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115 ハイナ渓谷奇襲作戦 3


 突き出された刃を左の剣で弾きつつ、バックステップで距離を取る。オルトレップは完璧な動きでジークムントの攻撃を躱していた。


「へぇ……流石、二刀と称されるだけのことはある。本気でやらなきゃ倒せない――……ってことですかぁ。フフッフー、良いでしょう。でしたらお望み通り、輪廻を見せて差し上げますよぉ」


 ジークムントは突き出した剣を横に振り、空を切った。そのまま腕を下げてブラブラと動かし、剣先に小さな円運動を伝えている。


「なんだ……誰かと思えばいつぞやの、名乗りを上げて逃げ出した第六王子ではないか」


 オルトレップはジークムントを睨み、ニヤリと笑っていた。彼は東部国境防衛戦のおり、ジークムントの撤退時に追っている。その際、手痛い逆撃を受けたのだ。

 だからジークムントの強さは、嫌と言うほど知っている。けれど雪辱が出来ると思えば、笑みも零れようというものであった。


「ええ、ええ――……その節はヴィルヘルミネ様に、随分とお世話になりましたぁ」

「世話だと? 貴様、踏まれていただけではないか」

「いいえ、あれこそはウィルヘルミネ様による求愛の証ッ!」

「そんなわけ無かろう。貴様――……変態の類か?」

「……ふぅ、冗談の通じない御仁だ。ま、いいでしょう。もう一度問います。降伏か死か――……あなたは、どちらを選ばれるおつもりか?」

「それは、こちらが問うことだ。貴様ごときが一人現れたところで、何ほどのことが出来る? オッペンハイムもろとも、ここで屠るまでのこと。覚悟せいッ!」

「私が一人で、ここに現れた? はぁ? あなた、本当に、そう思うんですかぁ? だったらオルトレップ将軍は、ちょっと状況認識が甘いようですねぇ……フフッフー」


 ジークムントは小首を傾げ、周囲を見渡した。


「少し考えてみてくださいよ、将軍。王子たる私が、たった一人で戦場へ来るとでも? 違います、フェルディナント軍(あなたがた)の考えを、私は読んでいた。

 つまり奇襲攻撃を仕掛けてくるのなら、ここに違いないと考えて、私は待っていたんですよぉ。だから当然、兵だって伏せてある。フフッフー」

「何……だと……?」


 雨に濡れたオルトレップの額に、冷や汗が浮かぶ。

 その瞬間、ジークムントが軍刀サーベルを持った右手を高々と掲げた。オルトレップ師団の側面に敵軍が食らいつく。その数、凡そ一万であった。


 つまりオッペンハイムがオルトレップの接近に気付かなかったのと同じく、オルトレップもまた、ジークムントが潜んでいたことに気付かなかったのだ。そうして今、致命的な瞬間を突かれたのである。


 しかも今、オルトレップはジークムントとオッペンハイムという強敵二人に挟まれ、退くも進もままならない。部隊を纏めて指揮を執る事すら叶わないのだ。となれば全てをアンハイサーに託すより他なく、無念に臍を噛む思いであった。


 ――退け、アンハイサー! 頼むッ!


 だが何よりオルトレップが悔しいのは、ヴィルヘルミネが持つ常勝不敗の武名を、自らの失敗によって傷つけること。であればせめて、この場にいる将のどちらかでも道連れに死にたいと思った。

 覚悟を決めるが早いか、オルトレップは足を前へと踏み出していく。そして二刀を振るい二人の将を相手に、獅子の如き咆哮を浴びせ斬り掛かるのであった。


 ■■■■


 本営にいて状況をいち早く悟ったアンハイサーは、「やべぇッスね……」と乾いた唾を飲んでいた。雨に煙る森の奥から、自軍を遥かに上回る敵が現れた。包囲される寸前だ。

 アンハイサーは本営を即時に撤収し、負傷者の後送を命じた。それから一個中隊を率い、オルトレップの救出へと向かう。

 

「まったく! 一騎打ちなんかやらかすから、こんなことになるッス!」


 アンハイサーは強敵二人に囲まれたオルトレップに、舌打ちを禁じ得ない。けれど上官の強さには絶対の信頼を置いているから、とにかく馬を届けて撤退を――と思うだけだ。 

 そうして辿り着くと驚くべきことに、オルトレップが苦戦しているではないか。


「げ! ハゲが苦戦してるとか!? どういうことッスか!?」


 しかも二対一で戦っているのかと思いきや、オルトレップはプラチナブロンドの髪をした若者一人に翻弄されている。むしろ大きな斧を担いだ老人は、


「おい、もう止めてけ、オルトレップ。昔の誼じゃ、悪いようにはせんから、さっさと降伏せい」


 などと言っていた。


「そうですよぉ、将軍。私の部下になるのなら、今と同等の待遇を約束しますってぇ~。あなたの呼びかけで降伏した部下たちも同様に扱うことを約束しますし、いい加減に諦めて下さいよぉ~」

