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118 バンベルク暴動


 四月一日、ジークムントはオッペンハイム率いる北部ダランベル侵攻軍と共に国境線を越え、プロイシェ国内へと帰還した。翌二日にはプロイシェ西端の街バンベルクへ入り、ギュンダー、バルヒェットの二人とも合流を果たしている。

 

 バンベルクはもとより、北部ダランベルからプロイシェへと抜ける関所のような街だ。であればジークムントもここを最終防衛ラインと設定し、駐屯させた一万の兵力でも十分にフェルディナント軍を凌げるよう作戦を考えていた。


 それに参謀としたブリュンヒルデ=フォン=バルヒェットは得体の知れない女だが、知略においてはプロイシェ随一との評価をジークムントは下している。

 また、ギュンダー少将も堅実な用兵に定評がある人物だ。何より誠実な人柄が信頼でき、軟体王子も何かと彼には相談をすることが多くなっていた。

 そんな彼等と合流出来たことでジークムントは、ヴィルヘルミネに追撃されている――という緊張を解すことが出来たのである。


「お帰りなさいませ、殿下」

「やあ、ブリュンヒルデ。君が言った通り、ヴィルヘルミネを伏兵で倒そうなどという考えは、甘かったらしいねぇ」

「――……で、しょうね。敵はほぼ全軍で、殿下を追ってまいりましたから」

「まったく――ヴィルヘルミネ様はいよいよ、我が国を本気で滅ぼそうという気らしいね」

「さあ? あるいは殿下に、個人的な恨みがあるのやも知れません」

「まさか――……私は彼女に恨まれるようなことなど、何一つしていないよぉ?」

「そうでしょうか? クフ、クフフフ」

「なんだい、ブリュンヒルデ。何か心当たりがありそうだけれど?」

「――さ、ともかくこちらへ。暖かな湯と食事を、ご用意いたしております」


 四月二日、十六時。バンベルクの南門でバルヒェットの出迎えを受けたジークムントは、その足で彼女が拠点にしている要塞へと足を向けた。


 そもそもバンベルクという街は五百年ほど前、北部ダランベルを威圧する為の城塞として建設されたことが始まりだ。

 その後、平和と闘争を繰り返しつつ街は拡大の一途を辿り、やがて街を囲む防壁は五層となり、人口十五万を数えるプロイシェ西部最大の都市へと発展した。

 中でも三層目にある門を守る要塞は幾多の戦いで名を馳せた、黒色の城だ。バルヒェットはこれを拠点とし、そこへジークムントは向かったのである。


 黒々とした城は八つの尖塔を防壁で繋ぐ、禍々しい姿をしていた。尖塔の頂上には各三門づつ大砲が設置され、合計二十四門の砲口が周辺へ睨みを利かせている。


 普段から住民は、この城を見上げてプロイシェの圧政を恨みがましく思っていた。そして今もまた四層、五層に住む人々は、この城塞を睨み怨嗟の声を上げている。


「おいおい、王国軍のやつら、何を考えていやがるんだ? 俺たちから食料を奪って、飢え死にさせる気かよッ!」

「ああ。フェルディナント軍が迫ってるってのに助けるどころか食料を奪っていくなんて、どういうつもりだッ!」

「いいさ。こうなったら城門を開いて、フェルディナント軍を迎え入れてやるッ!」

「そうだ、そうだ! 何でもヴィルヘルミネ様は民衆の味方だって話だ! 門さえ開けば、きっと助けてくれるに違いねぇ!」


 ■■■■


「――……と、いうわけさ。フェルディナント軍を街の第四層まで引き入れ、完膚なきまでに叩き潰す」


 城内の会議室へ入り、幕僚を集めてからジークムントは言った。中世の雰囲気を色濃く残す室内を、四方に置かれた燭台に灯る炎がボンヤリと照らしている。

 長方形の机を囲む面々は、バルヒェット、ギュンダー、オッペンハイムとシュレヒテ等に従った師団長たちであった。


