1 女王誕生
帝歴一七九〇年を喪に服し、翌九十一年を内政の拡充に当てたヴィルヘルミネは、満を持して帝歴一七九二年、ダランベル連邦王国の女王に即位した、と――歴史は語る。
現実的な問題として帝歴一七九〇年の冬から一七九一年に掛け、エウロパ大陸は未曽有の冷害に襲われた。その結果として農作物は壊滅的な被害を受け、各地で食料が不足、物価の高騰を招いている。
かかる事態を予測していたヴィルヘルミネの政権はヘルムートをはじめとした閣僚、官僚が一丸となり、これに全力で対処した。おかげで大陸全土を見渡しても唯一、食料を不足させずに物資流通の安定を維持し、民衆の暮らしを守ったことは歴史的な事実である。
このときヴィルへミネは、もちろん何もしていない。だがダランベル連邦評議会議長として、ヘルムートが提出した議題、法案の全てを追認、可決に導いている。そうして民衆に発表される政策は全てが彼女の口から出たものだから、冷害に対する正確無比な対処さえ、赤毛の令嬢の功績となってしまったのだ。
お陰でダランベル地方におけるヴィルヘルミネのプレゼンスは最高潮に達し、晴れて帝歴一七九二年、民衆の熱狂をもって女王に即位したのである。
むろん、そうしたことは全てヘルムート=シュレーダーとラインハルト=ハドラーによる計画的な犯行だ。なので黒髪紫眼の宰相と灰色髪の内務大臣は、令嬢の女王即位が決まるとバルトラインのバーで二人、黒麦酒を飲んで祝杯を挙げたという。
一方ヴィルヘルミネが帝歴一七九一年にもっぱら何をしていたかといえば、きちんと通う事の出来なかった幼年学校で学ぶべきことを、なんとか頭へ詰め込んでいただけだった。そうして今年、ギリギリ幼年学校の卒業生となる見込みが立って一安心、というところ――ダランベル連邦の女王に推挙された訳である。
「余が――……女王!?」
無表情な鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、ヴィルヘルミネが驚いたのは他でもない。とはいえ決して晴天の霹靂、という訳ではなかった。以前より民衆から女王になるよう、幾度も嘆願書が出されていたからだ。
無論それはフェルディナントのみならずダランベルの全土より、貴族からも嘆願されている。であれば、いずれはそういう話にもなろう――とも思っていた。
それでも赤毛の令嬢が驚いた理由は、つまりこういうことである。
――だけど余、まだ学校も卒業して無いよ? ていうか落第しちゃうかもよ!? それで女王はヤバくない!?
「ですからヴィルヘルミネ様には、数学以外の教科も徹底して取り組んで頂きます」
そんな訳だからヴィルヘルミネは幼年学校卒業までの数か月、ヘルムート先生にみっちりと絞られたのだった。
■■■■
一七九二年度、ヴィルヘルミネが作った幼年学校最初の卒業生は、実に優秀な者が多かった。主席のゾフィー=ドロテア=フォン=フェルディナントは後々まで残る歴代最高の成績であったし、次席のヴァルダー=フォン=ジーメンスでさえ、後年の首席卒業者たちを凌ぐ成績だ。三席以降も軒並み、好成績を誇っている。
まさに彼等こそ後に多数の将官、元帥を輩出する黄金世代、「ヴィルヘルミネの九十二年組」と呼ばれる面々なのであった。
そんな中で赤毛の令嬢は、抜群の安定感を示している。もちろん落第ギリギリの超低空飛行という意味だ。それでも得意の数学に関しては何とか学年一位に君臨できたこと、何よりヘルムート先生による個人授業の甲斐もあり、天才の名を失墜させることなく無事に卒業できたのであった。
そうして七月に幼年学校を卒業したヴィルヘルミネは、十六歳の誕生日を迎えた十月――ついにダランベル連邦王国の王冠を戴いた。その日は秋晴れの空が広がる、爽やかな日であった。
戴冠式の場所は父の葬儀を行った、公都バルトラインの大聖堂。自らの空虚を噛み締めたあの日から二年半の歳月を経て、ヴィルヘルミネはついにダランベルの支配者となったのだ。
「余、フェルディナント公爵ヴィルヘルミネは、数多貴族たちの推挙を得、民の嘆願によりてダランベルの王位を得る。
以後は我等が国をダランベル連邦王国と称し、この発展に尽力することを約束しよう」
もちろんヴィルヘルミネが語った即位の口上は、昨夜必至で覚えた一夜漬け。とはいえ彼女の持って生まれた気品から、大聖堂は拍手喝采に包まれた。