「ぬ、ぬかせッ!」


 オルトレップは二刀を振るい、右に、左にと斬り込んでいる。その速さはアンハイサーの目では追えない程だ。

 けれどジークムントはクニャクニャと身体を動かし、禿頭の将が放つ攻撃を全て躱している。そうして時折、身体をくるりと回転させて、円を描く攻撃を繰り出していた。


「師団長! 馬を連れてきたッス! はやく戦いなんか切り上げて、退くッスよ!」


 一個中隊で敵中に斬り込み、何とか退路を確保してアンハイサーが言う。だが距離にして二十メートル、これ以上は近付けそうもない。


「アンハイサー! 俺のことはいい! 退けッ! この戦いは負けだ――……この上は、せめてお前や兵だけでも逃げてくれッ!」

「だ、だめッスよ! ハゲを残して撤退なんて、出来る訳がねぇッスよ!」


 アンハイサーの悲痛な叫びが木霊する。だがそれも、やっぱり暴言であった。


「ハ、ハゲッ!?」


 オルトレップは血まみれの顔を赤くして、アンハイサーをギョロリと睨む。ハゲとはなんだ、ハゲとは。まったく最後の最後まで……! と怒り心頭だ。

 だからなのか憤怒が力へと変わり、初めて渾身の突きがジークムントの胸元を掠めていく。


「なっ……私の輪廻をもってしても躱せない突きをッ!?」


 白皙の頬に驚愕を浮かべ、ジークムントがたたらを踏んだ。その隙を逃すオルトレップではなく、右手で振るう刀身が、銀の半月を描く。ジークムントの額に、血の花が咲いた。


 ――獲った!


 そうオルトレップが確信した刹那、第六王子の首がグイと引かれて――……。


「だから言っただろう、王子。そやつは一人で倒せる相手ではないのじゃと……あまり大人をナメるものではないぞ」


 白髪の老将が進み出て、ジークムントの首根っこを捕まえた。そうして彼を後ろへ引くと――ヴォン。巨大な戦斧を一閃する。

 オルトレップは伸ばした右腕を半ばから両断され、苦痛の呻きを上げていた。


「ぐぅぅッ!」

「最後に、もう一度問おう。オルトレップ、降伏せぬか? その傷じゃ……これ以上戦わば、助からぬぞ。腕を失っても命長らえる方が、幾分かでもマシと思うが?」

「くどい……誰が降伏なぞ、するものかッ!」


 見る間にオルトレップの顔が、蒼白になっていく。


「……そうか」


 オッペンハイムは頷いて、油断なく戦斧を構えた。

 ジークムントも顔から笑みを消し、手にした剣をクルクルと回している。輪廻の奥義を、もはや惜しげも無く出すつもりであった。


 左右から挟み込まれ、徐々に距離を詰められていくオルトレップは、いよいよ万事休すという体である。それでも禿頭の将は叫び、近くで戦う画家志望の部下へ呼び掛けて言う。


「退け、アンハイサー! そしてミーネ様に、俺の代わりに敗北を詫びてくれッ!」


 オルトレップは、なおもヴィルヘルミネへの忠義を貫いていた。

 ハッとして、アンハイサーは上官に向き直る。

 右腕を失い左腕一本で軍刀サーベルを構えるオルトレップの姿が、視界の中で揺れていた。


「な、なに言ってるッスか? アンタは、こんな所で終わるタマじゃねぇでしょう? アンタの代わりって何なんスか? 私、私――……」

「すまん。逃げてくれ、アンハイサー!」

「あれ、あれ――……雨だからッスかね? 何だか前が、滲んで見えねぇッス。アンタの代わりにヴィルヘルミネ様へお詫びするなんて、私、絶対に嫌ッスからね。だって私、私――……ハゲに好きって、まだ言ってないんスよ――……なのに死なれちゃあ……」

「おい、アンハイサー! 何をしているッ!? 俺の命令がきけんのかッ!」

「うあああああああッ! みんなは退くッス! 私は、私は――一人でも師団長を助けるッス!」


 この時アンハイサーは初めて絵筆に代わり、軍刀サーベルを振り上げたのであった。

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― 新着の感想 ―
ジークムントはいい仕事をしますね.敵が強いからこそ勝利に価値がある.でもハゲにはまだ死んでほしくないんだ...!
[一言] 更新お疲れ様です! 戦に勝ち負けがあるとはいえ、ジークムントというキャラはどうしても好きになれないですね…
[一言] ジークムントの余罪が増えていく、プロイシェ滅びるカウントダウン始まる!
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