兵を宣言。
赤毛の女王は意気揚々と五個師団を率い、教皇領があるキーエフ帝国領内を進軍する。
もちろんヴィルヘルミネは「お迎え」のつもりだが、世間的には明らかに「侵攻」なのであった。
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