「「「ヴィルヘルミネ陛下万歳! 女王陛下万歳!」」」
辺りには紙吹雪が舞い続け、市民たちは老若男女を問わずに喜び踊る。
全世界的に不況と不作の最中にありながら、唯一ダランベル地方だけが安定と成長をなお享受できる喜びを、誰もがヴィルヘルミネのお陰だと考えていた。
だからといって令嬢の戴冠式は、全てが上手くいったわけではない。
ダランベル連邦が更に強固な結束をもって国家となることを、歓迎しない国も多かった。
例えばプロイシェは二年前に苦杯を舐めて、フェルディナントを仮想敵と考えている。またキーエフも、帝国内により大きな勢力が生まれることを好まない。
だが中でも最も強硬にヴィルヘルミネの即位を非難したのは、世界に冠たる教皇庁であった。
彼等はヴィルヘルミネが即位するや、一週間後にこれを認めないとの談話を発表。同時に使者をフェルディナントへ送り、戴冠式のありようを非難した。特に王冠を頭に載せる方法が悪いと文句を言い立て、教会を侮辱しているからと、彼等はヴィルヘルミネの破門までチラつかせている。
――まさか、王冠の被り方に難癖を付けられるとは思わなかったのじゃ……。いやまて、そもそも戴冠の方法を云々する前に、こやつら、余の戴冠そのものを認めておらぬではないか。
であれば王冠を余が頭にどう載せようが、どうだってよかろう。やつら、馬鹿なのか? 余よりも馬鹿なのか!?
そう思うヴィルヘルミネは、腕を組んで必死に考えた。
一応、破門は困る。破門されてしまうと、結婚相手がいなくなってしまうからだ。
しかしまあ、それはそれで良いような気もするし――……と一頻り悩んだ結果、やっぱりヘルムートに聞こう! と疑問を全てぶん投げたのである。
ちょうどお昼の休憩で、今はヘルムートと昼食をとっている。「のう、ヘルムート」と、物憂げな視線を宰相に向け、ヴィルヘルミネは不満そうに問うて言う。
「教皇庁のやつらは、一体何を言うておるのじゃ。余が破門なぞ、恐れると思うておるのか?
だいたい余を女王と認めぬと言いながら、戴冠式についての文句を言う。意味がぜんっぜん分からぬのじゃが?」
「は、それは――……」
口元を拭い一礼して、ヘルムートは女王となった愛弟子に事情を語る。表情は余裕綽々であった。
そもそも王権とは神から授けられるもの。ゆえに王者は教皇に傅き、彼の手から頭に王冠を載せて貰うのが筋である。
それをヴィルヘルミネは選挙で勝手に選んだ平民上がりの大司教から、適当に王冠を受け取った。挙句の果てには自らの手で頭上にスポンと王冠を載せ、戴冠式の様子を絵画にもした様子。
「つまりヴィルヘルミネ様が民衆によって選ばれ、教皇が選んだわけではない大司教から王冠を受け取り、女王になったことが彼等は許せないのです。なんとなればキーエフ皇帝など、その際たるもの。神によって己の統治権を主張する者からすれば、ヴィルヘルミネ様の戴冠は真逆なのですから。
されど実力は認めねばならず――……となれば、悔し紛れの悪口にも近き所業かと存じます。お気に召さるな」
ゆえに教皇は「プギャーーー!」と怒り心頭。教会の守護者たる神聖キーエフ帝国皇帝は「ブモォォォォ!」と半狂乱になったのでは、ということである。
そんな訳で全てを黙殺する構えのヴィルヘルミネの塩対応を知るや、教皇マルケルスは驚きの余り卒倒した。かかる事態を重く見た教皇庁は枢機卿クレメンスを代理とし、彼の名において早々にダランベル連邦王国の大司教を破門したのである。これが、教皇庁のヴィルヘルミネに対するお仕置きであった。
一方でキーエフ帝国皇帝ヨーゼフも怒り狂い、「ダランベル連邦王国の成立は、断固として認めない」――との見解を表明、教皇庁と足並みを揃えている。
こうしてフェルディナント及びダランベル連邦王国は女王ヴィルヘルミネの即位早々、エルロパ大陸において見事に孤立した。
ヘルムートが余裕顔で答えた割に、結構ピンチじゃないの!? と赤毛の令嬢は顔色を悪くし、さっそく泣きそうである。
――どうしてこうなったのじゃ!? 良かれと思って女王になったのに!
赤布に黄金を散りばめた王冠が、頭からズルリとずれた。そうして翌日。ついに、教皇庁から詰問の使者がバルトラインを訪れたのである。
開けましておめでとうございます!
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