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120 争乱 エピローグ~葬送~


 四月十九日、公都バルトラインに帰還したヴィルヘルミネは、防腐処理の施された父の遺体と対面した。

 痩せ衰えたフリードリヒの身体は細く、令嬢と同じ赤毛はくすんでいる。それでもなお端正と思える顔立ちが、何とも言えずに物悲しかった。


「若くして病を得て、寝たきりのまま死んだ。父上の一生は、果たして幸せだったのじゃろうか」


 棺の前に立ち、ヴィルヘルミネは憮然として呟いた。白い花に囲まれ棺の中で眠るフリードリヒは生前と違い、苦し気に顔を顰めることも無い。安らかに目を閉じた姿は、いかにも満足気であった。


「力及ばず、すまない――お嬢」


 ラインハルト=ハドラーが悔し気に奥歯を噛み締め、赤毛の令嬢を昔のように呼ぶ。目の下には深い隈があって、誰の目にも疲労の色が明らかだ。彼の横には助手よろしくレーナが立っており、心配そうに灰色髪の師匠を気遣い寄り添っていた。


 他にも棺の側には、教会の大司教や下位の聖職者が立っている。バルトラインは大司教管区であり、教皇から任命された大司教が聖職者たちを束ねているのだ。

 今回は公爵が亡くなったということであり、大司教も自ら公宮へ足を運んでいたらしい。


 もっとも、教会における司教や大司教というものは、大貴族の次男や三男が出家した後、金で買うような代物だ。いわゆる既得権益の一つであったから、ヴィルヘルミネはこれもボートガンプ侯が反旗を翻した際、そのほとんどを粛清している。


 なので現在バルトラインの大司教は教皇より選出された人物ではなく、フェルディナント各地の司教区から選挙で選ばれた平民であった。

 となればヴィルヘルミネのお陰で浮かび上がった人物であるから、黒い僧服の下にある真摯な顔は、同情心と哀悼の心に満ちたものである。


「公爵閣下の御霊が、安らかに天へと召されますよう――……」

「んむ、よしなに」


 ヴィルヘルミネは父との対面を終えると踵を返し、端然と執務に戻るのだった。


 ■■■■


 翌、四月二十日。バルトラインの大聖堂においてフリードリヒの葬儀が執り行われた。ヴィルヘルミネは黒い喪服を身に纏い、娘としての最後の責任を果たしている。つまり、葬儀委員長を務めたのだ。


 この日は朝から大聖堂の鐘が鳴り、市民も一切の仕事を止めた。フリードリヒの棺を乗せた馬車を見送ろうと、沿道に顔を覗かせた人々は皆、黒い何かを身に着けている。

 ヴィルヘルミネが馬車の中から小さく会釈をすると、誰もが口々に言うのだった。


「お可哀想なヴィルヘルミネ様」

「こんなに早く、お父君を亡くされて……」

「まだ十五歳にもならないのに、必死で涙を堪えていらっしゃる」

「ああ、これでヴィルヘルミネ様も天涯孤独の身の上か」


 特に悲しさを感じてもいないのに、赤毛の令嬢は人々の同情を一身に受けた。言われることは、確かにいちいち尤もな事実である。

 けれど当のヴィルヘルミネに悲壮感など無く、むしろ父の葬儀で涙の一つも出ない自分自身に、「やべぇ……」なんて思っているのだった。


 そうして葬儀はつつがなく進み、フリードリヒはフェルディナント家の霊廟に祭られた。大司教が故人の功績を讃えて経典を読み、死後の祝福を与えると、いよいよ葬儀はクライマックスとなる。時刻は夕方の四時半になり、霊廟には真っ赤な夕日が差し込んでいた。


 ――いずれ余も、ここに入るのじゃろうか。


 黄金色の棺に納められた父が、臣下の皆に担がれ地下の墓地へと運ばれていく。そこはヴィルヘルミネの先祖が幾人も眠る場所であった。

 特に丁重に祭られているのが、初代フェルディナント公爵ジークフリードである。あとは順番だ。といっても実は中身がすり替わっていたり入っていなかったりと、公爵家の闇を反映してもいた。


 葬儀の一切が終わると、ヴィルヘルミネは大聖堂に集まった全ての市民に軽食と酒を振舞った。そうして国家の主を失った悲しみを、皆で癒そうというのだ。

 といってこれは、フェルディナントの伝統である。決してヴィルヘルミネの発案では無く、ましてや全てを手配したのは内務大臣ラインハルト=ハドラーであった。


 しかし真相を知らない市民たちは、悲しみに暮れながらも大役を務め上げたヴィルヘルミネが、今また自分たちを気遣い、酒を振舞ったのだと勘違いをしている。


「ああ、東にプロイシェを討ち破り、北にダランベルを服属せしめたというのに、報われること無く父君を失われた。それでも俺たちには、こうして気を使って下さる」

「まったくだ――……ヴィルヘルミネ様はもう、女神様なんじゃあねぇかな」


 こうして、ヴィルヘルミネの人気は前にも増して高まった。

 実際、彼女はプロイシェを討ち破り、ダランベル連邦という名の新たな共同体を作り上げている。

 しかも市民たちはヘルムートによるプロパガンダで、ダランベル連邦におけるフェルディナントの支配的な地位を知っていた。というのもヘルムートは新聞に、こう見出しを書かせたのだ。


「ダランベル連邦王国誕生間近。初代女王はヴィルヘルミネ様となる見通し」と。


 むろん、この後に公爵フリードリヒの崩御が報じられたのだが、しかしだからこそ、この記事の信憑性が増すのである。なんとなれば、もはやヴィルヘルミネを現在の地位に留め置くべき存在が、この世から消えたからだ。


 ましてや西にランス、東にキーエフと二つの大国に挟まれたフェルディナントの民にとり、両大国に翻弄されない勢力を築くことは悲願であった。

 それが南北を海に接し、人口三百五十万を誇るダランベル連邦王国の建国となれば、まさに達成されるのだ。

 

 そうなれば、もはや誰にも「山国の田舎者」とは言わせない。

 しかもフェルディナントの生んだ戦争の天才ヴィルヘルミネが、軍国プロイシェを討ち破った結果としての建国だ。となれば前公爵の喪も開けぬうちから、ダランベル女王ヴィルヘルミネ誕生に期待が高まるのも、無理からぬことなのであった。


 そうして公都バルトラインの街路では、次第にこうした声が聞かれるようになっていく。


「「「ダランベル女王ヴィルヘルミネ陛下、万歳!」」」


 激動のランス情勢と合わせてダランベル地方で巻き起こった女王ヴィルヘルミネ待望論が、帝歴一七九〇年の春以降、列強各国を悩ませる主な出来事となるのだった。

本年は拙作をお読み頂き、誠にありがとうございました!

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それでは良いお年を!

来年もまた、よろしくお願いいたします!

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