「すでに五層、四層より物資の引き上げは完了しております。飢えた住民を目の当たりにすれば、意気揚々と街へ突入した赤毛の小娘も、さぞや困り果てることでしょう」

「流石だね、ブリュンヒルデ――……既に準備を整えてくれていたなんて」

「もちろんです。愛するあなたの為ならば、犬馬の労も厭いませんわ」

「愛する――……ねぇ。別の意図も見え隠れするけれど、まあ、いいかぁ」

「別の意図なんて、まさか」


 黒く垂れさがる前髪の下で、緑色の瞳が怪しく煌めいた。バルヒェットは妖艶な笑みを浮かべ、ジークムントが発案した焦土作戦を進めていたと言う。

 ギュンダーを始めとした他の幕僚は初耳で、居並ぶ諸将は目を白黒とさせていた。


「ちょっと待て、バルヒェット! 我等は国民を守る為の軍隊。それが民を苦しめるなど、あってよいことではないぞッ!」


 ガタリと椅子を響かせて、ギュンダーが立ち上がる。


「いいじゃありませんか、ギュンダー少将。五層は所詮、無産階級の貧民街。四層も労働者たちが大半です。しかも彼等はランスの革命に浮かれて我がプロイシェにも革命を――などと叫ぶ反乱分子なのですよ?」

「だから敵に蹂躙されてもいいと、卿は言うのか?」

「いいえ、そうは申しておりません。ただ、ヴィルヘルミネが真実、大衆の味方だというのなら――……飢える彼等を見殺しになど出来ないはずでしょう?

 となれば民に糧食を与えた小娘は、予定よりも早い補給を迫られる。これを五層の城門を閉じて封じれば、後は労せずジークムント様の勝利です。これは、そういう作戦なのですよ」

「そうそう上手く、ことが運ぶものか。もしもヴィルヘルミネが民衆に食料を与えなければ、どうなる? ――……え、バルヒェット准将?」

「その時は、英雄の名が地に落ちるだけのこと。どちらにせよジークムント王子は、輝かしい勝利を手に入れられることでしょう」


 バルヒェットの赤い唇が弧を描き、冷たい笑みを浮かべている。

 ギュンダーは納得できないのか拳を握り締め、眉間に皺を寄せて彼女を睨んでいた。


「ワシも民衆を利用するような作戦は、あまり好きになれんのぉ……」


 ブランデーをなみなみ注いだ紅茶のカップに唇を付け、オッペンハイムが目を細めて言う。


「……だが、このままヴィルヘルミネの侵攻を許せば、我が国は滅びるだろう。だとするならば私は、たとえ民衆を犠牲にしたとしても、この国を守らねばならない」


 いつもの惚けた様子とは違い、ジークムントは真剣な面持ちで皆を見回した。


「やれやれ、分かった分かった――……王国の禄を食み、五十年近く。となれば嫌とは言えんのぅ」


 王子に頷きオッペンハイムが溜息を吐けば、ギュンダーも静かに首を縦に振っている。


「もとより、王子に救われた身です。毒を喰らう覚悟をジークムント様がなさっておいでなら、これ以上の異論は唱えますまい」

「皆、すまない」


 丁重に頭を下げて、ジークムントが皆に詫びる。一人バルヒェットだけが冷たい笑みを崩さず、プラチナブロンドの美しい髪をした王子を見つめていた。


 だが、この二日後――ダランベル連邦軍を名乗るフェルディナント軍は、突如として軍を返していく。

 ある意味でプロイシェ軍はヴィルヘルミネを退けたといえるのだが、それは余りにも謎が残る撤退なのであった。


 こうした結果、バンベルクでは食料を奪われた民衆が一斉に蜂起。ジークムントはこれを迅速に鎮圧し、共和勢力を掃討した。

 その後ジークムントはプロイシェ西方に自らの勢力圏を築くと、中央へ戻って第二王子ゴッドフリートとの対決姿勢を鮮明にしたのである。

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