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108 ツヴィーゼル山麓の戦い 5


 プロイシェ王国政府にダランベル連邦議会議長、ヴィルヘルミネ=フォン=フェルディナントの名による宣戦布告がなされたのは、三月二十八日未明のこと。

 トリスタン=ケッセルリンク率いるフェルディナント軍三万が、ツヴィーゼル山を包囲中のプロイシェ軍五万に奇襲攻撃を行う直前であった。


「ダランベル連邦が我等に宣戦布告だと……いったい何の冗談だ?」


 ヴィルヘルミネ名義の宣戦布告を知ったゴットフリートが、声を荒らげている。統帥本部に出勤した直後、午前七時過ぎのことであった。


「そ、それが……深夜二時過ぎにフェルディナント公使が宮殿へ参りまして。フェルディナントとしては遺憾ながら、連邦の同胞を守る為に決起せざるを得ないとのことにございました」


 ゴットフリートの副官は、顔色を青くした。報告を聞いた上官が、余りにも怒りを露にしていたからだ。

 王族である上官の逆鱗に触れれば、罷免どころか処刑すらあり得る。ゆえに返答は簡潔で正確、しかも主の機嫌を損ねないよう細心の注意を払う必要があった。


「決起? 決起とは何だ? 軍を動かすとでも言うのかッ!? フェルディナントは我等との休戦に、合意したはずだろう!?」

「はい。その件に関しましては私も午前三時より統帥本部ここへ詰め、情報を収集しておりますが、未だ詳しいことは何も……」

「何だとッ!? 何も分からんとは何事だッ! この役立たずめッ!」


 ゴットフリートは執務机から鞭を取り出し、副官を打ち据える。


「――お、お許しをッ!」


 副官とて、平民や下級貴族ではない。必死で許しを請いながらも、悔しさに涙を滲ませている。それを平然と下僕のように扱い、幾分か気の晴れたゴットフリートは宮殿へ向かうことにした。外交の問題に関しては統帥本部よりも、宮殿へ詰める外務大臣に聞いた方が早いからだ。


「まったく。無能な部下を持つと、苦労するッ!」


 吐き捨てるように言うと、ゴットフリートは荒々しい足取りで執務室を後にした。


「何が……何が役立たずだ。貴様が功績欲しさに北部ダランベルへなど攻め込まなければ、このようなことにはならなかった。フェルディナントとて、大人しく兵を退いたに違いないのだッ!

 もしも再びヴィルヘルミネと事を構えるような事態となるならば、それは紛れもなく貴様の責任だからな……ゴットフリートッ!」


 副官はゴットフリートが出て行った扉を睨み、ギリリと奥歯を噛んでいる。ましてや彼は事態を収拾しようと、宮殿から連絡を受けるや真っ先に統帥本部へ駆けつけたのだ。

 同じく宮殿から連絡を受けたはずのゴットフリートは、「睡眠中は起こすな」との命令を忠実に守った家令の努力により、今の今まで事実を知らなかった。そんな男に無能呼ばわりされれば、腹が立っても当然だ。

 

「許さんぞ、ゴットフリート――……今回のこと、決して忘れんからな……つっ……」


 鞭で打たれた肩が痛む。副官は顔を顰めた。

 

「だが……ともあれ、まずは国境を守っておられるジークムント様に伝えよう。国が滅びてしまっては、復讐どころではないからな……」


 そう決めると、副官はゴットフリートに知らせず伝令を出した。

 むろん、フェルディナントの動きを予期していたジークムントのこと。知らせを聞くや麾下の全軍を動かし、即座に味方の救援へと向かうのだった。


 ■■■■


 三万の軍勢をプロイシェ軍に知られること無く北上せしめ、迂回して後背を衝いた機動戦術はトリスタン=ケッセルリンクならではのものであった。

 この手腕にはリヒベルグ、オルトレップ両少将も目を見張り、「流石は参謀総長だ」と声を揃えたものである。当然これはヴィルヘルミネに対する評価とは違い、正当なものであった。


 そうしてトリスタンはプロイシェ軍の背後に出るや、オルトレップ師団を右翼、リヒベルグ師団を左翼に展開。自らは療養中であるロッソウに代わり、彼の師団を直率して正面に陣を敷いている。予備兵力としては、後方に南ダランベル軍七千を配置した。合計、三万二千の兵力である。

 

「攻撃を開始せよ」


 参謀総長が高々と掲げた右腕が、払暁の闇を払って振り下ろされた。参謀本部に所属する若き参謀たちが、歴史の転換点だと目を見張る。フェルディナントが口火を切ってプロイシェをダランベルから叩き出すなど、史上初めてのことであった。


「フハハハッ! ケッセルリンクの青二才に後れを取るなッ! アンハイサーは砲撃による援護を! ライナーは俺に続けッ!」


 五十代に入っても、ますます意気盛んなオルトレップが、月の光に禿頭を輝かせて叫ぶ。極太の口髭には少々白いものが混じるようになったが、彼の武勇は未だ衰えを知らなかった。


「いまさら策を弄するまでもない――……この戦いは、既にして勝っている」


 青みがかった黒髪を指で跳ね上げ、リヒベルグが冷然と笑う。視線の先にあるのは、後ろを向いたままのプロイシェ陣営であった。ましてや彼等は無警戒に、未だ寝静まっている。


「御意。されど宰相閣下の宣戦布告が届いていなければ、大変なことになりますね」

「ああ。それは大変だな、ルードヴィヒ。そうなれば我等は、全世界を敵に回して戦うことになる」

「と、仰るわりに――……閣下は楽しそうですね」

「なに、ヴィルヘルミネ様がおられるならば、例え全世界を敵に回しても、勝てそうだからな。クク、クククッ」

「やれやれ。閣下はむしろ、それをお望みなのでは?」

「まさかな。だが、まあいい――……無駄口を叩いていては、オルトレップに後れをとる。そろそろ我等も、攻撃を始めるとするか」

「御意」

 

 リヒベルグ師団は一糸乱れぬ統率で、粛々と前進を開始した。敵が目覚めて反転、攻勢に転じようとも、その側面を即座に騎兵が穿つ。まさに付け入る隙も逃げ出す隙も無い、見事な用兵であった。


 だが、なによりプロイシェ軍に驚愕を齎したのは、時を同じくして攻撃を開始したツヴィーゼル山のダランベル軍だ。その本営に一角獣旗が翻ったから、彼等は驚嘆の叫び声を上げている。


「なっ、ヴィルヘルミネが――……山頂にいるだとッ!?」

「馬鹿なッ! 一体いつからッ!?」

「フェルディナントは、我等の味方ではないのかッ!?」

「本国に問い合わせろッ! 情報部の連中は、一体何をやっているッ!?」

「いや、問い合わせるまでも無いッ! 奇襲を仕掛けてきたのは、間違いなくフェルディナント軍だ! 戦うしかないッ!」


 ともあれフェルディナント軍とダランベル軍の挟撃は完成し、こうしてプロイシェ軍は防戦へと追い込まれたのであった。

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[良い点] リヒベルグ「なに、ヴィルヘルミネ様がおられるならば、例え全世界を敵に回しても、勝てそうだからな。クク、クククッ」 ポンコツ「びえええええええー」(膀胱決壊)
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